十六話 一方その頃の師匠 休戦編 『世界昔話』
長き旅路。辿り着いた先。そこには男がいた。
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「用件は何だ?」
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神座に坐すこの男、外来の神にして戦神。『風』の属性を持って生まれしも、歪められて後『炎』の異能を会得するに到る。
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「用件は何だと聞いておるのだ」
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後に儀式にて死すれど、運命に逆らい己が来世を否定して、稼いだ一時を歪め永きに変じて、その間に修練を積みて神と化す、未だ他に例を見ぬ異端、法則の破壊者なり。今ではこの世界の神々でも一、二を争う者と聞く。
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「はぁ……貴様が言いたいことは我にも分かる。だが、用件を先に告げてもらえないだろうか?」
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彼の服装は侍という者が好む衣装によく似ているが、男であるのに十二単……だっただろうか? を上に羽織るという変わった服装をしている。文献で読んだことがあるが、彼こと天鳥船はこれをある種の拘束として用いているらしい。動きにくそうではあるが……神の有する力なら指一つ動かすまでもなく、我らなど消し飛ばせるだろう。
故に私は彼らを畏れる。
故に私は彼らを敬う。
彼は私に何もしていない。敵意も有していないだろう。むしろ好意的であると言っても過言ではない。
にも関わらず私は畏怖する。
声も出ない。
存在感が違いすぎる。
昔レベルが三桁に上がれば神の領域に至れる、という説を挙げた者がいた。
彼の意見は正しかったのかも知れない。
だが私は異を唱えよう。
桁が違う。
そんなものではない。
次元が違う。
足が震える。
声が遠い。
目の焦点さえ定まらず、あっちへこっちへ揺れ動く。
怖い。
しかし引けない。
今日、この日。
死ぬつもりで直訴に来たのだ。
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「よし、分かった。しばし待て。」
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そんな私に少し声をかけ、その視線を横に向ける。
私が声を出せないこと、それの理由を勘違いしたのだろうか?
いや、本人(本神)が耐えかねたのかも知れない。
そしてその肺腑に空気を思い切り吸い込んで、
「てめーら! 人が応対中にはしゃいでんじゃねぇええええええええ!!!」
さきほどまでの威厳を全てかなぐり捨てて、同胞たる神々(宴会中)に文句を叩きつけた。
「すまないな、阿呆がはしゃいでおって」
神に謝られた。
「それで用件は……だからはしゃいでんじゃないって! ……本当にすまん」
「いや……気にしてませんから」
「そう言ってくれると助かる」
「いえいえ」
「で、直訴しにきたのだろう? 見たところ『森』関係か」
私の種族から連想したらしい。
「はい、そうです。先日……」
「おいおい、『森』ってぇことはこいつの嫁さんの話かぁ?」
酒臭ッ!
見るとトーガを纏った男性。彫りの深い顔、白磁の肌、美形ではあるだろうが、酔いが回っているのか顔が赤く弛んでおり、非常に間が抜けて見える。
「黙れユピ。酔ってんだから来客の所に出てくるんじゃねぇよ。さっさと向こう行けよ行かないんならお前の奥さん達呼んで来るぞ?」
そんな神に神が噛みつく。
「おいおい、今お前の嫁さんの話してるんだろ? 自分の嫁さんの話の途中で他の女の話とか……」
実にテンプレートなやれやれポーズを取りながら告げるユピ様(恐らく雷神ユピテルだろう)。
「うっさい黙れ自主的にすぐに出て行くか、強制退去させられるか選べ」
ちょっと限界が来たらしく喧嘩腰な天鳥船。私がここに着いた頃には既に何名か出来上がっていて、頭を悩ます神格が一柱。
「そうかいそうかい。良い度胸だ。前は隠し雷霆でやられた癖に!」
「あんなもの二度と食らうか! ならこっちは目から光線出してやらぁ!」
「上等だ! ならこっちは鼻から超光速出してやるよ! ほら、かかってこい!! 来いよ鳥船、十二単なんて捨ててかかってこい!!!」
多分どんどん速くなっているんだと思うが……よく分からない。
結界のような何かが一帯を包む。
そして神域の戦いが始まった。
「で、用件はなんだったか?」
先ほどの醜態などなかったように続ける神。目元に青痣付いているが気にしてはいけないのだろう。
向こうでは世界を一つ滅ぼしかねない炎と世界の二、三くらい楽に毒して滅ぼしてしまう劇物を叩き込まれて伸びている(むしろそれだけで済んでいる)雷神の姿が。一応手加減はしていたらしい。
正直、プレッシャーはあれど先ほどまでは怖くはない。
神と言えど人から転じた者が大半である、という話に嘘はなかったらしい。もっとも、大半は神になるべき魂を持って生まれてくるらしいので人とはズレがあるらしいが。
「用件は、ユグドに直訴したいことがある、で良かったか?」
こちらが返答していなかったので、先ほどこちらが話したことから先を考え始めたようだ。殆ど喋っていないのだが……
「あいつが今やっているのは動植物の繁殖だったな……で、あいつの力に頼っていた貴様らの集落に手が回っていないと……そこらだろうか?」
ご名答。
「はい。我々の村は彼女の結界で守られていたので「理解。引きこもりすぎだお前ら」最後まで言わせて「却下」下さいません「却下」か?」
酷い。
「言いたいことは分かる。だが貴様らのそれは始めから期限付きのものであったはずだ。これ以上続けた場合、他の者に対して不義であろう?」
「要するにお前ら、これ以上請求するのは契約違反だろ? ってことか」
もう復活している。流石神。
他の面々が遠巻きに見ていることを考えると度胸があると言うべきか、空気が読めないと言うべきか。
「寝ていろ、まだ酔ってんだろ?」
「いやいや、別にやってやったら良いんじゃないか?」
「お前は今、基本的にやることがないから、もう神のルールとか考えないだろうが。仮にも一度はこの世界で最高神名乗ってたんだから責任とか考えろよ」
「何だよ。どうせお前だってあいつが獣の繁殖に力を入れるより、獣なお前と繁しょッ!?」
下ネタ入れようとして潰されたな。見事、綺麗な右ストレート。
「馬鹿は寝てろ」
顔が真っ赤だ。
怒りか羞恥か両方か。
多分最後が正解だろう。
「で、もう下がれ……と言うにしても、そちらも引き返せないようだ。本人の所に行っても聞いてもらえなかったからこちらに来たのだろう?」
まさしくその通り。そのためにこんな高いところ、ワープポイントを使わないと来られないような所に足を運んだのだ。
それにしても、もう素を見られているにも関わらず必死に『神』として振る舞おうとしているので微笑ましく思える。実年齢的には相手の方が遥かに年上だろうけれども、精神年齢どうだろう。案外神に到った時点で精神年齢の上昇は止まるのかも知れない。
「……はぁ。仕方がないからあと十年くらい俺の力で先延ばししてやる」
「はい?」
そんなあまり褒められないことを考えていたところ、なんか思っていた展開の斜め上の事態が。
「……不満か?」
「いえいえ」
本当のことを言えば『殺されても仕方がない』、『交渉の場に出てもらえるだけでも奇跡』と思っていた。望外の奇跡である。
「とは言ってもいつまでもこの状況で大丈夫だなんて思うなよ。十年だ。十年経っても変化がないんだったらもう知らぬ」
むしろ十年ももらえる時点でこの方甘いと思う。けど、ありがたい。
「では、もうあまり引き籠もるでない。そのせいで状況が悪化してるのだから」
「肝に銘じます」
良かった。
「『俺にとって引き籠もりは一人だけで十分』ってか?」
第二次、今日の神話戦争開始。
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「それで? ほぼ関係ないように思えるんだけど?」
俺は聞き返してみる。
なんやかんやで話し合いに持ち込むことに成功。俺、基本無傷。やったね俺。
なぜ彼が邪教の道に進んだのか聞き出すことにしたところ、この話になってしまったのだ。
それは数百年前の話。彼が子供の頃の話。
彼の集落を守っていた結界が消えてしまい、モンスターや盗賊に襲われるようになってしまったので、もう一度結界を張ってもらえるよう頼み込みに行ったらしい。
しかし、その森の女神は別の仕事中で手が空けられず、ぞんざいな対応になってしまったらしい。
彼女を最も信望するのは大体が森に住む者。種族的には獣人、妖精が多い。
俺の弟子は全員で五人だが、最初の子、熊獣人のルピナスと、三番目の子、ハーフエルフのメーラが信仰していた。ルピナスは弟子卒業した後行方が知れない。森の女神に守られていれば良いのだが。良い子で周囲の様子を伺い適切にフォロー出来る子だった。特に、空気が読めかった武哉を気にかけていたな。あいつがあれくらいまで空気を読めるようになったのは彼女の功績だったと言っても良い。
「ほぉう、まあそうでしょうな。……その後ご馳走してもらった後に一晩泊めてもらい、帰る際に気になったので」
話は続く。
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「あの」
「何だ?」
「貴方は外と、他の種族と交友するように我々に仰りましたよね?」
「……続けよ」
「出来るのでしょうか?」
「諦めた時点で不可能になるな」
「それは諦めてしまうほど難しい、と?」
「当たり前だろう? 人は一人一人違うのだ。まして種族が違えばその差異もより大きなものとなろう。宗教が違えば互いを罵り合いもしようさ。文化が違えばすれ違い、過程が違えば双方、道も違えよう」
「それでもせねばならないのですか?」
「それを決めるのは自分だろう? 己が出来ると思う範囲ですれば良い。そもそも、己と違う立場の者がいれば弾圧する者はいる。己が善と信じる者の独善に泣き、また泣かせるやも知れぬ。現実の前に倒れ伏し、敵手の凶手に破れるやも知れぬな。そのような場合、己が譲り続ければどうにかなると思うことはあってはならない」
「と、言いますと?」
「譲れば死ぬのが、また不利益を被るのは自分だけではないのだ。譲歩出来る範囲を考えよ。その天秤が正しいか、真実から目を背けるな。譲歩し続ければ不利益を被るのは己が庇うべき者達で、理を外れるほどあまりに攻め込むのであればそれは嘲笑の的となろう」
「では、どうすれば?」
「己に都合の良いことばかり信じぬことだ。冷静に見れば、案外人の目というやつも捨てたものではないぞ」
「そういうものですかね?」
「そういうものだろ。それに全て同じにする必要はない。適度にぶつかれば良いのだ」
「貴方と、彼らのようにですか?」
酔っぱらい神々に視線を向けつつ。
「……まあ、あれは……そうだな。ある種の腐れ縁で、適度かどうかは知らぬがそうなのかも知れぬな」
ほんの少し微笑んで告げる神。
この後、二年と経たずして彼はある邪神と争い、洗脳された同胞とも矛を交えた果て、凄惨な終焉を迎えることとなる。それでも十年持たせる辺り、彼は本当に『神』としての矜持があったのだろう。
前言っていたのよりも話数が長くなりそうです。文章が思ったよりも長くなってしまったので分割しています。




