第5話「竜従の剣」
ドランブイが臣下に加わってから数日。俺たちはブラックベリーへ向かう準備を整えた。
キールが用意した和船「竜斬丸りゅうざんまる」は、黒漆の船体に赤と金の竜が踊り、丸太と布で組まれた帆が風にたなびく。
「ハヤト殿のために用意した竜斬丸じゃ。無事を祈っておるぞ」
キールが笑顔で見送る中、俺たちは船に乗り込んだ。カルア海は鏡のように空と雲を映し、龍斬丸は滑るように進む。
「お兄様、カルア海ってこんなに綺麗だったんですね」
「壮観っすね~! 自分金づちっすけど、泳ぎたいくらいっす~♪」
セリスが目を輝かせ、モルトが尻尾を振る。
ブラックベリーの港に着くと、桟橋から高い城壁に囲まれた街が見えた。風が吹き抜ける音以外、何も聞こえない。
「寂しい所っすね~」
「ここはもともと無人の砂漠でしたが、泉を中心に街がつくられたと聞きます。人が離れて本来の姿に戻ったとも言えましょうか」
「それにしてはやけに高くて丈夫な城壁だな」
見上げんばかりのいかつい城門。まるで、軍隊かドラゴンの侵入でも防ぐかのようだ。
「それは……」
「気を付けろ!」
俺はドランブイの言葉を制して佩刀に手をやる。城門前では砂埃が舞い何かが蠢く感覚がする。
瞬間、モルトの足元が盛り上がると、砂の中から巨大な青サソリが次々と現れた。砂塵を巻き上げて襲いかかってくる。固い甲羅が鈍く陽光を反射し、鋭い爪が俺たちを狙う。
「ひいい~っ」
「チェストー!」
次元流『三の型』。一瞬の間に複数の敵を視界に捉え、連撃を叩き込む。甲殻を砕き、青い巨体が地面に叩きつけられた。
「お兄様、後ろをはお任せを」
セリスはそう言うと背後から飛んできた赤サソリをレイピアで薙ぎ払った。
「お二人ともお見事でございます」
「ざっとこんなもんっす~♪」
感嘆の声を上げるドランブイに、なぜが得意そうにもふもふ尻尾を揺らすモルト。さっき悲鳴を上げて俺の後ろに隠れたくせになんて奴だ。
「青サソリは砂地に潜んでいますが、力が強く並の城壁では持ちません。おまけに赤サソリは風に乗ってかなりの高さまで飛んできます。ブラックベリーの城壁が丈夫で高いのは、このためなのです」
王家の紋章が刻まれた城門をくぐると、石畳の大通りが中央広場へ延びていた。両側には石造りの建物が並ぶ。真っ直ぐ進むと、旧辺境伯邸が見えてきた。
固く閉じられた門を開けると、太い鎖で封じられた玄関があった。
「鍵がかかってるっすね」
「任せて欲しいっす。屋敷の管理は執事の仕事っすからね~♪」
モルトが首から大ぶりの鍵を取り出し、得意げに差し込むが、錆のせいか回らない。
「あれ、おかしいっすね~。この鍵で間違いないはずなんすけど」
「先の辺境伯がここを立ち去ってから百年以上経ってるらしいからな」
「お兄様、ここは私が」
戸惑うモルトを見たセリスが、レイピアを鎖の隙間に滑らせた。
“バキッ!”と乾いた音と共に鎖が吹き飛び、石畳に散った。あまりの力に俺は苦笑するしかない。
「開けるぞ」
重い扉が軋み、ゆっくりと開いた。
「こ、これは……」
「お兄様」
中の光景に、俺たちは息を呑んだ。ホールの奥には祭壇が鎮座し、その上に古びた短刀が浮かんでいる。周囲を古の魔道具が淡く輝いて囲んでいる。
館内は埃一つなく、まるで時が止まったかのようだ。祭壇の刀からは微かな振動が響き、何かを封じている気配がした。
「ドランブイ、この祭壇について何か知ってるか?」
「恐縮ながら、詳しくは存じません。考えられるのは、古の辺境伯が魔道具で何かを封じていたのでしょう。それから……」
ドランブイの指さす先には、彼女の身体に刻み付けられたのと同じ、帝国の刻印があった。
「なぜ帝国の刻印が?」
「わかりかねます。ただ、この祭壇が帝国で造られたものであることだけは確かです。それとどうやら時が閉じ込められているようです」
ドランブイはそう言うと、花瓶の花を手に取った。それはまるで活けたばかりのように瑞々しく、微かな甘い香りが漂っている。
「ただ……セリス様が鎖を破ったことで、魔法が解けた可能性がございます。本来なら錠前を正しく解錠すれば、何度でも時間を保てる高度な技術かと」
「ご、ごめんなさい、お兄様。私ったら……」
「気にするな。屋敷の管理は執事の仕事だそうだからな」
「何なんすかその言い方は! 自分だって皆の見てない所で頑張ってるんすよ!」
俺たちがクスッと笑い合う中、モルトは尻尾を逆立て、ぷりぷりしながら奥へ行ってしまった。
館の中は時が止まったように傷みがなく、豪華な調度品には埃一つない。まるで昨日まで人が暮らしていたかのようだ。
「ひゃっ!」
セリスは祭壇に浮かぶ剣に手を伸ばしたものの、ビクッとしたようにひっこめた。
「何かわかりませんが、私の手が弾かれたような気がします」
「おそらく結界が張られているのでしょう」
「無理に触らない方がいいかもな」
俺たちは、祭壇を後回しにし、絵画や彫刻に見入った。
「見事な品々です。オークションに出せば高値が付きそうです。是非ウチの商会で扱わせてください」
「もちろんだ。よろしく頼むよ」
俺たちがリビングで品定めを続けていると、奥から異音が響いた。
「ぎゃーっ!」
モルトの悲鳴が屋敷に響き渡る。廊下の突き当りの部屋からだ。
「モルト、大丈夫か!」
「も、もうダメっす~!」
駆け込むと、窓のない石の部屋に暗闇が広がり、奥で何かが蠢いている。低い唸り声が響く。
涙目で尻尾を縮こませるモルトの前でドラゴンが口を開けていた。大型のラプトル……いや羽を大きく広げて威嚇しているが、ワイバーンでもない。見たこともない種だ。
「エイシェントドラゴンです!」
「とっくに絶滅したはずじゃなかったのか?!」
存在するはずのないドラゴンが赤い舌をチロチロ出し、鋭い牙を剥き出しにしている。床には魔法陣のようなものが描かれてある。
「皆、下がれ!」
「ひいいいっ!」
モルトが俺の元に転がりながら逃げてきた。その尻尾を追うようにドラゴンが咆哮を上げ、爪を振り上げて襲いかかる。
「チェストー!」
俺は佩刀を抜き放つと上段から『一の型』振り下ろす。
瞬間、ドラゴンの動きが止まったように感じ、刀が爪を弾き返した。だが、ドラゴンが体をひねり、尾を振り回してくる。俺はすかさず『二の型』で横に薙ぐ。ドラゴンがよろめき俺は距離を取った。
「ギリャーッ!」
ドラゴンの唸り声に、俺は再び上段に構えたのだが、ドラゴンは突然動きを止め、祭壇の方を振り返るとそのままうずくまった。
「どうしたんだ?」
「お兄様、モルトが!」
見ると玄関ホールまで逃げたモルトが頭を抱えてうずくまっている。ところが尻尾にはなぜか祭壇にあった古い短刀が巻き付いていた。
「な、何すか~。刀が勝手に吸い付いてきたっす~」
「ハヤト様、これは竜従の剣かと」
ドランブイによると、この古びた短刀は、古より竜を従わせるという竜従の剣。ただし持ち主を選ぶという。
「良かったなモルト。これでドラゴンも怖くないぞ。この宝剣は大切にしておけよ」
「宝剣って言ったって、ただの小汚い短刀にしか見えないっす。そもそも自分はドラゴンになんて関わりたくないっす~」
「お前よくそんな罰当たりなことが言えるな」
「私なんて、剣から弾かれたんですよ」
「モルト様は、天賦の器がおありなのでしょう」
「え……やっぱり、そ、そうっすか。いや~それほどでも~♪」
モルトは俺たちの言葉に気を良くしたのか、得意気にもふもふ尻尾を揺らしたのだった。