十四話 一方その頃の師匠 開戦編
「降ってきやがったな」
夕方の時点で暗雲が立ち込めていたので予想は付いていたが、思っていたよりも大降りになりそうだ。
雨が降れば足音が判りにくくなるし、最悪の場合、犠牲者が出ても気付けないかも知れない。
そして何より遠距離攻撃の精度。雨のせいで対象を見難い上、雨で多少ずれてしまう。テレビゲームであったなら、確率云々で何とかなるかもしれないが……今のこの状況は現実だ。
遠距離攻撃に関しては、俺以外あまり期待出来ないかも知れない。
討伐隊の方でも雨だろうか?
弓や銃の使い手を軒並み連れて行かれた時は、外からの襲撃者に対応しづらくなるため(砦などでの籠城戦でこちらに弓も鉄砲もない状態を想像して欲しい)、言い出した団長(現在討伐隊率いて出張中)に「都市守る気あんのかお前」とさえ言いたくなったが……今回は不幸中の幸いだったのかも知れない。
どちらにせよ町中じゃ遠距離攻撃使いづらいから、遠距離攻撃させたいなら相応の技量が必要になるが、そこは『アサシン』や『ヴァルキリー』を始めとした高速で動けるメンバーでフォローしている。
だからきっと大丈夫。というか大丈夫にしなくてはいけない。でも流石に熟達した射手が俺含めて三人しか残してないのはな……ここの国は職業軍人少ないし、文化的に一般兵は弓より魔法、魔法より剣、って状態だし。姫さん辺りが出陣してくれるならまだもう少し上手く立ち回れるんだけど。
思考がこんがらがってくる。
現在、要人警護中。
色々と気を配らないといけないことが多すぎて嫌になる。
なんでこう嫌になるようなことが重なるのか。やはり弟子たちから半ば無視されている状況だと、注意散漫になるんだろうか?
今回、ある集団からとある要人(この国にとっては客人)を殺害すると予告されている。期限は客人が国に帰るまで。
さらに、同じ集団の別グループからこの国のトップに対して同種のものが来ている。まあこちらは期限抜きなので、一年以上何もされていない。へたれめ。いつも通りの防衛が出来るなら基本的にこっちは無視出来るはずだ。
今回、俺が護っているのは教皇。
邪教の集団ではなく正当にちゃんと慈悲の心を降り注ぐタイプの宗教のトップだ。
トップとは言っても、幼少期からそうなるべくして教育されているので、教育係に都合の良い教育を施されているだろう。年齢的にもまだ子供なので判断も甘く我を通すことなんて滅多にないだろう。だから半分は飾りに近いだろう。
そう思っていたのだが、話してみると案外話せる人間で選民思想からは割と遠い考えを持っているようだ。
これはきっと資格の問題と教育係の関係だろう。
一つ目、彼は男性であること。希少であるという点で保護されているとも言える。
二つ目、『時』属性を所有し攻撃にも活用出来ること。これは転生者さえ満たすことは難しい。
三つ目、本人が転生者ではないこと。転生者だと常識が通じない場合が多く見られるため。
その他、信託が降りてきた時点で、その条件を満たしていること。この条件は一つとは限らない。
そんな条件を満たしたあの子の教育を施したのが現在の枢機卿なんだが……あの人、転生者でかつ元特記戦力というあの中では異色の経歴。
しかし何よりも異色なのは教皇を溺愛していること。
心酔じゃなくて、溺愛。
尊敬でも畏怖でも親愛でもなく、溺愛なのだ。
教皇を大切にした人は山ほどいる。
教皇に対し一個人として愛した者もいる。
そんな歴史を持つにもかかわらず、ここまではいなかったらしい。
彼女の前任の枢機卿は語る。
「教皇の身は安全だろう。しかし同時に誰よりも危うい」
この台詞を伝え聞いた時は俺も吹き出したものだが、今日実物に会ってみて納得した。
うん。あれはちょっとね。
ついでに
「彼女は猊下にとって最も堅固な盾であり、最も強固な檻である」
という言葉を零した関係者がいることも述べておくべきか。
彼女の愛が重いことを示す例。
冒険者を辞めた理由、本当は「休みたいから」、対外的には「片腕を無くしたため」だったのに、教皇を見るや否や「あの子が怖がるから」という理由で再生手術。結果、冒険者として復活するように要請される。
教皇の眠りを邪魔した守護竜を単騎で締め上げる。これ以降守護竜は彼女に頭が上がらないらしい。
深夜、寝る前に教皇が『教皇の権威を悪用しようとした貴族への不満』を彼女に零した時、翌朝彼が起きた頃には、その貴族の余罪も含めてちゃんと証人、証拠が揃った状態で裁判が始まっていた。
転生者の特権『通信』。対象は教皇に限定されるが、彼女は『通信』アビリティが用をなさないので不要。
こんな感じだろうか。
ここまで話し終わった後、かつての好敵手、今は弟子の『先生』から返答があった。
「世間話をするために連絡してきたのかい?」
深夜、というにはまだ早いが、夜はとうに更けているし、彼は転生者ではないので『通信』は使えない。よって電話の前で延々と待機させられることになっている。
「いや、弟子の様子が気になるとか、あとお前の近況がどうかとか、色々あるぞ」
「ったく……困りますよ明日、朝一で講義あるんですから」
「悪い悪い」
「……で、色々とは何ですかね?」
「いや、言えるはずが……いや、今言えるようになった」
雨の中だろうが、ここまで分かりやすく気配を出すなんて……陽動か?
そっちに視線を向けた直後、天井の一角が崩れ黒い影が飛び込んできて、
「隙を作って、向こうが動いてくれるのを待ってただけ」
予めこっそり仕掛けといたワイヤーに切り刻まれた。
すぐに緊急連絡を予め作っておいた連絡網で回す。
……俺が気を張っている間は相手はまず来ないだろう。仮にも臨戦状態の特記戦力と真正面からぶつかろうとは思わないだろうから。
こうなると問題は帰り道だ。襲撃される可能性がある。
一人向こう側に元特記戦力がいるが、彼女は利き腕を失った後再生手術を経てもまだ完治していない。|襲撃者にも特記戦力がいる《・・・・・・・・・・・・》以上、彼女だけでは対応出来ないだろう。
では俺が向こうまで送るとする。それなら一年以上何もしなかったへたれはここを攻めるだろう。
だからここで襲撃者の部隊を殲滅しておく必要がある。
本来ならこの対応、穴だらけだ。
まず向こうに制限がなければ特記戦力、もしくはそれに準ずる戦力を複数組ませて畳み掛ける。
また、ここで部隊を殲滅してもこれで終わりにはならない。安心して帰ってる最中に襲撃すれば良い。
しかし出来ない。
それが向こうのルールだから。
こっちもままならないけど向こうもままならないんだろうなぁ。
そんなことを考えてつつ、弓は屋内だしメリット少なめでコスト高いから剣で侵入者を潰している時だった。
「ほぉう! それで、特記戦力とは名ばかりの臆病者はどこにいるのです?」
甲高く、鬱陶しい感じの声で喧嘩を売る声が聞こえたのは。
中庭を見る。今建物の二階なので見下ろす形となっているが、一応俺も射手の端くれ。顔を見るくらいなら問題ない。せいぜい百メートルくらいだし。
まあ優男だった……というのが正しいだろうか。
それにしては『都会に出て疲れ果てたサラリーマン』のような印象も受ける。やつれているのだ。
今回の相手の指揮官だろうか?
多分誰かへの反論か?
無言で弓を出し、その男の頭を狙い撃ちつつ分析開始。
よける動作はそこそこ速い。前衛だろうか?
服装から判断出来るのは取り敢えず一兵卒とは違うことだけ。多分幹部的な何かのはず。
ああ、もうじっくり見えないな。
頭を狙うがかわされる。
「ほぉう! だが甘い! こんなもので我々の平和を邪魔しようとッ!?」
狙い通り矢が着地地点で対象の足を縫いつける。変顔を披露する部隊長(仮)。
「ほうほう」
相手の真似をしつつ含み笑いを浮かべる。
「ふぉぉおおおおう!!」
激高しやすいタイプなのか。利用しよう。
「馬鹿にしてるんですか馬ぁ鹿にしてるんですかぁあああ! 私を見下ろすんじゃないですよぉおお!!」
頭に血が上っていてやや巻き舌気味な喋り方に。
見下ろされることにトラウマでもあるのか?
取り敢えずなんか小物臭い。部隊長じゃなかったのかな、あいつ。
相手、矢によって地面と繋がれた足。抵抗しようとするもどうにもならないらしい。
俺、番えた矢、これで一瞬後にはあいつに止めを刺しているだろう。
そう疑わなかった。
矢が飛ぶ。
しかし。
【境界などいらない】
……矢が、消えた?
違う。止まっている。
矢も。
俺も。
兵も。
賊も。
あいつだけが動いている。
あいつだけが、詠唱している。
【解け落ちろ。
融け落ちろ。
溶け落ちろ。
人は一つ。
人種。
信仰。
文化。
過程。
融和の前に崩れ去れ。
わたしはあなたであなたはわたし。
消え去れ弾圧。
朽ち果てろ独善。
失せろ現実。
くたばれ敵手。
私たちは一にして全。全にして一。
わたしのてをとれあなたのてをとる。
熔け落ちろ。
説け落ちろ。
とけおちろ。
きょうかいなどいらない】
これは禁呪か!?
小物っぽいから油断していた。
これは、かなりまずい。
討伐イベントに向かった方が遥かに安全だった。
【溶解境界・森羅万象無我世界】
そして詠唱が終わり、効果が世界を浸食する。
前編、中編、後編、その後の四部での構成になっています。
まともに詠唱が出たのは久しぶりですね。
敵の禁呪の効果は明日出す中編にて。
作中で小物小物言われてましたが、彼も一応邪教の幹部です。
レベルは低めですが、幹部に慣れたのは禁呪のお陰なので彼との戦いはこれからが本番です。
普通に考えたら詰む系統です。詠唱の時点で効果は大体分かるようになってますけど。




