第4話『この街。綺麗すぎると思いませんか?』
私はシュンさんに追いつき、横に並びながら死者の都と呼ばれた街を歩いていた。
しかし、人の姿はなく、どこも静まり返っている。
まさに死者の都と呼ぶに相応しい姿だ。
だが、それはそれで奇妙な事も確かだった。
「……おかしいですね」
「何がだ?」
「この街。綺麗すぎると思いませんか?」
「ふむ。それの何がおかしいんだ?」
「この街、サルヴァーラはかつて流行病で人が居なくなった街なんですよ。それも十年も前に」
「なるほどな」
シュンさんは私の言葉に頷きながら、通りの途中にあった店に近づき、その中に声を掛ける。
が、返事はなく、シュンさんはそのまま店の中に入るのだった。
「ちょ、ちょっとシュンさん!?」
「ミラ」
「は、はい」
「この街は流行病で人が消えたと言っていたな。皆死んだのか?」
「いえ。住民の方は近くの街に避難したと資料には書かれていました」
「なら、これはなんだ?」
「え?」
私は、シュンさんに呼ばれるまま店の中に入り、その壁に残された血の跡を見て、思わず口を両手で塞いだ。
おびただしい量の血液は、ここで何者かが命を落としたという事を示している様でもある。
「見ろ。壁に刃物で付いた様な傷が残っている。おそらくはここで戦闘があったんだ」
「……そんな! でも、でも! この街は流行病で、住民も皆、無事だって!」
「それはどこの誰から聞いたんだ? ミラ」
「それは、国連議会の正式な発表で……」
「ならばそれは偽りだったという事だな」
「いえ! そんな事は! だって、国連議会は」
「俺の知ってる国連議会という奴は、お前を騙して、利用しようとした奴だがな」
「……っ」
「まぁ、この家だけが特別なのかもしれん。他の家も見てみよう」
「……はい」
私はそれからシュンさんと一緒にいくつかの家へとお邪魔し、人が居ないか確かめた。
しかし、どれだけ探しても人はおらず、見つかるのは最初の家と同じ様な争った形跡と、おびただしい血の跡だけだった。
壁に染み付いた血の量から考えれば、おそらく生きてはいないだろう。
それが、その事実がただ悲しかった。
それから、私はシュンさんと共に、街外れの広場へ向かい、長椅子に座りながら街を見つめる。
「本当は、何があったんでしょうか」
「さぁな。俺に過去は見えん。巫女様であればそれも可能だろうがな」
「巫女様……確か千里眼を持っている方でしたよね」
「あぁ。幼い身で、ヤマトを支えているお方だ。あの方ならこの街で何があったのか見通す事は出来るだろう。どうする? ヤマトへ向かえば、巫女様も願いを聞いてくれると思うが」
「……いえ。それは止めておいた方が良いと思います」
「ミラ?」
「だって、この街はきっと凄く悲しい事があったと思うんです。それを視たら、巫女様も悲しい想いをすると思うんです。だから、私は巫女様にお願いする事は出来ません」
「……そうか」
この街を歩いて、微かに感じる風の気配から、私は誰かの悲鳴を聞いた様な気がした。
苦しむ様な声を聞いた様な気がした。
それは、多分風の中に混じった魔力が、私に伝えてくれているのだろう。
この街で起こった、悲劇を。
「泣いているのか? ミラ」
「……はい。少しだけ」
「そうか」
横に座っているシュンさんは私の頭に手を乗せると、そのまま自分の方に寄せてその大きな手で目を覆った。
「悪かったな」
「え?」
「俺はオーロの様に気が利かないからな。お前の事を考えてやれなかった」
「そんな事は……」
「だからな。もう見るな。そして、忘れろ。俺が言った事も、この街で見た事もな……悲劇なんて何も無かったんだよ」
シュンさんの優しい言葉に、私は目を閉じながら頷こうとした。
しかし、そんな私たちに一つの鋭い声が届く。
【それは困りますね!! 聖女様には、この街で起こった全てを知ってもらわねば!!】
「っ!? 何者だ!?」
どこからか聞こえて来た声に、シュンさんは私を抱きしめながら、鋭い声を上げた。
しかし、次の瞬間に私の体はシュンさんの腕の中を離れ、ふわりと舞い上がって空に浮かんでいた。
「ミラ!」
「な、なにが!?」
私はキョロキョロと周囲を見ながら状況を確認しようとするが、見えたのは暗雲に覆われた空と、やや離れた地面からこちらを見上げるシュンさん。
そして、私の横で紳士的な笑みを浮かべる半透明の男性が一人。
「あ、貴方は」
【お初にお目にかかります。聖女様。私はサルヴァーラの街を治めるサルヴァーラ家の長男。ローリー・ケルス・サルヴァーラと申します】
「ローリー・ケルス・サルヴァーラ……!?」
【おや。私の事をご存知でしたか】
「何者だ! ミラ!!」
「こ、この方は、重犯罪者専用の国際刑務所に侵入し、最奥に収容されていた犯罪者を逃亡させようとして……」
【何が犯罪者だ!! 姉さんは何の罪も犯しちゃいない!! 議会のクズ共が!!】
「っ!?」
【っと、これは失礼しました。聖女様。この怒りを貴女に向けるのは間違えていますね。そう我々が真に求めているのは、貴女様のお力を借りる事なのですから】
「私の力を、借りる!?」
【そういう訳ですので、聖女様には「天斬り!」っ!?】
私に向かって、ローリーさんが手を伸ばそうとした瞬間、地面の方から鋭い声と共に、かつてヴェルクモント王国のヘイムブル領で見た、空を割るシュンさんの攻撃が放たれた。
その攻撃は空気を激しく揺らし、かき回し、私は空から解き放たれて地面へと向かう。
「ひゃあぁぁあああ!!」
「ミラ!!」
しかし、地面に落ちるよりも前に、シュンさんが私を抱えてくれ、そのまま広場から走り去るのだった。
シュンさんに抱えられながら街を走っていた私たちだったが、先ほどまでとは違い、街にはローリーさんの様な半透明の人たちが溢れている。
そして街にはかなり濃い霧が出ていて、歩く道さえ不確かな状態だ。
「どうやら、これが! 街が綺麗だった理由のようだな」
「え、えぇ」
街に溢れた半透明の人々は、通りや家を掃除し、そしてそこに存在しているのが当たり前の様に笑っている。
しかしそんな彼らも、私たちが近づく事で、今までの作業を止め、私たちの方へ鋭い視線を向けるのだった。
【聖女様……!】
【我らの想いを……!】
【姫様を……!】
【この世界へ鉄槌を……!】
「っ!」
「目を閉じていろ!」
シュンさんの鋭い声に、私はキュッと目を閉じて体をシュンさんに預けた。
心が凍り付くほどの恐怖。
彼らの声に、私は確かに怯えていた。
震えが止まらない。
「これは、死者の記憶か? いや、それにしては実際の物に触れている。亡霊という奴か」
「と、とにかく逃げましょう!」
「あぁ、そうだな」
シュンさんは私の声に応じて、大きくジャンプした様だった。
おそらくは屋根の上を走っているのだろう。
独特の揺れる感覚のまま、シュンさんは走り、人々の声が聞こえない場所まで駆け抜ける。
そして、どれほど走っただろうか。
街を見下ろす丘の上にたどり着いたシュンさんは私を地面に降ろし、一息吐く。
「あ、ありがとうございます」
「大したことはない。だが……」
「だが?」
「どうやら誘い込まれた様だな」
「え?」
シュンさんがそう言いながら腰の刀に手を当て、周囲を警戒すると同時に、先ほどまでのどかな草むらだった丘は、薄暗い墓地へと変わり、周囲には先ほどまで見た様な半透明の人々が私たちを見据える。
そして、街の時と同様に濃い霧が現れる。
「ひっ」
「俺から離れるな。ミラ」
「は、はい!」
私は震える足を何とか真っすぐに立たせ、何かあった時に対処できる様に癒しの魔術を準備する。
シュンさんはあのドラゴンさえ倒してしまう程に強いのだ。
後は私が足手まといにならなければ負ける事はない。
そう考えていた。
そんな風に考えていた。
しかし……。
【瞬】
「っ!?」
「シュンさん……?」
不思議な服を着た女性がシュンさんの名前を呼んだ瞬間、シュンさんの顔はその声がした方へと向けられ、私は黒い何かに覆われて、何処かへ飛ばされてしまうのだった。
「っ!? しまっ! ミラ!!」
シュンさんの声は聞こえたが、手は届かず、私は暗闇の中で意識を失ってしまうのだった。