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第5話『母の皮を被った虚ろな影に、あの人の魂は写せない』(瞬視点)

(瞬視点)




一瞬の刹那。


俺が母の声に気を取られたその隙に、すぐ隣に居たミラが黒い闇に飲み込まれ消えてしまった。


俺はすぐさまそれを斬ろうと神刀【島風】に手を掛けたが、またあの声が俺の心を揺らす。


【その子も殺すの? 私の様に】


「っ」


僅かに生まれた迷いが、心を鈍らせ、ミラは闇の中に姿を消した。


「やってくれたな。亡者共」


嗚呼。


本当に俺は、何一つ極まっちゃいない。


未だ弱い心のまま刀を握っている。


その事実がただ、許せなかった。


【天霧瞬。お前は計画には不要だ】


【邪魔となる】


【ここで消えろ】


「そうか。分かりやすい話だ。初めからそうであったのなら、分かりやすかったのだがな」


そうだ。


こうなった以上、もはや何の遠慮も要らない。


ミラが悲しむからと……巫女様によく似た少女が、誰かの痛みまで背負うから、悲しみを見せない様に立ち回っていた。


だが。


だが!!


こいつらは、ミラの想いを踏みにじり、あまつさえ利用しようとしている。


俺はかつて失われた巫女様の母上である先代様、そして、他国の間者に狙われ、傷つきながらも手を伸ばしていたセシル様をミラに重ね、心を燃やす。


そして燃えた魂を静かに包み込んで、鋭い一刀へと変えた。


「ヤマト国十二刀衆が一人、天霧瞬。……参る」


まずは『如月』を抜き、その風圧で様子を見ながら、すぐ近くに居た亡者に向かって『如月』を振り下ろす。


その一撃は間違いなく亡者を斬り、亡者は苦しみの声を上げながら煙の様に消えてしまうのだった。


【な!?】


【何故我らを!】


「貴様らが、如何な存在だとしても、神が我らに授けた神刀に斬れぬモノはない」


【くっ!】


【わ、私を斬るというのか! 瞬! 育ててやった恩も忘れて……!】


「……黙れ」


【ひっ】


俺は母の様な姿をした者に飛び込むと、その体を斜めに斬り、そして首を落とす。


所詮は姿なき幻。そこまでしなくとも、滅びるだろうが、その姿をして、その言葉を吐いた事だけは許せなかった。


そう。母は誇り高き人だった。


自らの命が尽きるその時でさえ、母として、息子を想っていた。


自分を殺めた存在ですら、誰もが、人殺しの才しか持たぬ者と揶揄する中、あの人だけは!!


俺の刀を人殺しではなく、誰かを護る為にあるのだと道を示してくれたのだ。


「母の皮を被った虚ろな影に、あの人の魂は写せない」


【自らの母親を、切った!?】


【人の心が無いのか……!?】


「分からないだろうな。お前たちには。幼い少女を利用し、己が欲望を満たそうと企むお前たちには、俺の覚悟は」


【知ったような口を!】


【我らは姫様の為に!】


「理由など知らん。興味もない。どの様な崇高な理由があろうとも……貴様らの嘆きを受け、涙を流したミラの想いを、お前たちは踏みにじったんだ。それだけが真実だ」


【くっ!】


【だが、それでも我らは】


「あぁ、そうだ。その通りだ。それでこそ貴様らはようやく始まりの場所に立つ。どの様な犠牲を払おうが、憎しみを受けようが、踏みにじろうが、それでも進むのだと! そう言った瞬間に貴様らは始まる」


俺は『如月』を構えたまま地を滑り、一人また一人と狂気に囚われた亡者共を切り捨てるのだった。


「そして……! 終わる。貴様らの欲望は、ここで潰える。ただ、それだけだ」


俺はそのまま刀を振るい、最後の一体を切り捨てて、静かになった墓地の真ん中で空を仰いだ。


空には未だ暗雲があり、街を覆っている。


「……さて、ミラを探しに行かねばな」


空を見上げたまま、やらねばならぬ事を口にして、大きく息を吐いた。


しかし、足は動かない。


右手に握りしめた『如月』は、いつもよりも重く、まるで未熟な俺の後悔が刀にへばりついている様だ。


「俺は、弱いな」


目を閉じて、吐いた息の冷たさに震えながら、『如月』を納刀する。


「……母上」




閉じた目の世界に浮かぶのは、かつて共にあった母の事だ。


病弱で小刀すら握れなかった母が、消えた名家の血を継いでいるという理由だけで天霧宗謙に目を付けられ、天霧家に嫁ぐ事になり、妾だからと離れに追いやられた。


散々弄ばれて、生まれた子である俺にも、あの人は確かな愛情をくれた。


『瞬』


『なんですか? ははうえー!』


『お前は強い子だから、きっと良い刀と巡り合い、歴史に名を遺す担い手となるでしょう』


『ほんとうですか!?』


『えぇ。母の目に間違いはありませんよ』


『へへっ、じゃあ、修行、がんばって、将来は強くなって、母上や乙葉を守る強いサムライになりますっ!』


『それは素晴らしい心がけですね。瞬。その気持ちを忘れてはいけませんよ。貴方の刃は人を傷つける為の物ではない。大切な人を守る為にあるのですから』


記憶の中にある陽だまりを思い出しながら拳を強く握りしめる。


呻く様な声と共に俺は歯を食いしばった。


「母上……!」


どうして俺はあの陽だまりの中に居続ける事が出来なかったのだろう。


どうして俺は、容易く捨ててしまったのだろう。


あんなにも、大切にしたいと願っていたのに。


『……は、はうえ?』


『自分を、取り戻した……ようですね、瞬』


『は、母上!? 何故、俺は、どうして!?』


『邪気に飲まれていたようです。憎しみのままに強さを求めていた者達の……邪気に』


握っていた島風を放り捨て、崩れ落ちる母の体を抱きしめた俺は、血に濡れながら、母の名を呼んだ。


しかし、元々病弱であった母が、島風の一撃を受けて、無事で済むはずもなく……少しずつ俺の中でその命が奪われてゆく。


『目を開けて下さい! 母上!』


『瞬』


『……!』


『よく聞きなさい。瞬』


『は、い』


『母の命は、ここで尽きます』


『っ』


『ですが、悲しむ事はありません。母の想いは、あなたと共にある』


『……ははうえ』


『強くなりなさい。瞬。愛したものを護る事が出来る様に……つよく』


『……ぅ』


『あなたの、しあわせを、いつまでも、ねがって……いますよ』


『……ぁっ!』


嗚呼。


俺はあの頃から何も変わっちゃいない。


弱いままだ。


「母上。俺はまだ、貴女の理想には届いていない。未だ弱さを抱えたまま立ち止まっている」


大きく息を吐いて、俺はゆっくりと目を開いた。


「ですが、いつか必ずたどり着いてみせます。愛した人を護る事が出来るサムライに」


意思を心に宿し、それを燃やす。


いつもの様に前へ進む力を握りしめて、一歩踏み出すのだった。




俺は墓地を後にして、丘の上から街を見下ろした。


敵の狙いはミラの能力、癒しの力だろう。


それならば、殺す様な真似はしないはずだ。


何処かに閉じ込め、俺やオーロを処理してから何かしらの手段でミラを操る。


「ならば、まずはオーロと合流するか」


いくつか思考を巡らせてみたが、所詮刀を振るう事しか出来ない俺が思いつける事など、俺より頭が回る男に意見を聞く事くらいだ。


しかし、どの様な答えにせよ結論が出たという事で、俺は丘を滑り落ちる様な速さで駆け下り、オーロが居るであろう教会へと向かった。


最悪の時は俺が、あの少女を斬ろうと心に決めながら。


「恨むなら、恨め……オーロ」


ミラが攫われた以上、もう立ち止まっている時間は終わってしまったのだ。

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