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ハチドリの太陽

作者: 遠山枯野

 その鳥は兄弟たちと比べて体がとても小さく、なにより目が悪いため、狩りにはいつも苦労していました。太陽が森の向こうの山並みに沈んだ後、兄弟たちは巣を離れ、夜空を飛び回る虫たちをその大きな口で器用にすくいとっていきます。大きなガを捕まえることだってできるのです。


 目が悪い上に、細くて長いくちばしがついたその鳥は、兄弟たちのような技が使えず、一晩で小さな昆虫を1,2匹仕留めるのがやっとでした。


 やっとの思いで捕まえた昆虫を食べてもあまりおいしく感じません。苦さのあまり吐き出してしまうこともありました。母親が心配そうな目を向けてきます。


「できの悪い子ね。おまけに好き嫌いも激しい。」


 大きくなるにつれて、他の兄弟にはないような、緑色の光沢のある羽が生えてきました。枯葉そっくりの羽に覆われた兄弟たちは、隠れるのがとても上手でした。夜の狩りのときも有利ですし、昼の休眠中も枯木の上にうずくまっていれば、天敵のタカやワシから見つかることもありません。


「お前が近くにいると目立つんだよ。あっちいけよ。」


 兄弟たちからも追い払われます。体が一回り小さいため、体当たりされるととても適いません。


 その代わり、その鳥は兄弟たちにまねできない特技を持っていました。翼を回転するように動かして、空中で止まることができるのです。その羽音がミツバチのブンブン飛び回る音に似ているため、その鳥は、「ハチ」と名づけられました。



 ある晩、ハチは狩りに出るのが億劫で巣の近くで休んでいました。そのとき、母が他の鳥とひそひそと話しているのを耳にしました。


「ハチは、本当に私の子なのかしら。なんか、好きになれないのよね。」


 ハチは途方に暮れて夜更けの空に飛び立ちました。もう家に帰りたくありませんでした。いつの間にか、これまで来たこともないような遠い森の上を飛んでいました。視力が良くないため、自力で巣に戻れそうにはありません。食べ物も長い間、口にしていなかったため、力尽きて飛ぶのをやめてしまいました。


 しばらく森の中でじっとしていると、山並みの向こうの空がぼんやりと白みを帯びてきました。もう休まないといけない時間です。昼に動き回ると、タカやワシに見つかって食べられてしまう、空を飛んではいけない、と母に言い聞かされてきました。


 ひとまず、茂みの深い森にもぐりこみ、日の当たらない木の陰に入りました。巣から遠く離れて一人ぼっちで過ごす昼は初めてです。


 目を閉じようとしたとき、後ろから声がしました。


「おや、見慣れない鳥だね。どこから来たんだね。」


 驚いて振り向くと、大きな目がこちらを見つめていました。年老いたフクロウのおばさんです。フクロウは賢くて、物知りでしたが、ハチたちとは食べ物の好みが違うために、あまり交流することはありませんでした。


「フクロウさんですよね。僕はヨタカです。道に迷ってしまったんです。」


「あれ?最近のヨタカは、そんなカラフルな羽を付けているのかね。それにその細く尖ったくちばし・・・はて?」


 フクロウは首をかしげて考え込んでいるようです。そのとき、空腹のためハチの腹がぐうぐうと鳴りました。


「おや、おなかが空いているのかね。さっき捕まえてきたんだよ。これをお食べ。」


 フクロウはすでに息のないネズミを差し出しました。ハチはびっくりして飛び跳ねました。こんな血生臭いものが食べられるとは思っていなかったのです。


「あ、そうか、君たちは虫しか食べないんだったね。ごめん、ごめん。」


 そのとき、フクロウが何かを思い出したようです。


「そういえば、君はカワセミに似ているね。ヨタカよりはよっぽどだ。川の方に行くと、知り合いのカワセミがいるよ。聞いてみようか。」


 ハチはフクロウについていきました。フクロウは耳がよいので、川のせせらぎの音を聞き取れるようです。静かに羽を広げて森の中を飛んでいきました。ハチは自分の羽ばたきの音が邪魔しないか少し心配になりました。


 川にたどり着き、上流の方に少し進むと、そこには、カラフルな羽と槍のようなくちばしを持つ鳥がいました。なるほど、ハチに似ていなくもありません。その若いカワセミのお兄さんは言いました。


「でも、なんか色合いが微妙に違うな。それに、僕たちはそんな飛び方はしないよ。もっと真っすぐに飛ぶしね。ほれ、おなかがすいているなら、魚でも食べなよ。」


 カワセミはイワナを口にくわえて、ハチの方に放り投げました。フクロウが顔をしかめて言いました。


「あのね、カワセミさん。この子は、生臭いものは食べられないんだよ。」


 しかし、空腹も限界です。無理してでも口に入れようかと考えていると、川のほとりに咲く花の先端に小さな虫が止まっているのが見えました。とっさに捕まえようと飛びかかりましたが、動作が遅れて、虫は逃げてしまいました。しかも、その反動で、花の中にくちばしを突っ込んでしまいました。


 息を吸い込むと、くちばしに着いた花の蜜が喉に入ってきます。初めて口に入れるものでした。ところが、それがとても甘くて、幸せな気持ちにさせました。だんだん容量がつかめてくると、くちばしをさらに花の奥に入れて、蜜を夢中で吸い込みました。空中で羽を回して止まることができることも、蜜を吸うにはもってこいでした。


 カワセミが言いました。


「もしかして、君はこんなものが好きなのかい。そいえば、南の方の鳥は花の蜜を食べるって聞いたことがあるよ。たしか、ハチドリ、って言ったかな。」


 フクロウがたずねました。


「南の方って、どのぐらい離れてるんだい?」


「この川をずっと下っていくと、海に出るよ。そこを渡るんだよ。」



 フクロウに案内されて巣にたどり着いたハチは、木陰で一羽悩んでいました。


 自分がヨタカであることを疑ったこともありませんでした。しかし、フクロウやカワセミから言われたことも忘れられません。たとえそうだとしても、この森で生きていけないことはありません。多少の不便さや、周りから奇異な目で見られることにも慣れていました。危険を冒して、慣れ親しんだ森を出る必要なんてあるのか。それでも、もっと自分がのびのび生きられる場所があるなら・・・


 ハチは決心しました。その世界をどうしても見てみたい。本当にたどり着けるのかわからない、それでも、行けるところまで行ってみよう。


 晩秋の短い日が暮れて、いつものように兄弟たちが狩りに出かけた後、ハチは一羽川を下っていき、森を抜けました。


 ずいぶん長い間、独特の羽ばたきをしながら草原を飛び続けました。


 そのうち、東の空が明るくなってきました。明るい空の下、その草原には隠れる場所がありません。


 しかし、昼の明るさは目によくなじむのです。夜の暗闇よりもよほど視界が利きます。これなら、ワシやタカが襲ってきても早めに危険を察知できます。そういえば、自分はヨタカではないのなら、夜の鳥でもないのかもしれません。夜に目が利かないのも、昼の光に眩しさを感じないのも当たり前です。


 陸地を離れ、海の上に出ました。


 太陽の光を受けてキラキラと輝く水面がどこまでも広がっていました。


 太陽がこれほど心強いものとは思いませんでした。今は、ワクワクした気持ちが未知への恐怖を上回っています。


 この先にある希望を信じて。


 ハチは小さな羽を高速で動かしながら、海を渡っていきます。


挿絵(By みてみん)



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