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- 5 - 抽出と心の機敏 3



局長ジョッシュが扉を押し開けると、


すでに上層部の面々は揃っていた。




白衣や軍服、形式ばらない外套姿――


それぞれ立場の異なる者たちが一堂に会している。



その中央に、威厳をまといながら座していたのは、


所長のカイルとレンの母であり、研究本館総責任者であるミレイアだった。



今回の騒動を受け、現在所長の代わりにミレイアが表向きにはトップとして君臨している。




ジョッシュは無言で会釈すると、


馬車でまとめた資料を投影機にかけた。




「……新たに抽出されたカケラだ。


 内容は、いずれもこれまでの解析記録とは異なる構造を持っていた」



周囲に緊張が走る。



ミレイアが視線を上げると、


ジョッシュは続けた。




「今日の日付が変わった頃、レンと王子、そして私が、照合にあたった。

 だが、その最中に――」



言葉を切り、ジョッシュはわずかに表情を引き締めた。



「……王子とレン、二名が同時に意識を失った」



ざわり、と空気が揺れた。




一人の上層部員がすぐさま口を開く。



「発作か? 外的要因は?」



「医療班に確認しようとしたが深夜だったのもあり王子たちの意見で魔道具での確認だけだが、肉体的な異常は認められない。



 だが、意識を失った後、二人とも似た症状を訴えた」



ジョッシュは短く息を整えると、


報告を続けた。




「――白昼夢、または幻視体験」



重い沈黙が、会議室を包み込む。



ミレイアは手元の資料に目を落としながら、低く問うた。



「内容は?」



「詳細な記録はこれから取る。



 ただ、目覚めた直後の二人の証言によれば、




『どこかの内部から覗くような、断片的で無機質な映像

 

 すべてを飲み込んでいく黒と赤に侵食される世界


 自分の身動きを奪う荊の霧


 断片的に見える景色と人々の生活


 悲劇では表現にあまりある惨状。


…そして、狂おしいほど愛しい誰かを必死に探す感情が


  脳に直接叩き込まれるように感じた』



 ――とのことだ」



耳を傾けていた者たちの間に、微かなざわめきが走る。


研究員の一人が唇を引き結んだ。



「……認知侵食かもしれない」



ジョッシュが即座に否定した。



「だが、精神侵食の兆候は見られない。

 

彼らは自我を保持したままだ」



ミレイアは手を組み、考え込むように沈黙した。


その沈黙を破ったのは、ジョッシュだった。



「現時点では、対象データに何らかの――


 認知構造に直接干渉する特性があると推測する。


 今後、これを『言語干渉型危険物質』として


 暫定管理するべきだろう」




その言葉に、周囲は静かに頷いた。



ミレイアは、ふと顔を上げると、


静かに、しかし厳然と告げた。



「――まずは、王子とレンの心理検査を徹底すること。



 同時に、抽出班に対してはカケラの抽出を全面停止。



 対象データへのアクセスも制限する



特に王子の状態は優先的に確認し、

  

   レンには確認と検証を優先的にするように指示出しを


所長いいですね?」



「ああ」



所長の返事を聞き、ジョッシュは即座に頷いた。



「承知」



――――――




重苦しい空気の中、



次の指示を待つ者たちの視線が、一斉にミレイアに集まる。



ミレイアは、凛とした声で最後に言った。



「これは、まだ始まりにすぎない可能性が高い。


 古代文に隠された”意志”が、動き始めたと考えるべきでしょう」



誰もがその言葉の重みを、


肌で感じ取っていた。




会議室には、静かな、だが抗い難い緊張感が満ちていた。





――――




食堂はまだ若手研究員が大半を占めるせいか、朝の光を浴びて賑やかなビュッフェ形式だ。



レンは入口脇の小部屋で、比較的親しいメンバーに声をかけられていた。




「ねえレンさん、あの“お嬢さん方”の噂、もう伝わった?」



「……ああ。まあ、散々だよ」



レンは額に手を当て、微かな頭痛をこらえながら答える。



「昨日の夜も大荒れだったみたいだ」




相槌を打つと、その瞬間――



食堂の中央にある“食堂の女神”の石像から、ひとひらの光がきらりと弾けた。


次の瞬間、ふわりと現れたのは、細身の精霊だった。



「またあの子たちね! 香水の嵐に食事の味が変わってしまいそうなの」



精霊は腕を組み、鼻をつまみながら文句を並べ立てる。



するとあちこちから同調の声が飛び、たちまち愚痴大会が始まった。



「もっと控えめにしてものだな」


「気分転換に書物庫に行きたくてもあのお嬢さん方の根城の傍を…」



ビュッフェのパンやスープをつまみつつ、若手たちは肩を寄せ合い悪態をつく。



しかし――遠く隅のほう、王子とエオスだけは静かに向かい合い、朝食を口に運んでいた。



王子は柔らかい笑みを浮かべながらも、その瞳には確かな知性が宿る。



エオスも緊張した面持ちを隠しつつ、パンを小さく千切っては口に運ぶ。


二人は言葉少なに、だが互いの存在に安心を覚えながら、


騒がしい愚痴の渦から一歩離れた朝のひとときを過ごしていた。




食堂の喧騒の中、レンは数か月前まで日常だった環境に一息つき、王子とエオスが座るテーブルへ視線を向ける。



椅子に腰を下ろすと、隣にいた若手研究員の一人が、苦笑いを浮かべながら小声で耳打ちしてくる。




「……あの二人、本館じゃ、ちょっとした噂ですよ」



レンは眉をひそめた。



「……どういう意味だ」



若手は肩をすくめ、やや困ったように続けた。


「王子閣下は、言わずと知れた超然の存在ですし……」


「それに加えて、エオスさん。あれだけ素直で純粋な子が、超高度な古代語を解読してるんですから」



「そりゃあまあ、手を出すやつはいませんけど……ほとんど『別格』って感じですね」



レンは思わず小さく鼻で笑った。

 


……まあ、当然だろうな


誰よりも突出した才能と、誰よりも慎重な保護の目。



あの二人に無闇に近づく度胸がある者など、今の本館にはいない。



レンは立ち上がり、軽く手を振って朝食を締めくくった。



研究員たちは徐々に食事を終え、それぞれの作業や打ち合わせへと散っていく。



人が減った食堂に、ぽつりと取り残されるレン、王子、エオスの三人。



席を立ったレンは、カウンターで注文した温かいお茶を手に戻ってくる。



3人は静かにカップを傾け、束の間の休息を取った。



そして、明日の外出の話を進める。



――――



会議の終了と、局長たちがまとめた新たな調整結果が届くのを待ちながら――



それぞれ、内心にわずかな緊張と、これからの展開への覚悟を抱えていた。


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