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Lunatic traces(旧)  作者: 十石日色
第一章前半 導入編その一
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九話 悪夢の前触れ

 夢を見た。寝起きが悪い。吐き気がする。

 なずなに悪夢見そうだと冗談半分で言ってはみたものの本当に見るとは思わなかった。

 僕にとって最悪に近い過去。

 この世界に来てしまった時の、夢。






 ガタゴトと、ゴトゴトと。

 波が寄せては返すかのごとく規則正しく音が鳴り、揺れる。

 快適とはほど遠い環境ではあるが、どこでも眠れるという特技を持つ僕にとって何ら問題にならない。

 そんなわけで惰眠を貪り続けてしまうわけだが、僕以外には何かしらの問題があるらしい。さっきからガタゴトゴトゴト以外の揺れが加わっている。具体的にはユサユサが相応しいだろうか。



「おい、起きろって!」



 聞き慣れた声が聞こえる。それと同時に揺れが激しくなった。どこぞのバンドのヘッドバンキングよりも頭が揺れているかもしれない。



「アキラ! いい加減起きろって! 大変なことになってんだからさ!!」



 まあ大変だろうな、僕の首とか。あとちょこっちょこ壁にぶつかってるっぽい僕の頭とか。

 ……そろそろ起きないと命も大変になりそうなので眼を開ける。


 瞳に映るのは割と見慣れたむっさ苦しい筋肉達磨。筋骨隆々、熱血漢、伊達眼鏡と三拍子揃った大男がそこにいた。この男、柏木孝平(かしわぎこうへい)という。

 見た目の割に部活は運動部ではなく、文化系をいくつも掛け持ちしている。あと微妙に変態、かつかなりの鈍感であるものの、基本的に善良な一市民である。三年ほど親交のある我が悪友でもある。


 まあそんなことはどうでも良いとして。

「チェンジ!!」

「いや、何言ってんだ! だからぼけてる場合じゃないんだって!」

「あー、どうせ起こしてもらうなら美少女に起こしてもらいたいでしょ?」

 というかむさ苦しい男に起こされたくないでしょ?

「そうかもしれないけど今この状況下で言うことか? っていうか」

「で、何が大変なんだ?」

「唐突!? せめて最後まで言わせてくれない!? さっきか」 

「それで、何が大変……っていうかここどこ?」

「スルーですか!? あと俺また割り込まれたよ!?」

 スルーです。

 さて、現状確認。

 今いるのは多分馬車……なのだろうとは思うのだけれど、内装しか見えないからどんな動物が引いているか分からないので断言は出来ない。実は電気で動いていました、と言われてもおかしくはない。

 そういえば先ほどからかなり揺れが収まっていて音が静かになってたりするがどういう仕組みだろう? 寝ている奴がいる時だけ揺れる。どんな嫌がらせだ。まあ、大方あぜ道から解放されたとかだろう。

 そんなことより、こんな狭い場所にむさ苦しい男と閉じ込められるのはごめん被る。

 さあ、話をさっさと進めよう。


「ごめん。状況を確認したいんだけど」

「理不尽だな、おい」

「平常運行ですよそこは。慣れたでしょ」

「まあ慣れてきてはいるけどさ」

 いつもながら寝起きの僕は言動がおかしい。寝ぼけているにしても明らかにおかしい。

 ちなみに今日は症状は結構軽い方だ。それでもこのざまである。自分でも治したいと思っているのだが……三つ子の魂百までの理論が正しいのなら生涯付き合っていくしかない人生のパートナーである。

「あー、断言は出来ないんだけどさ」

 そんなことを考えていると空気を読んで続けてくれる。非常に有能な友人である。それこそ僕にはもったいないくらいの。

「えっと……多分なんだけどさ」

 どうも歯切れが悪い。そんなに不都合なことがあるのか、それとも認めたくないことなのか。

「ここ、多分ゲームの世界だわ」

 どうやら後者だったようだ。



 で。



「他には?」

「は?」

 なぜか固まる孝平。

 あれ?

「いや、あのさ。ゲームだと分かった理由とかあるでしょ? あと何のゲームなのか分かってるとなお良し。最悪世界観ぐらいは知っておきたいんだけど」

 世界観が分かるだけでも今後の対応の方向性が変わってくる。例えば盗賊やら盗賊騎士やらが駆けめぐり、モンスターが出没するような世界であれば、「命の価値が軽い世界」となる。

 その逆に現代の日本などであれば命は法で守られており、比較的襲われにくく死ににくい「命の重い世界」となる。

 前者であれば後者よりも武器など身を守る手段の優先順位が上がり、それの確保、及び技術の習得などにより労力を割かねばならなくなる。

 他にもゲームの世界であれば、魔法の有無や戦闘に関わる諸事情など、把握しておきたいことは山ほどある。生存率に深く関わるから。


 そんなわけで孝平には続きを訊きたいのだけれど。

「あの、何で固まってんのかな。僕、そこまで変なこと言った?」

 目の前の友は対応に困っているというか何というか。僕の反応が思っていたのと違う、というのが当たりだろうか。

「あのさ、普通の人間はこんな時パニクるなり笑うなり現実として認めない行動をとらないか?」

「いや、まあ一応僕奇人変人寄りの人間だし」

 一般の方々と比べられましても。まあ善良な一市民という一点においては何一つ違いはないけれど。

 それでも自覚はある分無自覚より良いだろう。

 少なくとも同じ血を引く家族(きょうだい)親族(おじ)よりはまだマシな方だと思う。

「いや、お前の中身は俺らと大差ないと思うぜ?」

「だとしたら君らも奇人変人の類だったんだろ。そんなこと良いから続きを」

 続きを促したところ、何かまだ言い足りない様子だがそこはそこそこ付き合いの長い友人、分かってくれたようで話を戻してくれる。


「まず一つ目、月が緑色だ」


 孝平は窓の外を指差す。指の指し示す方に浮かぶ月は確かに綺麗な翠玉色(エメラルド)


「二つ目。下見てみ」


 視線を下ろす。……あれ? 月が地面の方にもあるよ?

「この馬車、時々水上走ってる。今も」

 先ほどから音がしないような気がしていたが、そういうことか。いや、でも。

「普通に水陸両用で、今はモーターボートみたいになってる可能性は?」

「じゃ、馬は?」

「前方に馬を乗せるスペースがあるかもしれないじゃないか。っていうか馬が引っ張ってるのかこれ」

「一応窓から確かめられるよ。今も休まず走ってる」

 (うえ)水面(した)も見るのをやめて前を見る。そこには元気いっぱい、悠々と水上を駆け抜ける馬の姿があった。伝承だとケルピーみたいな名前のやつだろうか? ちょっと違うか。

 心から思う。

「……うっわなにあれ! 乗ってみてぇー!」

 子供みたいにはしゃぐ。遊園地に来た幼子みたいだ。

 でも仕方がない。だって乗ってみたいんだもの。

「いや、いくら何でも呑気過ぎるだろ」

「え? あ、ごめん。つい」

 しかし馬から視線は離れない。

「謝る気ないよね」

「あーごめん。ついつい」

「うん。せめて視線戻そうか」

「月に?」

「俺に」




「あ~~~~、よし。目も覚めたし大丈夫。さあ建設的に話を続けようか」

「数分待ったけど、ここでまた馬の話を始めたりしないよな?」

「大丈夫大丈夫」

「そりゃ良かった」

「で、この馬車? みたいなの何で揺れないの?」

「ほとんど変わってねぇぇぇぇぇぇ!」

 相変わらず突っ込み激しいなぁ。


「いや、まじめな話。ファンタジーでも波くらいあるでしょ? さっきまでガタガタ揺れてたじゃん」

 実際問題、陸地では揺れるのに水上では揺れない、なんて普通ありえないだろう。

 ファンタジーな世界観だとして、水の加護的な何かで守られてると考えて良いんだろうか?

 どうでも良いことに思えるかもしれない。

 でも今はどんな小さいことでも情報が欲しい。

 世界のルールが分かっていればある程度以上は合わせられる。少なくとも合わせる努力は出来る。

 たとえ内面が狂っていたとしても世界に合わせて自分を調整は出来るのだ、人という生物は。……だれとは言わないが。

「ああ、あれ?」

 理解してくれたか。こいつも順応性高くなってきたな。……それにしてもなぜ目が泳いでいるのか。

「お前が起きないんで前にいる御者さんに揺らしてもらうように頼んだんだ」

 普通に嫌がらせだった。

 …………ふう。




「それで他に分かったことは? っていうか御者さんそんな親切だったら確実に情報教えてくれたよね? まずそれから話すよね普通」

 まさかの回答だったが、もう気にしないで先に進む。

 数分くらいあれば心も落ち着くさ、友達だもの。

 ええ、気にしてませんとも。

「あー、いや、でも十分くらい起こし続けたけど眠ったまんまだったお前も悪いだろ?」

「ソーデスネー」

「絶対根に持ってる!」

 うるさいなあ。男のくせに女々しいやつだ。

「持ってたとしてそれが何か」

「やっぱ持ってんじゃん!」

「今それがどう関係すると?」

「この後、空気が悪くなって俺らの連携が取れずに死ぬかもしれないだろ?」

「蒸し返さなきゃ心の奥底にでも沈めておくよ」

「いつか浮かび上がりそうで怖いな」

「今蒸し返すと君を足下の水底に沈めるよ?」

「怖っ!」

 まあ実行はしないけど。


「それで、話を続けてよ。他にもあるんじゃないの?」

「ああ、まああるけどさ」

「じゃ、続けて」


「了解。これが三つ目。ほいっと」


 そう言いながら手元を虚空に踊らせる。なかなか上手くいかないらしい。端から見ると、その、友人に対する評価としてこんなことを言っても良いのか分からないが、


「ほいっと。ほいっと」


言いながらおかしな動きをしている光景、虚空を熱心に見つめる目も相まって非常に不審者っぽく見える。うん、それを強制した側の言い分じゃないね。眺める視線に謝罪の念でも込めておこう。


「ほいっと」


 八度目。でも出ない。


「ほいっとぉおお!」


 叫ぶ。気合い入れても無駄だと思う。そろそろ視線に不審の念も入れようか。


「ほあぁちゃぁああああ!!」


 叫び声を変えることで何か効果があるんだろうか?

「ごめん、そろそろ何が出るのか教えてもらって良い? ファンタジーだと魔法、それも馬車? で良いのかな、とりあえずこれを壊さない照明あたりの魔法だと思うけど。ゲームって言ってたから多分ステータス画面とか?」

 推測を口に出してみる。ついでだし実行してみよう。

「ほいっと」

 出た。半透明のウィンドウが虚空に浮かぶ。赤と青の二枚組だ。

 ふと、孝平の方を見る。

「………………」

 非常にいたたまれない表情をしていた。自然と僕が向ける視線に哀れみの念が混じり始めた気がする。

「……ま、そういうことだ」

「うん。分かったよ」


 まず、話を進めよう。

「まずステータス画面の出し方だけど……」

「あー、そうですね。俺には出来ませんもんね」

 なかなかにやさぐれた目をしていらっしゃる。

「自然な気持ちで出ろって念じれば出るよ。多分力み過ぎたんだって」

 この男、緊張には弱いが普段は相当に器用である。手芸部部長は伊達ではない。

「そうかな。よっと……あ」

 出た。緑のウィンドウが宙に湧いて出た。これの色はプレイヤーごとに違うのかな。あれ?

「一枚だけ?」

 孝平の前にあるウィンドウは一枚きり。対して僕は二枚出ている。

「いや、こっちからしたら二枚出てるそっちの方がおかしいと思うんだけど」

「そうなの?」

 ウィンドウに視線を移す。よく見ると二人分のステータスが表示されている。青い方に(さかき)明良あきら、赤い方には榊遥佳(はるか)と表示されている。

 僕はウィンドウを消した。

「いや、消すなって。ステータスは把握しておくべきだろ?」

「……まあそうだけどさ」

 再びウィンドウを出す。

「よく見ると二人分か」

「そうみたいだね」

「誰?」

「僕の家族(きょうだい)

「へー。今度紹介してくれ」

 …………それは。

「命の保証はしかねる」

「何で!?」

「榊四兄姉弟妹の次男はシスコンでご近所に名を馳せているんだ」

「どんなシスコンだよ!?」

「妹を溺愛するあまりバイトして月に一度お小遣いを渡すようになったよ」

「……うっわぁ」

「引かないでもらえるかな」

「……努力する」

「妹が定期的にメールしている相手が気になりすぎて落ち着かず、夜通しごろごろベッドの上で転げまくってたこともあるよ。ていうか転げまくった挙げ句、ベッドから転げ落ちてそのときの音で家族が心配して駆けつけたりもしたよ」

「うっわー」

「だから引くなと」

「いや、引くって」

「そしてそれに引けを取らないくらいのブラコンでもある」

「いやいやいや」

「なら会わなくても良いね」

「……ああ、しばらくは良いや」

 よし。


「じゃ、話を戻そう」

「りょーかい」

 了承も得られたところでさっきから気になっていたことを訊いてみよう。

「あのさ。このステータス画面どこかで見たようなことがあるような気がするんだけど」

 ウィンドウの操作方法はいまいち分からないが、ステータスはある程度ならデフォルトで表示されるらしい。見たところHPやMP、STRやAGIなどの見慣れたステータスに混じって、MPと被りそうなSPや、AGIと被りそうなMOBなど、あまり見ない組み合わせのものが見られる。

「まあそりゃそうだろうよ」

「? どういうこと?」

「ほら、俺らこれのオンライン版のオフ会で出会っただろ?」

「へ?」

 孝平と出会ったのは、何のゲームだったか。たしか。

「……ウィッチクラフトアンドナイツ?」

 頷く孝平。

 数あるRPGの中でもこの状況下で引き当てたくない筆頭を引き当てていたらしい。



「……最悪だ」

というわけで昔話です。

これを含めて三話で榊は夢から覚めます。

あと次回スタッフの悪意に触れていこうと思います。

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