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- 5 - 抽出と心の機敏 4

食後、温かいお茶を飲みながら待機していた3人だったが、食事と緊張の緩和で徐々にレンは眠気に襲われていた。



レンは椅子にもたれかかり、半ば目を閉じながらカップを手の中で回していた。


王子も珍しく片肘をつき、視線がぼんやりと宙を泳いでいた。


エオスは膝の上で手を組みながら、夢と覚醒の間を行き来するようにうとうとしていた。



そんな沈黙の中、エオスがぽつりと話し始めた。




「……そういえば、古代文のカケラを引き出すとき、意識を“焦点を絞る”ようにすると、うまくいくんです」



レンと王子は半ば眠りながらも反射的に顔を上げ、興味を引かれる。



エオスは恥ずかしそうに指をもてあそびながら続けた。



「眠いときとか、逆に、頭を空っぽにすると、情報が浮かびやすいみたいで……」




そこへ、軽く息を切らした若い研究員が現れ、レンに頭を下げる。



「レン様、局長からの呼び出しです」



レンは大きく伸びをして立ち上がる。



王子は不満げに口を尖らせる。



「……私は呼ばれないのか」



レンは涼しい顔で答えた。



「ただの仕事の調整だ。王子様を引っ張り出す話じゃない」



それでも王子は納得いかない様子だったが、あえて何も言い返さずカップを手の中で転がした。




エオスも立ち上がろうとするが、レンに軽く肩を押さえられる。




「君は休め。今日も昨日も飛ばしすぎだ」



「でも……」



「王子と二人きりはまずいからな。さっさと部屋に戻って、寝ろ」



エオスは小さく頷き、やや名残惜しそうに食堂を後にする。



王子は一人先に王宮に戻ってもいいと申し出たが、明日この研究街を案内する予定であることを考慮し、



「今日は王宮に戻らず、ここで一泊しても問題ない」と判断。



懐から連絡用の魔道具を取り出し、仕事を始めた。



レンは呆れた目で王子を一瞥する。




「……好きにしろ。ただし、ここの個室でやれ。居残り禁止だ。場所は女神に言えば教えてくれる」



王子が軽く手を振り了承するのを確認すると、レンは呼び出しに応じるため、食堂を後にした。





レンが局長室に到着すると、そこには局長ジョッシュ、所長にレンの母であるミレイア、そして数名の特に解析に強い上層研究員たちが既に集まっていた。




場には緊張感が漂い、誰もが沈痛な面持ちで資料を手にしていた。




ジョッシュが手短に要点をまとめる。




「まずは、お前と王子が意識を失った件について。夢の内容、そして感じた異常について整理する」




レンは促され、王子と共に見た白昼夢──




断片的で無機質な映像、黒と赤に侵食される世界、そして悲劇では表現にあまりある惨状──を、できる限り詳細に語った。




その場の空気がさらに重く沈む。




「……これが、偶然だとは考えにくい」




ミレイアが低く呟く。




続いて、レンはエオスから聞いた「古代文のカケラの抽出のコツ」──




意識を絞る・頭を空にすることで情報が浮かび上がりやすい──という情報を共有する。




ジョッシュはしばらく沈黙した後、指を鳴らした。




「いいか、今からお前と私で抽出を試す。安全圏での小規模な実験だ」





異常の再現性を探り、対策を立てるためだった。




もちろん、通常の抽出とは異なる危険を伴う可能性も視野に入れている。




ジョッシュは続ける。




「そして――」




「お前たちが見たものは、表に出してはならない。もし“それ”が拡散すれば、収拾がつかなくなる」




王子やレンが見たものは、単なる情報ではなく、認識そのものを侵食しかねない「危険なイメージ」だった。





このため、局長とレン自身が抽出・解析を担当し、傾向と対策が掴めるまでは、他者によるアクセスを全面禁止とすることが決定される。





さらに、



「彼女たち──特にあのお嬢さんたちの対応は、ミレイア、お前が引き受けろ」



ジョッシュはレンの母に言った。




ミレイアは微笑を浮かべ、静かに頷く。




「あら、私でいいの? それなら、あの子たちの手綱は、私が握ります」




レンはそれを聞き、無言で了解を示した。



この流れが、これからの局地的な封鎖体制の始まりであることを、彼は痛感していた。





――――――――





皆が実験の間に自分の仕事を片付けようと席を外していく




そんな中、レンと局長はミレイアに呼び止められた。



そして彼女は、淡々と告げた。




「ねえ、彼女たちへの対応だけど私が好きなようにしていいでしょ?


研究時間を奪われるのは、私にとっても耐え難いのよ。


だから、本人たちに“野菜を育てたいんです”って、懇願させるわ」




呆れたようにレンが眉をひそめる。




「……3日か。


   一応解読に1か月の猶予を渡したんだが…」




「大丈夫よ。3日もすれば"早く野菜を育てに行きたいです"って言わせてみせるわ」



「そう。あの子たちには“食料自給の重要性”って名目で、外で頑張ってもらうわね。実験結果がわかったら直ぐに連絡を頂戴。それまでに下準備をしてくるわ」



ミレイアは悪びれる様子もなく、涼しい顔で告げ部屋を後にした。



局長をしり目にレンは小さく肩をすくめ、聞かなかったことにした。




「お前のお母上は相変わらずだな、彼女たちは3日持つと思うか?」



「…ああ。どうだろうな。3日持ったら根性があったってことでいいんじゃないか」




苦笑いと呆れを浮かべながら、2人は作業場へと移動してゆく―――



―――――――――




局長ジョッシュとレンは、事前に人払いが完了した作業場に向かった。




普段は研究員たちで賑わう場所だが、今は沈黙と冷気だけが支配している。




中央には、透明な水盤──古代文のカケラの抽出に使われる魔導機器──が据え置かれていた。



周囲には簡易結界が張られ、異常発生時の緊急遮断装置も整っている。




ジョッシュは手早く最終チェックを済ませ、レンに合図を送る。



「……準備はいいか? あの娘が言っていた“コツ”が使えるか確認してくれ」




レンは静かに呼吸を整え、意識を無に近づける。



雑念を手放し、空っぽの精神状態で水盤に触れた。



その瞬間、水面が僅かに震え──



次の瞬間、夥しい数の文字列が、まるで噴き上がる泉のように形成され始めた。




古代語、象形、断片化された数式、詩文、設計図のようなもの──




ありとあらゆる古代文のカケラが、怒涛の勢いで水盤を埋め尽くしていく。





「……っ」




ジョッシュが思わず前のめりになる。




通常の抽出なら、一度に得られるカケラの量は限られている。




これほど密度と量を伴う現象は、記録上存在しなかった。





「一時停止だ、レン! 魔力を止めるんだ!」


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