V 妹は紅茶通~意外と甘くなります~
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女中。
お屋敷に勤め、家人の道具となり家具となり働く女。
それも住み込みで勤めをするあたし達は基本的に内勤だ。
つまり外に出ることはまず無い。必要も無いし、機会も無いのだ。
……それでも、何かの都合で出るチャンスは貰える、例えば今回のように『お使い』とか。
ただし、それには相応の雇い主からの信頼が必要となる。
やっぱり外に出す以上は家名に傷を付けない人間が選ばれるのよね。
――のはずなんだけど……。
「なんでアンタみたいなのが…外出許可貰えるか謎だわ」
「ふっふー、イールよ、見くびるなーっ?これでも私は優秀な料理人なのだなーっ」
それは自他共に認めることだろう。
料理人としての腕は申し分無く、既に厨房長も自分の後継として考えているという噂もある……なのだけど、その容姿と言動と素行の所為で、とりあえず厨房女中という扱いにしているらしい。
実際、彼女が執り行う仕事は最早、厨房長と変わらない。
そこに厨房女中としての仕事がチョコンと乗っかっている感じだ、かなり特殊な立場の人間なんだと思う。
フローレン以外にも厨房女中はいるしね。
「まー、エレンも待たせてるし、用事済まさんとなーっ」
「はいはい、かしこまり」
あたしもフローレンもまだ用事が残っていたので先に済ませることに……させられた。
本来なら真面目なエレインに「サボるなんてダメなんだよ!?」と怒られるところなのだが、紅茶が大好きな彼女にとってカフェへの誘いは抗い難い誘惑だったのだ。
なので双方の譲歩により、用事はキッチリと済ませた上で時間を決めてカフェへ行くということになった。
え?
あたしは『どっちの陣営』なのか?
……もちろんサボりたい派よ、とんだ信頼に対する裏切り女よね。
でも仕事のオン・オフの切り替えはちゃんとしてるつもりよ?
あたしとフローレン、どちらも厨房長からのお使いだったので行き先は同じだった。
二人して足早に目的の食料品店へと向かう、
「それにしても……」
「んーっ?どーしたーっ?」
「なんか、あたし達じろじろ見られてるような気がするわよ?」
たぶん、これは気のせいなんかじゃなく、絶対そう。
よくよく考えてみると、あたしはなんちゃって修道女もどき、フローレンは身長一三五センチのミニマム幼女、それも外出先でもしっかりと女中の制服姿(超ミニサイズのオーダーメイド)のままである……そりゃ目立つモンよねぇ……。
「ふむーっ、イールの中途半端な修道女もどきはやはり目立つなーっ」
「多分…この視線はアンタの貢献度の方が高いと思うわよ?」
「ふみゅー、ヘンなところで褒めるなーっ!恥ずかしくて赤面してしまうぞーっ?」
「アンタ顔色ひとつ変わってないわよ……?」
さらにコホンと咳払いをし、
「――あと褒めてないから」
などと言い合ってる間に目的の食料品店へと辿りつく。
店番をしている見慣れない少年(新しく雇ったようだ)は、しきりにこちらチラチラ見ている。
なんちゃって修道女もどきと、ミニマム女中幼女が揃って現れたのだ、それは仕方ないことだろう……なのかしら?
「ふむ~イールよ、お前さん目立ちすぎだぞーっ」
「絶対ッイィィ…アンタの所為だと思うわよ」
などと言い合いながら店舗へ踏み入ると、店番の少年はヒィ!入ってきたァ!?と身を強張らせる、
あのさ……奇怪な二人組なのは認めるけど、まったく失礼な……。
「おーい、少年ーっ、別に私は捕って食ったりせんぞーっ?」
「もうっ!そーゆーコト言うから、余計に誤解されるのよ」
すっかりドン引きしている少年を尻目に、目当ての物を次々とカゴに詰めて支払いを済ませることにした。
ノンビリなんてしてられないしね。
……そして何よりも、お屋敷にいる時と同じような調子でいてはいけない、騒ぐなんて以ての外。
万が一何かの拍子にフードが外れてしまったら……、
あたしはこのフードの中身――真っ白な髪を見られるのを恐れたんだと思う。
フローレンと違い、あたしは『物珍しい』の一言では片付けてもらえない外見なのだから……。
「ごめーん、おまたせっ!」
お使いの品を買い揃えたあたしは、買い物袋を抱えてエレインへと駆け寄った。
フローレンもそれに遅れて駆けてくる。
「ううん、大丈夫。お姉ちゃんもフロンも慌てて走りすぎだよぉ」
「だってさ、フロンがやたらと急かすんだもん」
しかも、その急かす声は激甘でぶっきら棒のアンバランスボイス、
こんなの慣れない人間が聞いたら神経がおかしくなるかもしれない。
「ふっふー♪私は好物は最後に残しておく性質なのだーっ」
「……要するに、自分の好物以外の用事済ませたから、早く食べさせて欲しい、てコトなんだね……」
いつの間にか妹にターゲットを移して何やらよくわからない理屈を投げつけているようだった。
器用にもそんなやり取りをしながらも、時折口を挟んでくるコーネリアにもキッチリ対応している、
……本当に妹は言葉の天才だ。複数人と会話をしても全く苦ともしない。
それでいて、一方的に自分の話題を押し付けない『聞き上手』でもある。
そんな妹の奮闘を見守り続けるワケにも行かず、無遠慮に話に割り込む。
「あー、もうそんなコトはどうでもいいから、何処なのよ?そのカフェは、」
「んーっ、ここからそう遠くないぞーっ」
そう言いながらフローレンは頭をパチンと切り替えたのか、先陣切って歩き出す。
若干早足なのはやはり彼女も時間を気にしているからだろう。
明らかに短い脚の歩幅でどうしてそんなに早く歩けるかが、不思議で仕方ない。
「きっと、エレンも気に入るぞーっ?」
「ほんとぅ?楽しみだよぉ。
わたし、あんまりお店の紅茶って飲んだことないの」
エレインは嬉しそうに黒いフードを揺らしながら、フローレンの言葉に耳を傾けていた。
あたしは……妹ほど紅茶好きというワケではないし、お茶の銘柄や茶器の話題を振られても大して興味も沸かない。
本音を言えば、カフェに行くよりも古着屋を見て回りたかった、
意外と質素で可愛らしいのが、ビックリするような安価で見つかったりするのよ?
それでもエレインが心底嬉しそうに話をしているのを見るとそんな気持ちは吹き飛んでしまう。
程なくしてフローレン言ったとおり、目的のカフェが姿を見せた。
比較的新しい建物なのか、全体的に小奇麗でいて小さいながらも荘厳な門構えだ。
古い石造りの街並みの中であって決して浮くことの無い絶妙のバランスを保っていた。
通りに対して一段高くなっており、その空間がカフェテラスとなっているようだった。
その一画に看板らしきプレートが目に入った。
――MARIAGES FRERES
マリ……エージ?
書かれているのは、あたしも良く知るアルファベットだ、読めないことは無い。
ただ綴られた書体に違和感を覚えた、このまま英国語読みしてはダメな気がしたのだ。
あたしが怪訝に看板を見据えていると、エレインが何事かと声を掛けてきた、
「お姉ちゃん、どぉしたの?」
「あー、アレなんだけど……」
そう言いながら、例の看板を指差す。それに釣られるように妹もそちらに視線を向ける。
――が、すぐにその目を細めて、むーっ、と唸っている。
「ごめん……わたしはこんな遠くじゃ見えないよ」
「あ……ゴメン、そうよね……」
思わず言葉が詰まってしまった。
妹はあたしと違って目が悪いのだ、ついつい自分の感覚でやってしまった。
双子でありながら、身体的な差が生じているのは……やはりかつての路上生活で妹が身体を悪くした所為だろう。
妹は口にはしていないが、姉妹でそんな優劣があることが嫌で仕方なかった筈だ、
どうして、あたしはこうも気が回らないのだろう……。
仕方が無いので、そこからさらに近づいて再度その看板を示す、
「うーん、お姉ちゃんの目が良過ぎるんだよぉ……あ、あれって……!」
「知っているのエレイン?」
妹は目を見開き、口に手をあて、信じられない……!といった面だった。
視線をフローレンの顔へとスライドすると、ふふーん、と得意げな顔を、
……しているワケもなく、相変わらず感情の読めないクール系お寝坊フェイスだ。
よくわからないが、有名なお店なのだろうか?
「マ、『マリアージュ……フレール』!?ねぇ!フロンどぉして!?」
「ふっふ~♪さすがはエレン、その反応ができるのは相当な紅茶通だぞーっ?」
あのー、すごい置いてけぼりなんですけど?
なんだか、あたしの着いていけない世界のようだ。
やっぱり古着屋に行ったほうが良かったかな?
……と後悔し始めるあたしだった。
むー、グダグダです。
早くカフェで伏線立てて話を進めたいのに、上手く進みません……。