IV 先輩はキッチンメイド~とてもヘンな女です~
薄暗い店内から抜け出るかのように外へと出た。
正午はとうに過ぎたとはいえ、昼の日差しは容赦なくこの目を焼いてくるかのようだった。
雑貨屋から出てきたあたしの姿を認めたのか、妹が小走りで駆け寄ってくる。
しかし、あたしの顔を見るなりすぐに顔を曇らせる。
もちろん、原因はあたしの表情にあるのだろう、
「……お姉ちゃん何かあったの?」
「あ~、ちょっとね」
あたしも妹も極端に感情が顔に出易い。
いつか直さないといけないと思いつつもなかなか克服できるモノでもない。
「いやーな話題を聞いちゃってねー」
「……嫌な…話題?」
思わずため息を漏らしながら続ける、
「……吸血鬼だってさ、またね」
「…………ほんと、まただね」
妹もまたため息を漏らした、
――吸血鬼騒ぎ。
七年前にも起きた出来事だった。
こればっかりはさすがのあたしも憶えてる、なにせ犯人にさせられたのが……あたし達の母親だったからだ。
理由と根拠は一つだけ『白の民だから』。
一方的な逮捕と出来裁判の末、母親は『退治』されてしまった。
あたしは母親の最期を物陰から血の涙を流して見届けた。
今にして思えば……あたし達という足枷さえなければ……母親は死なずに済んだかもしれない。
「……お姉ちゃん、顔怖いよ?」
「アンタも他人のこと言えないじゃない」
その時、ボフッ!とあたしの胸に何かが突っ込んできた。
そしてそれはもぞもぞと蠢き……
「――ひ、ひぁ?!」
思わず上ずった声を上げてしまう、必死にこれ以上嬌声を上げないように気を配りながら、自分の胸に埋まっているモノの正体を確かめる。
それは人の頭でやや苦しそうにもがいているように見える。
ちなみにあたしの背丈は結構小柄な方だと思う、
つまりあたしの胸の高さに頭があるということは、この人物は屈んでいるか、背が相当小さいという事になる。
その人物は「ぷはっ!」とあたしの胸から脱出(?)すると
「ふむー?ちょっと余所見してたんだなー、いやいやすまんなー」
「げっ!フロン……」
見下ろすあたしの視界には見知った顔があった。
――そう、見下ろさないといけないくらい小さいのだ。
「ふむー、『げっ』とはなんだー?さてはサボりかー?」
「ちょっ!違うわよッ!」
慌てて否定するあたしの足元で同じく小柄なコーネリアが嬉しそうに声を上げる、
「うー!フロンだーっ」
「ふむー、コルネリアまでダシに使うとは……計画的犯行だなーっ」
さて、彼女――こんなぶっきら棒で間延びした喋り方だけど女だ――のことを言い表すには少々骨が折れる。
表現するのに特徴が乏しいから?
いやいや、その逆で『特徴が多すぎるから』なのだ、ハッキリ言ってどこから手を付けていいかわからない。
まず名前、あたし達はフロンと呼んでいるが、フローレンという名前らしい、
なんで『らしい』と曖昧な表現かというと……
『ねぇ、アンタ本当の名前って何?』
『んー?そーだなーっ、フローレンかなー』
『ちょっ!アンタこの前はジョセフィンとか言ってなかった?』
『えっと、お姉ちゃん……それは前の前だったと思うよ、この前は確かカトリーヌ』
『あーもう!なんでそんなに名前がコロコロ変わるのよ』
『うーん、一応だけど……今のところ「フローレン」が九回、「ジョセフィン」が四回、「カトリーヌ」と「アーリーン」が二回づつかな、暫定一位は「フローレン」だと思うよ』
『じゃ、それでいいぞーっ』
『アンタ今、「じゃ、それで」とか言った!?』
と言った具合である……絶対っ偽名だろうな、と思った。
だが、名前の時点で挫けてしまっては身がもたない。
次に語るべきは、やはりその身長。
エレインの見立てでは、推定身長は一三五センチ、大人なら簡単にお持ち帰りできてしまいそうなお手頃価格のミニサイズなのだ。
顔立ちは整ってはいるが、その身長に比例して幼さを残す……と言うより幼さそのものの顔。
亜麻色の髪は左右に一房づつ束ねられていて、それだけならツインテール……なのだが、さらにそれらは幾重にもロール状に巻かれている。その様があたかも螺旋槍に見えるところから『D・D・T』と呼ばれているとか、どうとか。
顔の大部分を占めるとても大きな赤紫の瞳をしていて、さらにその瞳は眠そうに常に半目に開かれており、おそらく見開いたときの目は相当大きいはずだ。なんだかとてもミステリアスな印象受ける。
この見た目は一〇歳のミステリアス幼女だが、実は……
「ふむーっ、別にサボっててもチクったりせんぞー、私は心の広い先輩なんだぞーっ?」
「だから違うって言ってるでしょ!」
――そう先輩なのである、あたし達が七年前にお屋敷に入った時にはすでに彼女は女中だった、厨房配属の厨房女中。本人が言うにはあたし達より四つ年上の一八歳。
絶対そう見えないとは思うけど、七年前の時点ではそんな疑問も抱かなかった。
そこから身体が全く成長していないのだ、これは『グロリア家の七不思議』の一つに含まれているらしい。
それでも内面は歳相応に落ち着いているのか、表情は常にクールビューティ……とは何かが違うような感情の読めないクール系お寝坊フェイスなのだ。
それでいて、ぶっきら棒で間延びした言葉を奏でるのは、蜂蜜に飴玉をぶち込んだような甘ったるい声、もういろいろなところで見た目とのバランスが崩壊してしまっている。
「だから、ほらっ!これよ」
とりあえず自分の外出を正当化する為にお使いのメモ書きをヒラヒラと見せ付ける。
「ふむぅー?フォスとティータのお使いかーっ」
「そうよ、ちゃんと許可も貰って出てきてるんだから。そう言うフロンは何で外にいんのよ?」
「私はいつも通りに食材の調達だなーっ、ティータからのお使いとは別件だとは思うぞーっ」
お使いのメモに目を向けていたフローレンが少し思案するような気配を見せ呟いた。
「こりゃ、帰ったら忙しくなるかもなーっ、ティータもてんてこ舞かも知れぬぅー」
「ねぇねぇ、フロン。わたしもお姉ちゃんも思ってるコトなんだけど……」
不意に話へ割り込んできたエレインに、あたしもフローレンも、んっ?と顔を見やる。
「やっぱり、それって不味くないかな?せめてお嬢様だけはダメだと思うの」
ここでちょっと補足、
フォスが女中頭……てのはさっき言ったわね、新たに名前の出てきたティータというのは厨房長のコト。
ここまで言えばわかるわよね……このフローレンという幼女もどきは誰でも呼び捨てにするヤツなのだ。
「ふみゅー、エレンの言い分は正論だなーっ、返す言葉もないなー……思わず困り顔になってしまうぞーっ」
「アンタ眉一つ動いてないわよ……?」
つまり彼女はこういう女なのだ。
――ヘンな女。
そして、そのヘンな女は囁いた。
「んじゃ、せっかくだから一緒にいこうかーっ」
「はぁ?どこによ、」
フローレンはふっふーと言わんばかりのジェスチャーをし(でも顔はお寝坊フェイス)
かくん、と顔をこちらに向けて、決まってるだろーっ?と呟いた。
悪戯っ娘のように呟いた。
「もちろんサボりに、結構美味しいカフェを見つけたんだなーっ」