第1話 ツィリル、かく語りき
王都にある冒険者ギルドの若きギルドマスター、ツィリルが、チャラい口調で言ったのだ。
「君達さぁ、今から、勇者様と一緒に、邪竜アドラのとこに行ってくんない?」
「「「「はあ!???」」」」
朝霧に包まれた裏通りに、野太い叫び声が響き渡る。
早朝から冒険者ギルドに呼び出され、受付けカウンター前に不機嫌に並んでいた冒険者達の声だった。
下っ端冒険者の俺も、皆の一番後ろから「えー・・・」と言った。
「ふざけんじゃねえぞ!」「無理!」「行くかよ!」「嫌」「お断りだ!」「おまえが行けよ!」「ばーか!」
怒る冒険者達の一番後ろから、下っ端冒険者の俺も「嫌です」と言っておいた。
「えー、でもさー」
ツィリルは、厳つい冒険者達が振り上げた太い腕など気にした様子もなく、受付けカウンターの上に、だらしなく腰かけたまま、チャラい口調で続けたのだ。
「これさー、本当に楽なお仕事なんだよー。
王国兵士の鎧を着てさー、最近邪竜が棲みついたっていう洞窟まで行進するだけだしー。
王国民の皆様方に、『王国兵士様かっこいー!』『頼りになるー!』って思ってもらうだけの簡単なお仕事なんだよー。
ほら、王国兵士様の中にもさあ、邪竜怖くて逃げちゃった人達がいてさー、今のままだと、王国兵士様の行列、スカスカなんだよねー。
そこに君達投入ってわけ。
邪竜は勇者様がやっちゃってくれちゃうからさー、君たち戦わないで見てればいいしー。
ね、ほんと、簡単なお仕事でしょー。報酬もイイよー。
こんな依頼取って来るなんて、僕ってすごくなーい?」
そう言ってツィリルは、チャラい笑顔を皆に振り撒いたのだ。
「おい、ツィリル」
冒険者の中でも古参の男が、ツィリルの元へ進み出た。
「ん?なぁにー?」ツィリルはチャラい返事をする。
「邪竜アドラは、この百年で、幾つの国を滅ぼした?」
「んー、三つ」
「そうだ。三つだ。
この百年で三つの国が必死になって邪竜アドラと戦った。
兵士も冒険者も、魔法や武器で死力を尽くして戦った。
でもな、邪竜アドラは怪我もせずに、三つの国を滅ぼした後、元気いっぱいで、この王国まで来ちまったんだ」
「だよねー。
僕たちみんなで、こっちに来るな、来ないでくれ、っていっぱいお祈りしたのに、この国に来ちゃったよねえ」
ツィリルはチャラく頷いた。
古参の冒険者は、ツィリルの胸ぐらを掴んだのだ。
「ツィリル。誤魔化すなよ。
アドラは三つの国を滅ぼした竜なんだよ。
なあ、どう考えたって勇者様一人でそんな強い邪竜を倒すの無理だろ。
あれだろ。今回の依頼は、戦いを何にも分かってない王宮の馬鹿貴族共からなんだろ。
どうせあいつら、俺たち冒険者を最前列に並べて、俺たちが食われてる間に、兵士と勇者様になんとかしてもらおうって思ってんだろ?
おい、ツィリル。おまえも俺たちを邪竜に食わせるつもりか?
それとも勇者様一人で邪竜アドラを討伐できるとでも、本気で思ってんのか?」
「思ってるよ」
チャラいツィリルが、チャラさを消して、ひどく真摯に答えたので、ツィリルの胸ぐらを掴んでいた古参の冒険者は、思わずポロリとツィリルから手を離した。
そして冒険者達は少し、しんとした。
下っ端冒険者の俺も、しんとした。
冒険者達は、しんとした後、狼狽えながら怒鳴りだした。
「だ、騙されるかよ!」「嘘つきめ!」「なんで冒険者ギルドのギルドマスターが、俺たち冒険者を騙そうとしてんだよ!」「行かねえからな!」「絶対にお断りだ!」「勇者一人で邪竜が倒せるわけないだろ!」「ツィリル!あんた、昔は王宮の騎士様だったらしいじゃねえか!俺たちを王宮に売り渡す気か?」「騎士様も落ちたもんだな!」
俺だって後ろから「最低だよ」と言ってやった。
しかしツィリルは、心外だとでも言うように、プルプルと首を横に振ったのだ。
「えー、ちょっと待ってー。
僕はこれまで、君達を死にに行かせるだけなんて、そんな酷い依頼した事ないよねー。
今回だってさあ、僕はちゃんと調べてきたんだよー。
王宮まで行って話も聞いたしー、勇者様にも会ったしー、訓練も見せてもらったしー」
そこでピタリと言葉を止めると、ツィリルは俺たちを見回し断言した。
「今回の勇者、マクシミリアンはね、強いよ。君達が思っている何千倍も強い。いや、何万倍も強い」
ツィリルの真剣な様子に、冒険者達は、また少し、しんとした。
それから「マジで?」と言ったのだ。
俺だって、皆の後ろで、「マジで?」と呟いた。
「マジだ!」
ツィリルは重々しく頷いだ。
「勇者マクシミリアン。あいつはマジで強い。ここにいる誰よりも強い。
だってね、あいつは、精霊の加護を二十五も持ってるんだ。
あははは。二十五の精霊の加護だって。
笑っちゃうよねー。
加護を一つ持ってるだけでも珍しいのに、二十五だって。ぷぷぷ。
おまけにさー、二十五の精霊の加護のうち、四つは四大精霊の特級の加護なんだよー。
もう、凄すぎ!
加護の印も見せてもらったんだけどさー、勇者マクシミリアンの体には、確かに精霊の加護の印が二十五、ちゃんとあったんだよ!
四大精霊の加護の印も確かに入ってたよ!あはは!
スゲーよ、あいつ!
それでさー!あいつ、剣で岩をバターみたいに切ってみせてくれたんだよ!
それも片手でさ!
それも僕とお喋りしながらさ・・・
もうさ、あそこまで凄いと逆に引くよね・・・
すっごいイケメンだし、その上強すぎるって・・・引くわー」
何故か、最後にはドン引きし始めたツィリルの前で、冒険者達も俺も驚愕した。
「「「精霊の加護が二十五!?」」」
・・・基本、人間に興味を持たない精霊達だが、たまに人間と交流を持ち、稀にその人間を気に入り、加護をくれる事がある。
精霊の加護をもらうと、その者の能力が格段に上がるそうだ。
昔、小さな精霊の加護を一つ持った奴が、切り立った崖を軽く駆け登って行くのを見たことがある。
とても人間業とは思えない能力だった。
その精霊の加護が二十五も!そのうちの四つは四大精霊の特級の加護!
何それ!
もう人間じゃないだろ!
ツィリルは更に続けたのだ。
「勇者マクシミリアンはさー、剣も使うけど、魔法も使うんだよねー。
それも強力な魔法をさー、無限に使えるんだよー。
精霊に愛されまくりで、贔屓されまくりのイケメンなんだよねー。
もうねー、嫌になっちゃうよね・・・。
その上、努力家で訓練好きでさー、礼儀正しくて性格も良くってさー!
イケメンでさー!!」
何故かチャラく怒りはじめたツィリルは、目の前の冒険者をドンと押し、立ち上がった。
そして叫びだしたのだ。
「王宮の馬鹿どもはさあ!たぶん君たちの言うとおり、僕たち冒険者を囮にするつもりなんだよ!
でも、さあー!断言してもいいけど!勇者マクシミリアンは、邪竜アゴラに一人で勝てるよ!
軽く勝てる!
だからさあ!」
ツィリルは、俺たちをぐるりと見渡して、またチャラい口調で言ったのだ。
「君達さぁ、今から、勇者様と一緒に、邪竜アドラのとこに行ってくんない?」
しんとした冒険者ギルドの中、誰かがごくりと唾を飲み込む音がした。
「・・・絶対に勝てるんだな」
誰がそう尋ねた。
「うん」
ツィリルがチャラく頷いた。
「報酬はいくらだ?」
ツィリルがチャラく金額を答えた。
皆がどよめく金額だった。
そしてツィリルは、チャラい笑顔を浮かべると、最後に、こう言ったのだ。
「あ、今回は、僕も一緒に行くよ。
この依頼、楽だし、報酬いいし。邪竜アドラが倒される瞬間も見たいんだよねー。
将来、孫に、おじいちゃんは見たんだよーって、自慢したいんだよねー。えへへ。
まあ、子供まだいないけどさ。
奥さんもまだ、いないけどさ。
彼女も、まだ、いないけど、さ・・・」
落ち込んでいくツィリルに、冒険者達は「その依頼、受けるぜ!」と次々に声をかけた。
俺も一番後ろから「受けさせてください」と言ったのだ。
10話くらいの話にしたいと思っております。