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第2話「木刀の嵐」

 馬車は街道を南下し、アウル砂漠沿いに東へ進んだ後、山岳地帯へ向かった。


 うっそうと茂る森を抜ければ、エルフが支配するインスぺリアル領に入る。そこから船で王国の最果て、アウル領へ向かう予定だ。だが、馬車が山道の急な坂を登り切った時、俺は異変を感じた。鳥の声が消えている。




「ハヤト様、もう歩けないっす~」




 モルトが尻尾をだらりと垂らし愚痴をこぼすが、俺はセリスと視線を合わせた。




「気付いたか」


「はい、お兄様」


「何すか、何すか? 自分を無視しないで欲しいっす~」




 インスぺリアル領へ向かう山中で、俺たちは何者かに囲まれていた。気配は十数人。木々の陰から殺意が滲み出し、葉擦れの音が不穏に響く。




「止まりやがれ!」




 正面の茂みから山賊の頭目らしい大男が現れ、大鉈を振りかざす。同時に前後左右から賊が飛び出してきた。刃が陽光を鈍く反射し、汚れた革鎧が汗臭さを漂わせる。




「お兄様は私が守ります!」




 セリスがレイピアを構え、俺の前に立つ。銀髪が風に揺れ、碧眼に決意が宿る。




「いや、セリスを守るのは俺だ」


「お、お兄様ったら……!」


「セリス様、デレてる場合じゃないっす! お二人ともお強いんっすから自分を守って欲しいっす~!」


「やかましい! 命は助けてやる。女と金を置いていけ!」




 頭目が吠え、手下たちが下卑た笑いをあげる。




「けけけ、上玉じゃねえか。売る前に楽しもうぜ」


「傷つけんなよ、売値が下がる」


「貧相なガキだが、顔だけはいいじゃねえか」




 賊の言葉にセリスが俺の後ろで震えている。怯えではなく怒りであることは言うまでもない。


 ただこの程度の敵に剣を抜くまでもない。俺は稽古用の木刀を手に、次元流の構えを取った。祖父から叩き込まれた次元流。こいつらは対人戦の稽古にもってこい だ。


 頭目が大鉈を振り下ろす瞬間、俺は右の岩陰に身を滑らせ、敵の死角へ。




「チェストー!」




 木刀を上段から『一の型』で撃ち下ろす。瞬間、頭目の動きが一瞬止まったように感じられた。木刀が脇腹に炸裂し、骨が砕ける音とともに男が吹き飛び、地面を転がった。短刀が腰から落ち、土に突き刺さる。


 左右から迫る賊に目を移し、『二の型』で木刀を横に薙ぐ。二人の賊が同時に視界に収まり、胴を叩き伏せた。背後ではセリスのレイピアが閃き、別の賊を貫く。




「お兄様の前で侮辱するなんて許しません!」


「モルト、平気か!」


「大丈夫っす!」




 モルトが尻尾で一人の足を引っかけて転ばせていた。賊の動きが鈍った隙に、俺は岩場を駆け上がり、高みから残りを睨む。木刀を上段に構え、『三の型』を放つ。




「チェストー!」




 一気に飛び降り、連撃を繰り出す。一瞬の間に複数の敵を捉え、木刀が唸りを上る。血と汗が地面に散り、数分後、賊は全員縛り上げられていた。




「こいつが『貧相』とか『ガキ』とか『顔だけ』とか言った奴です!  お兄様の前での侮辱、万死に値します!」


「うがが……ぎゃっ」




 セリスが一人の賊の顎に手をやる。さして力を加えた様子もないが、顎が砕けたようだ。


 セリスはそのまま表情を消してレイピアをすらりと抜いた。




「セリス、剣を向ける相手が違うぞ」


「え……?」




 俺の言葉に応じるように茂みがざわめき、銀のシミターと弓で武装したエルフの一団が現れた。褐色の肌と長い耳、着物姿が目を引く。山エルフだ。




「ハヤト様ご一行とお見受けします。女王キール様の命でお迎えに参りました。ピニャと申します。お見事な戦いぶりに感服しました。この先は我々が案内します」




 ピニャが片膝をついて頭を下げた。彼女の背後で、エルフたちが静かに弓を下ろしてピニャに倣う。




「ハヤト様、キール様ってどんな人なんすか?」


「祖父の代から盟約を結ぶインスぺリアルの女王だ。異世界の知識を分かち合った盟友でもある。会えば分かる」


「お兄様、お気を付けを」


「キール様を警戒する必要はないだろ?」


「そういう意味じゃありません! お兄様が他の女の人と親しげに話すのが……」




 セリスが俺を一瞥し、ぷいっと横を向いた。頬がわずかに赤い。何故か機嫌を損ねたらしい。




 ◆




 ピニャに導かれ山道を進むと、小高い丘に着いた。空にはワイバーンの影が舞い、眼下を流れる大河沿いにキールの城館が見える。石と木でできた壮麗な建物は、異世界の意匠を思わせる曲線が特徴的だ。港には帆を広げた大小の船が行き交い、活気が漂っている。




「壮観っすね~! ラプトル肉より美味いものにありつけそうっす!」


「お兄様。くれぐれもお気を付けください」




 もふもふ尻尾をのんびり揺らすモルトの横で、セリスが俺の袖をぎゅっと掴む。俺は義妹の碧眼が不安そうに揺れる真意をはかりかねていた。

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