第3話『もう少しだけ、お前とこうしていたいと思ってな』(オーロ視点)
(オーロ視点)
シュンとミラが出て行った教会の中で俺は一人、ため息を吐きながら天井を仰ぎ見た。
気を遣わせてしまったな。
こんな事になるなら一人で来るべきだった。
最初から分かっていた事だ。
しかし、やはりというか。アマンダを直接見て、自分の精神を落ち着けることなんて出来なかった。
「覚悟はしていたハズなんだがな」
「……お待たせしました! 少し準備に時間が掛かってしまい……あら? お二方は」
「あぁ。少し用があってな。外に行ったよ」
「そうなのですか。お話してみたかったのですが、残念です」
「まぁ後でいくらでも機会はあるさ」
「そうですよね。はい! 後に期待します!」
あぁ。まったく。
趣味の悪い人形遊びだ。
苛立ちばかりが募る。
今すぐにでも全てを破壊してしまいたいくらいだ。
しかし、それは出来ない。
何故なら、まだ向こうの目的は分かっていないし。アマンダがどうなっているのかも分からないからだ。
ただ、そう。
この街を作った奴だけは絶対に俺が殺すと心に決めながら、俺はかつての様な笑みを浮かべた。
「そう言えば……ヴィルヘルムとアレクシスの奴はどこに行ったんだ? あの悪ガキ共もここに居るんだろう?」
「え? そ、そうですね。多分どこかに出かけていると思うのですが、他の子達も遊びに行っているみたいで」
「そうか。そりゃ残念だ。でも、ちょうど良かったかもな」
「……?」
「何惚けてるんだよ。お前が言ったんだろう? 俺とずっと一緒に居たいと、父親になって欲しいってな」
俺はアマンダを抱きしめながらその耳元で囁いた。
アマンダは俺の声を聞いて僅かに震えながら、すぐ俺の体に手を回してきて抱き着く。
そして嬉しいと呟くのだった。
……。
まったく。本当に、苛立つ世界だ。
俺は昔のアマンダとの会話を思い出しながら、何とかこの苛立ちを抑えようと必死に心を押し殺した。
『は? 何言ってんだお前』
『いえ。その、ですから! 私と、その、…ェッチな事をしませんかと、その』
『地面に落ちてるモンでも食ったか』
『その様な事をする訳無いじゃないですかっ! オーロさんは私を何だと思っているんですか!?』
『光聖教と聖女の事以外は何も知らない無知な女』
『うっ、そ、その様な事は無いと思うのですが、思い出してください。オーロさん。私、もっと色々と知ってますし、出来ることもありますよ!?』
『あぁ。そうだな。確かに。俺としたことが忘れていた』
『そうでしょう。そうでしょう。そうでしょうとも!』
『掃除と飯作るのは出来たな。ただ、常識やら危機感やらが無いだけだったな』
『んもー! オーロさんのバカぁ!』
『おー。いてぇいてぇ。大した打撃だ』
『もう! いつもそうやってからかって! 私は真剣なんですからね!』
『ほー。じゃあ聞くがな? なんでんな事を急に言い始めた』
『それは、その……ほら! 子供達には父親が必要だと思うんです! オーロさんがいらしてから子供達も楽しそうですし。やっぱり男の人が居ると居ないでは大分違いがありまして』
『それで?』
『その、男の人はその、……ェッチな事をすると喜ぶと聞きまして! それをすればオーロさんがずっとここに居てくれるかなって……あいたっ!』
『ったく。だから常識知らずだって言ってんだ』
『だ、だってぇ』
『アマンダ』
『っ、は、はい。なんでしょうか』
『一言で良い。お前がここに居て欲しいと言えば、俺はいつまでだって居るさ。父親をやって欲しいならそうする』
『でも、それじゃ私がオーロさんから一方的に貰ってるだけですよ』
『何言ってんだ。逆だよ。俺がずっとお前やガキ共から貰ってるんだ。沢山な。だから、少しくらい返させろ』
『でも』
『俺が良いって言ってんだろ』
『……なら、私、すっごい甘えちゃいますよ!?』
『構わん。俺がそれを望んでるんだ。アマンダ』
俺は記憶の中に居るアマンダの頭を撫でて、笑う。
穏やかな時間だった。
全てが満ち足りていた世界だった。
俺が人生で初めて得た安らぎだった。
この時間が永遠に続けば良いと思っていた。
ただ、それだけだったのに。
『アマンダ……!』
『わた、しを、……して』
「――っ!!!」
「……さん? オーロさん?」
「っ、おぅ。どうした?」
俺は記憶の世界で、体がバラバラになる様な痛みを覚えていたが、アマンダの声に意識を取り戻し、現実へと戻ってきた。
現実のアマンダはあの時の事など悪い夢であったかの様に、穏やかに微笑んでいる。
「もう。どうした? じゃありませんよ。ボーっとして、どうしたんですか?」
「何でもねぇよ。ただ、ちょっと疲れてな」
「そうなんですか!? それは大変です! では、お茶を飲んで休んで下さい」
アマンダはドタバタとその場であちらこちらに走り、そして用意してきた茶を俺に手渡した。
新品のカップは、俺とアマンダの記憶には無い。
あの頃は、ボロボロのカップばかり使っていたからな。
そして、一口飲んで、感じるのは毒の味だ。
微かに、紛れ込んでいる。
普通の人間なら微妙な体調不良を訴える程度の僅かな量だ。
しかし、俺に毒は効かない。
これをどれだけ継続的に盛られようが、膨大な量を盛られようが関係ない。
それを、アマンダも知っていたハズなんだがな。
どうやらアマンダの体は本物でも、精神までは蘇っていないらしい。
記憶も抜き取る事は出来ないのだろう。
それ故に、こんな中途半端な策を取ってしまうのだ。
「ふぅ」
「どうですか? とっておきのお茶なのですが」
「あぁ。うまいよ」
「それは良かったです!」
ニッコリと笑うアマンダに俺も笑みを返す。
あぁ、本当に上手い。
茶の香りで毒の匂いを消し、味も極限まで抑えている。
一ヵ月もこれを飲み続ければ無事命を落とすか、満足に動けなくなるだろう。
本当に絶妙な量だ。
素晴らしいよ。
アマンダから俺に飲ませる辺りが実にうまい。
俺は茶を飲みながら、更に殺意を募らせて、コイツを俺に寄越した奴は確実に八つ裂きにしようと心に誓う。
何せここには俺だけじゃなく、ミラが居るのだ。
こんな毒を飲ませればあの小さい体ではすぐに影響が出るだろう。
まぁ、幸いというべきか。ミラは聖女であるから毒も癒せる。
それならば直接命を奪いに来ない限り安全だし。
シュンが居る以上、その手段も難しいだろう。
だから、ここでアマンダとそれを操る奴を潰せば全て解決だ。
アマンダの背後を探り、すぐに終わらせる。
そう。するべきなのだが。
「……あぁ、まったく」
「どうしました? オーロさん」
「いや、何でもないさ。ただ……」
「ただ?」
「もう少しだけ、お前とこうしていたいと思ってな」
「……?」
「……ほら。夕飯にはまだ早い時間だろう?」
「あ。そうですね! 確かに。夕飯まで時間がありますし。のんびりしましょうか」
微笑むアマンダを見て、俺は剣に伸ばそうとしていた手を抑え込んだ。
そして、まだ背後が分からないのだからと自分に言い訳をして、目を閉じて茶を飲む。
あぁ、本当にうまい茶だ。
涙が出てくるほどに。