- 3 - ニュース発表の裏側と新規アシスタント 1
オリバーが白衣の裾を翻しながら、資料室の奥から顔を出した。
時刻はすでに昼を回っている。
「おはよう」と言うにはやや遅い時間だったが、レンはごく自然に声をかけた。
「おはよう、オリバー。解読チームのアシスタント、もう決まった?」
「おう、こんにちは、レン。」
オリバーは片手を挙げて応え、肩をすくめた。
「決まったさ。ま、予想通りだな。お子様たちの恋愛ごっこに巻き込まれるかもって、みんな露骨に嫌がってたよ。」
レンはため息をつきながら、納得するように頷く。
「まあ、そうだろうな。……いいさ。最初から実力を見るつもりだったし。
すでに解読済みの、誰が読んでも間違えようのない文章を渡しておいた。
一か月で結果を出せなかったら、この研究所じゃなく、寄付金で作った保養施設に行ってもらうだけだよ。魔力を使って、野菜でも育ててもらう。」
オリバーは盛大に吹き出した。
「レン、お前、そんなこと言ったら、お嬢さんがたが怒り狂うぞ。」
「怒ろうがどうしようが、今よりは建設的だろ。」
レンは肩を軽くすくめる。
「本職の研究者との交渉も、復元作業も、彼女たちに時間を食われて手が回らない。
正直、食堂の女神――あの皆が大騒ぎの飲み会をしても心優しく見守ってくれる皆の母の様な女神が本気で怒ってるくらいだ。
若い連中にも悪影響しかない。邪魔になるなら、いっそ別の場所で役に立ってもらったほうがましだ。」
資料室の厳重なロックを解除しながら、レンは淡々と投影機に目当ての文章データを取り込んでいく。
ふと、先日のニュースが脳裏をよぎった。
魔道大国の研究所の内部情報が、突如として世間に流出した件。
本来なら、まだ外部に出るはずのなかった極秘情報だ。
発端は単純だった。
昨年の夏のパーティーで、研究所の所長が「あと十年は引退しない」と公言した。
その一言で、副所長は焦った。
同世代が次々に昇進していくなか、自分だけが取り残される現実に。
彼は出世を焦り、上層に取り入るため、研究所の情報を外部に流した。
――そして、その結果、炎の大陸の巨大財閥に取り込まれた。
いや、「頼った」などという言葉は生ぬるい。
あれは、はめられたと言うべきだった。
副所長はよく通う紳士クラブで、学生時代の旧友から紹介された。
炎の大陸の財閥――その前会長。
うまく誘導され、野心を煽られ、気づけば後戻りできないところまで転がされた。
彼自身も、後悔しているのだろう。
「運が悪かった」と、ひとりごとのように呟くのを一度だけ聞いた。
あれから数ヶ月、かつてビール樽のようだった彼の体は、今や枯れ木のようにやせ細っている。
それを見るたび、もはや責める気力も起きない――それが、今の研究所の空気だった。
副所長が狙われた理由は簡単だ。
我が国アナベルは、光の海連邦の中でも中規模の勢力であり、250年前の大戦前から続く王家が今も残る数少ない国家だ。
その上、直系の王子は――若く、未婚で、美しい。
ゴシップ誌を賑わせる、上流階級の夢と欲望の的。
副所長は、そんな王子と縁者を縁付けたい1人に目をつけられたのだ。
相手は、炎の大陸最大手財閥の前会長だ。
そして……
結果は、言うまでもないだろう…