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第8話「お見合いの誤算」

 執務室に差し込む午後の光が、木製の机に淡い影を落としていた。日中は灼熱のアウルの陽光が降り注ぐブラックベリーも夕方になるとカルア海からの涼しい風のおかげで過ごしやすくなる。


 俺は入植者の受け入れが一段落し、ようやく一息ついたところだ。




「ハヤト様、任務は完璧にこなしてきたっすよ」




 モルトがドサリと革袋を机に置く。裏ギルドでの人集めに加え、王都から祖父の文献を持ち帰る任務を頼んでいたのだ。




「さすがトーゴ家の筆頭執事だな、これでブラックベリーの復興も――ん?」




 何かおかしい。


 いつもならモルトは尻尾を振って自慢話を始めるのに、今日はそっけないのだ。


 次の瞬間、その違和感は確信に変わった。




「おい、モルト! 『女心のつかみ方』って何だよ、これ!?」




 手に取った本のタイトルに目が点になる。隣には『新婚生活マニュアル』、『出産と育児の基礎知識』、果ては『マタニティードレス特集』まである。




「結婚や育児の本まであるぞ! 『マタニティードレス特集』って誰が着るんだよ!」


「将来必要っすよ!」


「領地経営と何の関係があるんだ!」


「ハヤト様はトーゴ家の当主っす。結婚は必須っす!」




 モルトが胸を張り、懐から紙の束を取り出した。妙齢の女性たちの肖像が並んでいる。




「裏ギルドの人脈で集めてきたっす。命がけで頑張ったっすよ!」


「お前、どこまで勝手なことしてんだ……」




 絶句する俺をよそに、モルトが得意げに尻尾を揺らす。




「ハヤト様、いい加減身を固めてもらわないと困るっす。結婚すれば奥さんの実家の力で王都に帰れるかもしれないっすよ!」


「俺は王国になんて居たくないって言ってるだろ!」


「じゃあずっとアウルにいる気っすか?」


「そのつもりだ」


「はあ~っ」




 モルトが呆れたように尻尾を垂らした。




「まさか、セリス様のこと本気なんすか……?」


「え? い、いや……」


「血が繋がってないとはいえ、妹君と一緒になるのは外聞が悪すぎるっす!」


「それより内緒でこんなこと進めてるのを、セリスに知られたら――」


「お兄様、お呼びですか?」


「「げっ‼」」


「二人とも、どうしたのですか?」


「……」




 その後、俺とモルトは執務室の床で正座させられることになってしまった。目の前には腕を組んで仁王立ちするセリス。怒りで頬を紅潮させ、目には涙が浮かんでいる。




「お兄様! これは一体どういうことです!」


「そんなの知るか! 俺だってさっき知ったんだぞ!」




 何で俺が叱られてるんだろうか。無実だと思うのだが、とにかくセリスの剣幕が怖い。




「わかりました。モルト、全てお話しなさい!」


「わ、わかったっす……そおっすねえ~」




 モルトが立ち上がり、人差し指をこめかみにトントン当てながらわざとらしく深刻な顔をつくった。そんな演技はいいからさっさと話して欲しいものである。




「自分はハヤト様の花嫁候補を探すため、王都を駆けずり回ったっす。王宮で罵られ、裏ギルドで交渉して、貴族令嬢を集めてきたっす。ご成婚で王都に戻れるかもって、トーゴ家の未来を考えてのことっす!」


「俺は頼んだ覚えがないぞ!」


「お兄様! どうなさるおつもりですか!」


「俺にどうしろって言うんだよ」


「ハヤト様がどうしてもアウルで暮らしたいなら、こちらに嫁入りを希望している人もたくさんいるっす!」


「お兄様!」


「いや、俺にどうしろと……」




「ハヤト様、船が到着しました!」




 正座で足が痺れ限界に近づいてきた頃、外からメイドの声が響いた。





 竜斬丸から降りてきたのは、褐色の山エルフ。キールに似た雰囲気だ。一瞬モルトが見つけてきた結婚相手かと思ってヒヤリとしたが、どうやら杞憂だったようだ。




「ハヤト様、初めまして。キールの妹、ネグローニと申します。注文の檻を届けに参りました」


「おお、これで罠を仕掛けに行けるぞ。ネグローニありがとう」


「大森林っすか? 怖いとこは嫌っす~」


「私はお兄様をお守りします」


「大商いの匂いがします。私も同行させてください」


「姉キールより、竜斬丸の船長を務めるように申し付かりました。何なりとお申し付けを」




 ネグローニがぺこりと頭を下げる。山エルフの正装で、谷間がこぼれそうだ。




「お兄様っ!」


「痛っ!」


「ハヤト様、男のチラ見は女のガン見っすよ」




 モルトの奴、今言わなくていいだろうが~。




「それと、姉からの伝言です。インスぺリアルを渡ってハヤト様の元に嫁ぎたいなどという不届きな連中は全て追い返しているのでご安心をとのことです」


「あ、ありがとう……」


「自分の苦労が水の泡っす~」




「ネグローニ、早速大森林に向かいたい。大丈夫か?」


「もちろんです」


「ほら、モルトも行くぞ。お前には竜従の剣があるだろう」


「それでも怖いものは怖いっす~」




 本当にこいつは、余計なことしてくれやがって。


 俺たちは嫌がるモルトなどお構いなしに竜斬丸に乗り込むと、そのまま大森林へ向かった。

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