十五話 一方その頃の師匠 継戦編
敵(名前は知らない)の体から紫色の煙が吹き出し、一瞬で天蓋を染め上げる。
夜にも関わらずより暗くなった空。
暗紫に染め上げられた空の下、
「が!?」「ああ!?」「なんで!」「ぬっ!?」「つぅ!?」「いぺっ!?」
一般兵、賊、共に仲良く悲鳴を上げている。
かく言う俺自身も体がだるく、重い。
これは『ドレインフィールド』?
いや、それに何を混ぜた結界だ?
禁呪。
それはこの世界においては極一部の例外を除いて使える者は存在しないとされる、神の力の一端とさえ呼ばれる禁断の秘儀。
以下の六区分に分けられる。
一、拡散殲滅型
二、収束撃滅型
三、位階変動型
四、広域結界型
五、天魔招来型
六、併発特殊型
こいつはおそらく四か六だ。
転生者の面々は割と簡単に習得しているので実感しにくいが、この世界生まれの人間にはそうはいかない。
冒険者になれるのが千分の一、禁呪を習得出来るのはさらにその万分の一。この大陸の全人口が統計が正しいなら十億ちょっとのはずなので百名ほどしかいないことになる。
俺がそんなこと転生者に教えると
「お前も使えるじゃないか(だから説得力がない)」
と返ってくる。身近にいると凄さが減って見えるらしい。
だが、俺を引き合いに出すのは不適切だ。
俺は出自的にはこの世界生まれで正しいのだが、厳密には向こう生まれとも呼べる存在だ。
だからこの世界があるゲームに酷似している……というかゲームの企画の時点でゲーム会社が真似て、後に代替わりして今この世界を管理している神が趣味で真似てしまった……ということも理解している。相変わらずいい加減だな、あの神。
さて、そんな俺であるが、まずいかも知れない。いや、俺がどんな存在でもどちらにせよ変わらずまずいが。
いつの間にか放ったはずの矢は消えて……いや、足を縫い止めていた矢も消えて、悠然と歩いてくる敵。
その姿はコールタールのようにどろどろとした人型と化し、動きのみ先ほどの彼の面影を残している。
動き。
怪我をした時点で相手は地面と縫いつけられていた。つまり怪我をした後は一切動けていない。にも関わらず、こちらが覚えている動きと何一つ変わっていない。
怪我をしているはずの現在、怪我をする前と同じ動きが出来ているのか?
もしかして傷が消えている?
動きに違和感はない。傷口も見当たらない。
近づいてくる敵。牽制が必要。
矢を放つ……闇夜に融けて消えた。
外れたのか?
二の矢を番えて、放つ。頭に直撃する軌道だ。
しかし、またもや消えた。
だが、今度ははっきり見えた。
当たった瞬間飲み込まれるように相手に溶け込んだのを。
彼の進軍は止まらない。
道の先にあった壁が彼に触れた途端消え果てた。
こんなの知らない。
通常の経緯では入手しようがない。
ということは。
「よりにもよって固有禁呪かよ……」
固有禁呪。
元を辿ればイベント限定で製作、配布された禁呪を指す言葉。
その性質上、高い希少度と独特の強力さからハードゲーマーにとって垂涎の代物であり、イベントではこぞって入手しようと足掻くことになる。
ストーリーで入手出来る物と比べてより限定的、かつ桁違いに効果の高いそれは、『土壇場で使い逆転する』というまるでヒーローのご都合主義を象徴するようなもの。それでやられかけてるんだからこの状況だと笑えない。
当然手に入れられなかった面々からは所有者に祝福の声が飛び交う訳で、それに耐えられそうにない方々の入手はお勧めしない。
この世界においては、正規のイベントを経由せずに習得した場合こう呼ばれる。安定しない反面、本人の性質がモロに出るため独創的になりやすい。
世界のルール的にかなり黒寄りのグレーだと思われる。
今まで一度も遭遇したことはなかったんだけど……まずいな、やっぱり。
俺は建物内、二階の窓から中庭にいるあいつを狙撃したので少し距離はあるが……相手が近接戦闘に強いタイプならまず勝ち目がない。屋内だと俺のクラスであるスナイパーは射程距離という最大のメリットを封殺されるからだ。一応クラスとしてはサブでマジックシューターにはなっているけど……スナイパーは魔力が低いのでダメージはあまり期待出来ない。
魔法は無理。だから最初にしようとした通り、距離を取って射撃で倒そうとする。
やはり無理か。なぜか当たるや否や矢が吸い込まれたように消えていく。
これは何だよ?
とりあえず判明している性能だけでもかなりまずい。
広範囲吸収結界……これは『ドレインフィールド』という一対多に向く結界魔法と同じだろう。エリカがこっそりレベルを上げていて、それに付き合わされたのでこの感覚は覚えている。
だが、もう一つは何だ?
傷が癒えているのは『ドレインフィールド』で回復しているから、としてもあのコールタールっぽい人影と化した理由が分からない。ただ外れただけなら『陽炎』辺りで説明が付くにしても見間違いってレベルじゃないぞ、あれ。触れれば消えるって……
触れれば消える? 矢を迎撃しているのか?
ただ今回のあいつらの目的は分かった。
こいつに禁呪を使わせて殲滅すること。
こいつは敵味方関係なく爆殺する戦略兵器。
通常時は使えないが、非常時に凶悪性を発揮する、向こうの特記戦力に対する切り札だ。
手は打たないといけない。
だがこいつのタチの悪さ、まだ多分奥がある。
最悪会話でもして隙を探すしか……射手が最前線に出るのか。胸熱ですね。
弱点をそうして探すにしても、出来る限り予想を立てておかなくちゃならない。
出来る限りの準備をしておこう。
相手の詠唱を思い浮かべる。
禁呪はこちらに来てから会得した物であれば本人の性質が影響するし、詠唱にそれが滲み出る。例外はGMサイドの人間だけで、これはこの世界に関与する神々か、向こうのゲーム会社でスタッフもしくはそれに準ずる、例えばデバッガーくらいしか存在しない。
彼の詠唱を思い出す。
『境界などいらない
解け落ちろ。
融け落ちろ。
溶け落ちろ。
人は一つ。
人種。
信仰。
文化。
過程。
融和の前に崩れ去れ。
わたしはあなたであなたはわたし。
消え去れ弾圧。
朽ち果てろ独善。
失せろ現実。
くたばれ敵手。
私たちは一にして全。全にして一。
わたしのてをとれあなたのてをとる。
熔け落ちろ。
説け落ちろ。
とけおちろ。
きょうかいなどいらない』
何度も見られる『とける』。
これだろうか。
融和。
要するに融かして統合する。
なら『ドレインフィールド』はそれに沿うし、ならあのコールタールもその類か。
推測出来るのは、相手が人はみんな分かり合えると思い、挫折したであろう点のみだ。
挫折したために邪教に縋り邪神に祈った。
戦火の中で掲げる平和ほど脆い物はない。
戦場で謳い上げる平和ほど疎まれる物はない。
悲しいが、融和という考え方自体危うい。
どの世界でも人間という奴は、個我がある限り他者を害そうとする可能性があるのだから、「みんな仲良く」と言って仲良くなれるとは限らないんだ。
実際、彼は人種や信仰など、禁呪の詠唱で挙げられていた物によって否定されたのだろう。
そう考えれば彼が教皇を狙ったのも……
彼の思いに関しては推測しない方が良かったかも知れない。
これから撃つ相手にしては流石に同情する訳にはいかないから。
射手は標的に何ら感情を持っちゃいけないんだ。
ただ一つ、彼が今の平和を邪魔した。
それだけで十分だ。他は見ない。
でも、あれだな。
とりあえず、話でも聞きに行きますか。ちょっと敵さんの目の前まで。
ここで一つ謝罪を。
先日、今回から数えて次回、次々回に当たる回の伏線を入れ忘れており、後から加筆したという経緯を思い出しました。
そんな訳で、一章の援軍が出た辺り、女性陣の紹介に微妙な変更があったりします。また、戦闘描写が省略されすぎだ、などと感じたらちょっとずつ加筆していきますのでご了承下さい。
あと、先日知人にばれました。
で、「タイトルの意味は?」と知人に聞かれました。
疑問に思われる方もいらっしゃると思われるので、この場で少しお話しします。
一応複数の意味からこのタイトルを付けさせて頂きました。
今言える範囲だと、トレースの意味の一つとして、『主人公勢が何らかの形で何かしらを模倣している、演じている』点があります。
武哉は元中二病で『主人公が取りそうな行動を模倣』していましたし、現在も微妙にあることを演じ続けています。本人は無意識ですが。
遥佳は言わずもがな、『自分の頭の中に残っている明良の真似』をし続けています。
なずな辺りは本編で触れた通り『演技だったのにそれが馴染んでしまった』という状態ですし、他の人物にも見られるようにするつもりです。
これらは今作のテーマの一つに『主人公勢が本来の自分とどう向き合うか』というものがあり、それが影響しています。
ルナティックは『難易度の一つ』でもありますが、『この言葉の本来の意味通り』というのもありますのでご注意下さい。多分三日後くらいにはその一端くらいは出せると思います。




