第10話「モルトと添い寝」
モルトの悲鳴が大森林に響き、俺たちは一斉に駆け出した。どうか間に合ってくれ!
「モルト、大丈夫か!」
「ハヤト様~!」
涙目のモルトの前には、巨大なドラゴンが長い首を揺らしていた。
「ひいいっ~。竜従の剣が全く効かないっす!」
「大丈夫だ、モルト。ライリュウはこっちから攻撃しない限り何もしないよ」
祖父の文献によれば、ライリュウはドラゴンの中でも最も大人しい種だ。ドランブイも落ち着いており、セリスは最初こそレイピアを構えたが、敵意がないと見て鞘に納めた。
首に斑点があるこのライリュウは、まだ子供だ。成体になると斑点が消え、倍近くに成長するらしい。大きな瞳には敵意や警戒はなく、純粋な好奇心が輝いている。
「きゅるる~い」
巨体に似合わぬ高い鳴き声と鼻息の風圧が甲板を揺らす。ライリュウが俺たちに顔を近づけてきた。
「怖すぎるっす~!」
最初は俺に近づいてきたが、尻餅をついたモルトに興味を移し、顔を寄せる。
「ひいいいっ~!」
「よかったな、モルト。気に入られたみたいだぞ」
「よくないっす~! 生暖かい鼻息がお尻にかかって怖すぎるっす~!」
モルトが頭を抱えてうずくまる中、ライリュウはモルトの尻尾に顔をこすりつけている。
「ひいいいっ~!」
ライリュウも「もふる」のか?! 新たな生態を発見した気分だ。
「大丈夫だ。仲良くしたいだけみたいだぞ」
「本当っすか~?」
モルトが立ち上がり、おそるおそるライリュウの頭を撫でた。
「モルト、懐いてるんだから名前でも付けたらどうだ?」
「お兄様、モルトが『ひいひい』言ってたから『ヒィ』がいいかと」
「さすがセリス様です!」
「適当なこと言わないで欲しいっす。自分 死ぬかと思ったんすよ~!」
「良かったな、ヒィ」
「きゅるる~ん」
「ひいいぃ~!」
ヒィがモルトの尻尾に顔をこすりつけ、嬉しそうに鳴く。すると、俺の視界に巨大な影が入った。
「おい、あれ……」
ヒィの倍はある成体ライリュウだ。首に斑点がない。
「きゅるる~ん」
「きゅるる~い」
ヒィが成体に近づき、首を絡ませて鳴き合う。二匹は連れ添って大森林の奥へ消えていった。
「ラプトルの罠は明日見にこよう。今晩は船に泊まるぞ」
「ラプトルは夜の方が活発です。船に気付き、夜陰に紛れて近づくはず。明日は大漁かと」
「それって俺たちが餌ってことじゃないっすか~!」
ドランブイの言葉にモルトが震えながら俺の裾を掴んだ。
「ハヤト様~!」
「船の中にいれば大丈夫だ」
「ドラゴンに襲われるくらいなら、ハヤト様の方がマシっす!」
「そんな男性同士で。お兄様……」
「ハヤト様……」
「こら、モルト! 紛らわしいこと言うな!」
セリスとドランブイが赤い顔をしている。頼むから変な想像するのはよしてくれ。
「いい加減にしろ、モルト」
「怖いものはしょうがないっす!」
結局、モルトは俺のベッドにもぐりこみ、朝まで一緒に寝ることになった。何で人生初の添い寝を男としなきゃならんのだ。
「ハヤト様……」
「何だ? ……おい、聞いてるか?」
「ZZZ……」
どうやら寝言のようだ。モルトに毛布をかけなおしてやり、俺も眠ることにしたのだが。
「ひいいっ~! ハヤト様、何かいるっす!」
「何だ?」
「外からヤバい気配っす!」
モルトが飛び起き、狐耳をピクピク動かした。
「罠に近づいてるっす! 絶対ラプトルっす!」
甲板に出てみるとモルトが言う通りラプトルの気配がする。無事に罠にかかってくれたようだ。
「モルトの言う通り、ラプトルがかかっていたぞ」
「ZZZ……」
「おい……」
部屋の戻るとモルトはすでに寝入っていた。にもかかわらず俺がベッドに入ると俺の上着の裾を掴んでくる。やれやれ。俺はモルトにまた毛布を掛けてやった。
ところが……。
「ひいいっ~! ハヤト様!」
「またか!」
結局この日、俺はラプトルが近づいてくる度、モルトに起こされる羽目になってしまったのだった。