第2話 勇者マクシミリアン
「はーい、みんな注目ぅー」
冒険者ギルドマスターのツィリルが、受付カウンターの上に飛び乗り、冒険者達に向かってチャラく呼びかけた。
「ほら、そこの倉庫の扉、今は開いてるでしょ。あそこに、王国兵の鎧を借りて置いてあるからー。大きさの合いそうなやつ選んじゃってー。それで、どんどん着てっちゃってー。ああ!危ないから、そんなに一度に押し寄せないで!もう!じゃあランク順に並んでー。一番上のランクの人から、鎧、選んでってー。あ。僕も一番上のランクだったね。じゃあ、僕も選ぶよー。どいてー。道あけてー。横入りしたら、ランク降格ねー。あと、ぶっ飛ばすからねー」
ほとんど全員ぶっ飛ばされながら、ランク順の列が作られていった。
下っ端冒険者の俺は、ぶっ飛ばされたりしない。真っ直ぐ、列の一番後ろに行って、大人しく並んだからだ。
山賊みたいな顔の冒険者達が、次々に王国兵の鎧を着ると、少し照れくさそうに立っている。
俺は少しずつ進む列に並んだまま、それをぼんやりと眺めていた。
「ほれ。ポポス。おまえで最後だ。これな。受け取れ」
やっと俺の順番になり、厳つい体つきのギルド職員に、鎧をポイっと渡された。
「うっ」
重い。それにデカい。
ガチャン、ガチャンと、ほとんど落としながら、俺は鎧を受け取った。
鎧の横幅が、俺の倍以上ありそうだった。
「・・・これ、俺にはデカすぎませんか?」
俺はギルド職員に、恐る恐る聞いてみた。
「諦めろ。もうそれしか残ってねえ」
ギルド職員の下っ端冒険者に対する返事は、いつもひどい。
「あのー、この鎧の、ここの所。棍棒の跡みたいな凹みは何ですか?」
「そりゃ棍棒でやられた跡だな」
「・・・じゃあ、ここに着いてる血みたいなのは?あ、『血じゃない』って答えでお願いします」
「血だな。いいから着ろ」
「鎧の着方が分からないのですが」
「気合いでなんとかしろ。もう出発の時間だ。置いていくぞ」
ギルド職員の下っ端冒険者に対する扱いは、いつもひどい。
置いていかれたくはないので、不吉な鎧を何とか着ようともがいていると、忙しげに通りかかったツィリルが、「もー!不器用すぎー!」と、見かねて手伝ってくれた。
ツィリルは、チャラいけれど面倒見が良い。そして、とんでもなくお喋り好きだった。
「ねえねえ、何ぃ、この鎧ぃー。呪われそうで、ちょっと怖いんだけどー。君さー。なんでもっといい鎧を選ばなかったのー?もしかして、呪われるのとかが好きなのー?趣味なのー?」
「これしか残ってなかったんです」
「えー、もっと早くもらいに行けば良かったのにー」
「一番下のランクなんです」
「えー?何年目ぇー?」
「冒険者歴ですか?三年目です」
「三年目でまだ一番下のランクにいるのー!?それ、逆にすごくない!?スライム十匹討伐したら、上のランクに上がれるでしょー?。スライムなんて、子供でも倒せるよねー!何で倒さないのー?」
「薬草採取の依頼しかやってないんです」
「王都出て、その辺の森で薬草採取してたら、スライム出てくるよねー。出てきたら倒すよねー。倒したらランク上がるよねー」
「王都の外壁から外に出た事ないんです」
「えーー!?嘘ぉーー!信じられなーい!じゃあ、薬草、どこで採取してるの?その辺の道端?」
「道端です」
「えーー!生えてるのー?」
ツィリルは煩かったが、親切だった。
不恰好な鎧を俺に着せてくれると「もー、今度、道端の薬草の話、詳しく聞かせてもらうからねー。君、名前はー?」と、チャラく聞いてきた。
「ポポスです」
「ポポスね。僕はツィリル。ヨロシクー!じゃあ、みんなー!鎧、着たねー!出発するよー!王国兵っぽく、お行儀良く行っちゃってー!」
そんな感じで、邪竜アドラ討伐へ向かう王国兵との合流場所へと向かったのだ。
⭐︎
王国兵士は、チョッピリしかいなかった。
「こんなに少ないのか?」
王国兵士の鎧を着て、集合場所の王宮前広場にガチャガチャと集まった冒険者達は、唖然とした。
下っ端冒険者の俺だって、重い鎧のせいでふらつきながら、唖然とした。
広場に並んでいた兵士は、本当にちょっぴりだった。
冒険者の一人がツィリルにガチャガチャと鎧をぶつけながら詰め寄った。
「おい!どれだけ兵士に逃げられてんだよ。勇者様は全然信用されてないじゃないか!本当に勇者一人でアドラを倒せるだろうな!」
「うん」
ツィリルは邪気はないけどチャラい笑顔を浮かべ、あっさりと頷いた。
「・・・うん、っておまえ・・・」
返事の軽さに戸惑う冒険者達に、ツィリルはチャラく言ったのだ。
「兵士の皆さんはさー、勇者マクシミリアンの強さを知らないんだよねー。騎士団が勇者様を囲い込んでてさー、勇者様の訓練も騎士団の敷地でやってんだよねー。でも兵士の皆さんは、邪竜アドラの見張りには行かされてるからさー、邪竜アドラの強さは知ってんだよねー。そりゃ、当然、逃げるよねー。兵士の皆さんにも、勇者様の強さを見せとけば、誰も逃げなかったのにねー。王宮の偉い人ってさー、基本、馬鹿なんだよねー」
「そ、そうか。じゃあ、信じていいんだな!ツィリル」
「うん。信じちゃってー」
「・・・信じちゃってー、っておまえ・・・」
こんな時にも変わらずチャラいツィリルを、信じるべきか、信じないべきか。どうするべきか。いや、マジで。
冒険者達の悩みなど気にせずに、ツィリルはチャラく言ったのだ。
「はーい。みんなー。兵士の皆さんの後ろに並んじゃってー。あー。ランク順に並ぼっかー。はみ出しちゃダメだよー。綺麗に並ぼっかー。すぐに騎士団と勇者様が来るよー。急いじゃってー。ちゃんと並ばないと、ぶっ飛ばすよー」
ほとんど全員ぶっ飛ばされながら、冒険者達は列を作っていった。
俺はもちろんぶっ飛ばされず、列の一番最後に大人しく並んだ。
さあ、もうすぐ出発だ。
俺は重い鎧にふらつきながら、前を見た。
その時、ふと、思ったのだ。
何で俺、こんなことしてるんだろう。
我に返ったのだ。
王都の外に行くのも初めてだった。
ずっと王都の道端で薬草採取をして細々と生きていくつもりだったのに。報酬に目が眩んだとはいえ、あの場に呼び出された冒険者達が全員一緒に行くとはいえ、何故、邪竜アドラの所まで行こうなんて思ったんだろう。
「あ。無理だ」
天啓のように、そう思った。
良く考えてみたら、国を三つ滅ぼした邪竜アドラを、勇者とはいえ、一人の人間が倒すなんて、どう考えてもそんなの無理だ!
何でそんな事が出来ると思ったんだろう、あの時の俺。
絶対に口の上手いツィリルに騙されたんだ。
今になって、じわじわとこの状況が信じられなくなって、怖くなってきた。
逃げ出そう!と辺りを見回した時、王城の門が開く音がした。
「騎士団が来るよー!ああ、一番前は勇者様だ。みんな、動かないでねー!お行儀良くねー。列を乱したらぶっ飛ばすよー」
ツィリルが、そんな事を叫びながら俺の後ろを通っていった。
逃げ出せない。
ジリジリとした思いで前を見ていると、後ろから、騎士達の乗る馬の足音が聞こえてきた。
ああ、遅かった。もうダメだ。
そう思っていたけれど・・・気がついた。
世界が、音を立てて、騎士団の方へと向かっている。
実際に何かが向かって行ったわけじゃない。
実際に音が聞こえたわけじゃない。
目に見えている世界は何も変わっていない。
けれど、何かが一斉に、騎士団の方へと向かって行ったような気がしたのだ。
穏やかな風も、暖かい太陽の光も、冷たく埃っぽい石造りの街並みも、道端にある木々も花々も薬草も、人も、俺の中にある何かも、この世にある全てのものが、一斉に同じ方へと、手を差し伸べたような気がした。
何だろう。これは。
初めての感覚だった。
唖然として立ち尽くしていると、騎士団の最初の馬が、俺の横を通ったのだ。
見上げた時にはすでに通り過ぎ、後ろ姿になっていたけれど、大きな栗毛の馬だった。
その背に、一人の騎士を乗せていた。その騎士の体も大きかった。金色に輝く鎧を着ていた。腰にも輝く剣を付けていた。
その騎士からも、鎧からも、剣からも、大きな大きな力を感じた。
世界が、その騎士に向かって、力を差し出し続けているような気がした。
きっとあれが勇者様だ。
きっとあれが二十五の精霊の加護の力だ。
「ねー。すごいでしょー。世界に愛されまくってるよねー。引くよねー。でも強いよねー。アドラ、やられちゃうよね・・あいつに」
呟くようなツィリルの声に、俺は何度も頷いた。