VI 後輩の家庭教師~実はファニーフェイスです~
――マリアージュ・フレール。
数世紀前から続く太陽の王家の老舗の紅茶専門店。およびそのブランド。太陽の王家のお茶の歴史の生き証人とも言える。
太陽の王家以外の国では、独国と倭国に店舗を出している。倭国では法人が独立して存在しており主要都市に専門店をいくつも開いており、ゆえに倭国ではマリアージュ・フレールの紅茶は比較的購入しやすい。
「――と、言うワケで、ここ獅子の王国でお目に掛かれるなんてすっごい奇跡なんだよぉ!」
「そ、そうなの……すごいわね……」
興奮冷め止まぬエレインは一気に紅茶の老舗について語り続ける、
この子がこんなにも熱く物事を語るのは珍しい、
彼女は基本的に自分の話題を一方的に押し付けたりしないのだが……こと紅茶に関してはその例から漏れるらしい。
ハッキリ言って、あたしには半分も意味が理解できない、だけども……、
獅子の王国と太陽の王家。
この犬猿の仲とも言える国境と海を越えてまで出店していることは驚愕に値することだというコトだけはわかった。
フローレンはあたかも店員のように忙しく動き回り、あたし達を席をへと誘導しつつ、
「二人とも何を頼むーっ?」
「うーん、わたしはやっぱりマルコポーロかな、一度口にしてみたかったの」
予備知識のあるエレインはさほど迷うことなくそう答える、
でもそういうやり取りされてもあたしにはサッパリだ。
「確かお前さんはトワイニングのアールグレイが好きだったよなーっ」
「好きっていうか、それくらいしか知らないのよ」
「でもお姉ちゃんが一番飲みやすいのがアールグレイじゃないかな?」
妹の言うとおり、あたしは柑橘系のすっきりした香りが飲みやすいと感じている、
ちなみにトワイニングっていうのは獅子の王国にある紅茶の老舗のコトよ。
あたし達は獅子の王国生まれの獅子の王国育ちだしね、やっぱり自国社のモノに親しみがあるわ。
さて、何を頼んだらいいかな?と意識をめぐらせた瞬間、
「――それだったら、アールグレイ・インペリアルとかどうです?」
不意に自分たちが居るテーブルとは反対側から声がした。
反射的にそちらを向くと……可愛らしい金髪のお姉さんが居た。
恐らく、あたしよりも年上だと思う
……のだけど『可愛らしい』というのは、顔立ちがどことなく幼い印象を受けるからだ。
店員さん……なのだろうか?
こちらを柔和な笑顔で見つめている。
とりあえず無視するのも失礼なので、当たり障り無く返事をする、
「えっと、アールグレイ・インペ……て何かしら――じゃなくて、なんですか?」
「茶葉自体にダージリンを使っていますが、香料はベルガモットなので基本的には変わりませんよ」
それなら問題なくあたしでも美味しく頂けそうだと思った。
親切にも説明してくれるこのお姉さんはやっぱり店員さんなんだろうか?
「ふふ、いつも通りの対応で構いませんよ?イーリディアさん」
「えっ?」
知り合い……だったっけ?
記憶にはない、でもあたしが忘れているだけかもしれない。
助けを求めるように妹の顔へ視線を向けるが、
ふるふるふるふる、
無言での左右へ高速首振り、
――どうやら彼女も心当たりが無いらしい。
では、頼れる先輩の女中はどうだろう?
今度はフローレンに救いを求めるように視線を投げ掛けてみた、
「んーっ?なんだー二人ともわからないのかーっ?」
「あら?」
フローレンも謎のお姉さんもキョトンした顔でこちらを見て――
前言撤回、謎のお姉さんだけキョトンした顔をしている。
やっぱり、フローレンの表情だけは区別がつかない……。
「ふみゅー、ニーナのすっぴんがダメなのかなー?」
「それだと普段は厚化粧しているように聞こえませんか?」
ニーナ?
普段は厚化粧……?
誰だろう?
「あ、もしかして――」
「知っているのエレイン?」
「うん、知っているも何も……」
妹は困ったような表情を浮かべ、なんで気付かなかったんだろうと苦笑いを漏らしている。
えっとつまり、誰なの?と聞こうとした時、
「ニーナ。ニーナ=イングリド、お前さん達もほぼ毎日顔を合わせてると思うぞーっ?」
「イングリ……あーっ!」
ファーストネームはピンと来なかったが、家名で気付けた。
彼女は……最近になってお屋敷に出入りするようになった人物じゃないか。
そう、目の前の可愛らしいお姉さんは……コーネリアの家庭教師――イングリド先生だった。
あまりにも印象が違いすぎたのだ。
普段と違って、柔らかい物腰になっていたので気付き様もなかった。
普段と違って、薄い化粧しかしてなかったので気付かなかった。
普段と違って、髪を下ろしていたので気付けなかった。
「イングリド先生……だよね?ごめんなさい、わたしも気付かなかったの」
妹は恐る恐る確認するようにイングリドに尋ね、黒いフードを揺らしてペコリと頭を下げる。
……いや、エレイン。これは普通に気付かないと思うわよ?
「とりあえず、私もそちらにご一緒させて頂いて構いませんか?」
「あ、はいぃ、どうぞどうぞ!」
どうして、このタイミングでこの場所で、彼女と出会ったのかわからないが、無下に追い払うわけにも行かない。
イングリドとは、『住み込み』と『通い』という差はあるものの、同じグロリア家に仕える使用人仲間だ。ちなみに歳は彼女の方が上だが、あたし達の方が先輩となる。
いや、決してサボってるのをバラされるのが怖いとかじゃないわよ、うん。
「んじゃ、ニーナもこっちに座って好きなもの頼むといいぞーっ」
この中で一番古株の使用人であるフローレンが仕切る中、各々席へと着き、通りがかった店員……今度こそ本物の店員さんにそれぞれが紅茶を注文するのだった。
ちなみに、目の前のお姉さんがいつもの家庭教師の先生と理解できていないコーネリアには、エレインがミルクティーを頼んでいた。
「――それにしても」
「……そうだよね」
あたしとエレインが、揃ってイングリドの顔をじっと見つめる。
当然、二人とも同じ考えだ。
「あ、あの二人ともどうしたんですか?」
「「化けすぎ……!」」
ビシィ!と二人並んでイングリドの顔を指差す、
うん、さすが双子。息ピッタリよね。
――彼女はその勢いにヒィッ!?と一瞬怯んだ。
「こらこら、ニーナがドン引きしてるだろーっ?
そもそもこれは化けたんじゃなくて、化けの皮が剥がれたんだぞーっ」
「あの……それも酷くないですか」
イングリドは困ったような拗ねたような……そんな子供っぽい顔をフローレンへと向ける。
この人もこんな表情できるんだなぁ。
女五人、実に姦しいお茶会が始まった。
前回に続きグダグダ……。
お姉さん、お願いだから早く本題に入ってくれ;