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- 5 - 抽出と心の機敏 1


レンは、王子を止める局長を横目で見たまま、静かに腕を組んだ。



「……無理はしないほうがいいんじゃないのか?」



それに対し、王子はにこやかに頷く。だが、その声には譲る気配はまるでなかった。



「色が変わった方の水盤のデータ、私が取り出しました。私自身、レンと同じ状況にいます」




王子の声は穏やかだったが、底には確かな緊張が潜んでいた。




「この状態で“休め”と言われても、恐らく眠れないでしょう。それに、公務は今日は文書仕事ばかり。急ぎの案件ではありません。調整は可能です」




それは、反論を許さない論理だった。



局長は片眉を上げ、呆れたように言った。




「ったく、お前ら二人、倒れたらシャレになんねぇんだぞ」




局長は頭を掻きながら、王子に確認をする。



「サイラスに連絡して本館まで来させるんだ。ついでに、俺が一緒に行って上に報告しする時に、事後承諾ってことで2人分の本館への入所許可も取っとく」



王子は、無言で頷いた。



局長の言葉はふざけているようでいて、決して無責任ではない。



今は「動かすべき局面」だと判断したのだ。



レンは片手を軽く上げ、了承の意を示した。



「了解。保護者つきか。手厚いな」




皮肉っぽい一言に、王子はわずかに苦笑を浮かべただけだった。







馬車は、本館の作業場へ向かって緩やかに揺れていた。




薄いクッションが敷かれた座席に身を預けながら、レンはぼんやりと視線を窓の外に向けていた。




頭の片隅で、何かが引っかかる。



――水盤の古代文。



王子が取り出したと断言していたが、正確には誰が操作したのか。



ふと、レンは隣の仕事の調整の指示出しの処理をしている王子に視線を向けた。




「……実際に水盤に触ったのは、お前か?」




問いかけに、王子は少しだけ微笑んだ。



その柔らかな仕草とは裏腹に、答えは端的だった。




「違います。正確には、私とアシスタントで今回来たエオスです。」




レンは、ゆっくりと思い出すように言葉を継ぐ。



「エオス。……ああ。あのお嬢さんらと違う研究バカの子か。いきなりあれに触らせたのか?」




レンは眉をひそめる。




エオス──


今回の騒動で入ってきたに配された補佐役の中で我が国の宰相の家の養女だったか。




宰相の紹介で来ておどおどしていたと思ったら古代文の話になった途端、熱く語り出した典型的な古代文オタクだ。




唯一、女性であのお嬢さん方の戦いに入らず、いや猫の手でも借りたい忙しさで後ろ盾も信用出来るからとこちらに回したと聞いてはいたが…




「……あの子か。だか機密が高いはずで彼女を入れるのは早いのではないか?」




レンの声は冷たかった。だが、その奥に微かな警戒心も滲んでいる。



王子はそれに気づいていたのか、あえて柔らかく補足した。



「彼女は、純粋に知を求めている。今回も、私の指示を正確に実行しただけです」



「信用してるってわけか」



レンの言葉は刺すようだったが、王子は動じなかった。



「少なくとも、余計な企みをするような器ではないし、それに安心して欲しい。

君の母上にも相談して申請契約を厳しくしましたし。情報漏洩には繋がりません」




その言葉は、エオスへの評価というより、自らの人選への自信だった。


車内に、微かな沈黙が流れる。



局長は黙って座り、空気を読んで口を挟まない。




レンは窓の外に視線を戻しながら、ぼそりと呟いた。



「……まあ、いい。母上が、許可しているのなら何かしら見込みがあったんだろ。

だが、次からはそういう大きい変更は先にこっちにも連絡を回してくれ」



その言葉に、王子はやんわりと笑みで受け流す。


馬車の中で、エオスについての話が一段落ついた頃、局長が声をかけた。



「……着いたな」




レンと王子は同時に顔を上げ、車窓の外に視線を向ける。



小高い丘を越えた先に、本館の研究所が見えた。


城と言っても過言ではないの建物群。


城との違いは窓の少なさだろうか?



研究所に向けて走る馬車の多さに


新しい一日が、すでに動き始めていることを静かに告げていた。


馬車の車輪が石畳を叩く音が、わずかに響いた。




この時間帯なら、朝の報告作業や機材点検を終え、すでに各班が作業に取りかかり始めている頃だ。



局長であるジョッシュは、馬車の扉を自分で開けながら振り返った。



「呼び出しても問題ない時間だ。……多少、寝不足気味のやつもいるだろうがな」



レンは無言で頷き、地面に降り立った。


足元に伝わる冷たい朝の空気が、重く沈んだ頭をかすかに冴えさせる。



王子も後に続き、最後にジョッシュがゆったりと馬車を降りる。



本館に近づくと、遠巻きに若い研究員たちの姿が見えた。




誰もがまだ半ば眠たげな顔をしていたが、手だけはせわしなく動いている。


レンは肩をすくめるような仕草をしながら、軽口を叩いた。



「……さて、古代文の亡者たちと語り合うとするか」



その声に、王子は柔らかい笑みをたたえたまま、だが眼差しだけは冷静に周囲を見渡していた。



空気は静かだが、どこか張り詰めたものがある。


彼らがこれから直面するものを、誰もが本能的に感じ取っていた。



レンは小さく息を吐き、無言で建物の扉を押し開けた。


そして、本館の研究室へと、三人は足を踏み入れる。



――――――――



建物の中に入ると、かすかに薬草と消毒の匂いが鼻を刺した。



高い位置にある窓から朝日が差し込み、まだぼんやりと眠たげな研究所の内部を、必要最低限だけ照らしている。




レンたちが足を踏み入れて間もなく、足音を聞きつけた小柄な影が、勢いよく廊下の奥から駆けてきた。



「あっ、おはようございます……!」




声を弾ませながら駆け寄ってきたのは、エオスだった。




まだ朝も早いというのに、白衣の袖を無造作にまくり、頬をわずかに上気させている。



「朝早くから……やけに元気だな」




王子は笑顔で、局長は片眉を上げ、疲労を押し隠すように応じた。



エオスは気にする様子もなく、瞳を輝かせながら手に持った小さい水盤を差し出す。




「すごいんです! あの後さらに続けたら、新しいカケラを抽出できました!」





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