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妖怪美人晒し

「わたし、きれい?」

「え、今時口裂けスタイル?」


 脊髄反射で飛び出た言葉に思わず口を抑える。

 もちろん無駄も無駄の手遅れ。その上に白々しい。あ、言っちゃったとばかりに口を覆った所で放たれた言霊はとっくに真っすぐ相手に届いた後だ。


「あ、すみません。自分思った事すぐ口に出ちゃうタイプで、令和にもなってまだそんな昭和の都市伝説しがんでる人いるんだってびっくりしちゃって」

「思った事すぐ出過ぎじゃない?」


 あーほんとすみませんと謝るものの言ってしまったものはどうにもならない。


「いやでも、初対面の人間に向かっていきなり『わたしキレイ』はあまりに自信満々というか厚顔無恥というか恥さらしマスク女すぎるというか」

「初対面の人間に向かってどんだけ言うのよ」


 忘れていた自分の本性に驚き戸惑っていると、反してマスク女は楽しそうに身体を揺らしていた。


「あなた面白いね」


 え、嘘。こんな矢継ぎ早失礼男がまさか評価されているというのか。


「で、改めて聞くけど。わたし、きれい?」

「どんだけ承認欲求モンスターなんですか」


 僕もなかなかヤバイという自覚はあるが、この女もなかなかヤバイかもしれない。

 綺麗かどうかと聞かれたらどうだ。なんとか言葉を一旦抑えマスク女を改めて見る。


「いや、めちゃめちゃキレイっすね」


 これがまたマジ美人なのだ。夜中に公園のベンチに座ってたらいきなり横にすっと座って美人確認してくる激イタ具合はさておき、口元をしっかり覆う大きな白マスクもさておけば、それ以外の全ては余裕で美人認定待ったなしの見た目なのである。

 すっとした目元とシャープな輪郭おそらく。流れるような黒髪に白のマキシワンピから伸びる脚までとにかく完璧なスタイルと美人につぐ美人である。


「この後どうせマスクを取って、”これでもキレイ?” って地球最恐クラスのマスクマジックを見せられるオチが待っているんでしょうけど、今のところはキレイと言わせていただきたい」

「全部言わないでよマスク取りにくいでしょ」


 と言いながら女はあっさりマスクを取ってしまう。


「あっさり取るんだ」

「取りますよそりゃ」

「っていうか裂けてないじゃないですか」

「どう、これでもキレイ?」


 それはそれはお綺麗なご尊顔。マスクマジックなんてなんのそのの超絶美人フェイスがフルオープン。なんだよマジでただの美人かよがっかり。


「キレイに決まってるでしょうが。そんじょそこらのモデルとか女優よりも下手したらキレイですよ」

「あぁ最高たまらんマジ満たされる」

「本当に承認欲求モンスターですね」


 ネットで自撮りを上げながら「あー私ってほんとブス」とか呟きつつ、本音はそんな事ないよめっちゃ可愛いよ待ちの噴飯共はいくらでもいるが、まさか自分の足で稼ぐタイプの奴がいるとは思わなかった。よっぽど口裂け女より恐ろしいかもこの女。


「いやね、美人すぎるとおちおち顔も晒せないわけですよ」

「なんか聞いてもないのに始まるやつですかこれは」

「あなただって余計な事ばかり喋る口持ちじゃない我慢して聞きなさい」

「口持ちって言われたの初めてだ」

「色々と不便だし面倒毎が多いから普段は顔を隠してるの。でもね、言っても美人なわけ。ド級の美人なわけ。こんなに素晴らしい顔面なのに見せられないってどういう事? 理不尽過ぎない? ストレートに褒めてほしくて爆発しそうでたまらなくなるの。そんな時はこうやってゲリラ的に美人晒しさせてもらってるってわけ」

「新種の妖怪みたいですね、妖怪美人晒し」

「妖怪だとしても嬉しいでしょ美人なら」


 と言いながら見せる笑顔の破壊力たるやもはや顔面凶器。目が眩むどころか眼球が爆発しそうなぐらいの美人だ。確かにこんな顔面を四六時中晒されたらこの国は終わるかもしれない。やはりこの女は妖怪だ。

 ただ、僕はもう我慢できなくなっている。言わずにはおれなくなっている。そう思った時にはもう手遅れだ。


「確かにお姉さんは美人だと思います。それも殺人級に人智を超えしレベルで、世界中の人間がひれ伏すほど、直視すれば眼球がその美に耐えられないんじゃないかと思う程に美人だと思います」

「あ、ちょ、そんな連鎖的に褒め言葉紡がないで爆発しちゃう」

「ただ」

「え、なに」

「内面が鬼クソダサブスです」

「鬼クソダサブス!?」


 美人の両目が驚愕で大きく開かれる。そりゃそうだ。今までブスだなんて言われた事などきっとないだろう。圧倒的に攻撃力に割り振られたパラメータなだけに防御力は小枝レベルだ。


「それだけ美人なのに堂々とせずマスクをつけて怯えながらも、自分の中の承認欲求を抑えられずこんな夜中にわざわざ出歩いて面と向かってキレイという言葉を栗拾いの如く求めるその様。惨めで見すぼらしくくだらない。顔はド級に良くても生き方があまりにダサすぎる。生き方がブスです」

「い、生き方がブス」


 これまで食らった事のない無礼失礼ノンデリの波状攻撃に女は圧倒的唖然顔だった。


「どれだけ自分が恵まれているかポジティブに捉えずこんな事に時間を割いているなんて愚かの極み。いい加減にしていただきたい。最初は本当にキレイだと思いましたけど、やっぱり見てて腹立ってきました。帰れ帰れ」

「ふざけんなぶっ殺す」


 途端女は立ち上がりどこに隠してたのか取り出した鎌を振り上げる。鬼の形相となった女の口元はばっくりと大きく裂けていた。


「いや結局口裂け女かい」

「そうよ。悪い? 上手く化粧とかでごまかしてるだけ。暗い所だったらより目立たないから遠慮なく美人見せつけられるの」

「黙ってりゃ美人なのにほんと喋れば喋れる程残念ブスが漏れてもったいない」

「ブスって言うな!」


 ぶんっと振り下ろされた鎌を見事に僕は白刃取り。


「ふん」


 そのままぶおんっと鎌を遠くに投げ捨てる。


「まあ落ち着いて下さいよ」


 僕は着けていたマスクをすっと取る。


「あ、あなた……」


 女がはっと口を押える。


「いつまでも昔の流行をしがんでちゃ駄目ですよ」


 そう言って僕は大きく口を開いて笑って見せた。


「僕、かっこいいですか?」


 女は口に当てた手をどかし、同じく大きな口を開いた。


「普通」


 少し間を置いて僕達は笑った。


「生きづらい世の中ですよね」

「ほんと」


 僕は外したマスクをつけ直したが、彼女はそのままだった。


「つけないんですか?」

「美人だから、もっと堂々とする事にした」

「そうですか」

「なんか、すっきりした」

「それは、良かったって事でいいんでしょうか」

「うん。ありがとう」

「何もしてないですけど。なんだったらあなたの鎌ぶん投げちゃったし」

「それは拾ってきて」

「それは拾わすんだ」


 十分ほどかけて鎌を見つけ彼女に返した。


「お互い頑張りましょうね」


 僕は何を頑張ればいいんですかと尋ねたかったが、もう彼女は僕に背を向け歩き出していたのでやめた。


 都市伝説の残骸。自分の存在価値なんてないんだと絶望し、自分を終わらせる方法をずっと考えていた。誰にも、誰とも話す事も出来ずただただ自問自答を続け彷徨う毎日だった。

 そんな時に彼女を見つけた。自分とは違い、自分の存在を確かめるように顔を晒し続ける彼女。

 最初はなんて恥ずかしい奴だと思った。ただ初めて見つけた自分と同じ都市伝説の残骸という同族意識はもちろんあったが、単純に興味が湧いた。


 終わらせたい自分と真逆の彼女。久しぶりに自分の口が災いしか生まない無遠慮の言葉を吐き散らすだけのものである事を思い出した。マスクなど関係なくずっと認められない側の自分からすれば、彼女はずっとずっと美しかった。なのに出てくる言葉は真逆だった。本当にどうしようもない口だ。


 僕には彼女のように気軽にマスクは外せない。それでも僕なりの存在の仕方もあるのかもしれない。その答えがすぐに見つかるとは思わないけど、今日の出逢いを僕はきっと忘れる事はないだろう。

 

 なんとなくその夜はマスクを外して家に帰った。

 どきどきしたが、なんだかとても清々しかった。

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