第13話『貴女は、アマンダさん!?』
再び動き始めた黒人形を止めるべく私たちは戦闘に移行した。
そこでまずは何をするにも儀式魔術の構築式から引き離そうと、私は風と光の魔術で翼を作り空へ舞い上がったのだが、何故か黒人形は私の方へ視線? と思われる物を向けて、手を伸ばしてきたのだ。
しかし、その腕はシュンさんが『島風』で切り落としてくれて、私は何とか難を逃れる。
だが、そんな状態になっても黒人形は未だ私から視線を外さずにジッと目の無い顔で見つめてくるのだった。
「ミラ! 気を付けろ!」
「はい。ですが……何故私を」
私は黒人形から離れようと、空を飛びながら後退するが……黒人形は私に向かって一歩、二歩と進んでくるのだった。
「おそらく魔力が失われ始めている為、補充しようとミラさんの強大な魔力を狙っているのだと思います」
「私を……?」
「はい。っと、どうやら私も狙っている様ですね。『切断』」
ミクさんは飛行魔術を使いながら空を飛び、私の近くまで来ると話をしながら右腕を横に振るい、黒人形の腕を両断した。
まるでシュンさんの『天斬り』の様に。
「今のは何だ。どういう魔術だ」
「はい! 私も気になります! 聞いたことのない魔術でした!」
「……」
屋根の上から飛び、黒人形に切りかかりながらそれを足場として私たちの前まで飛んできたオーロさんは、興味深そうにミクさんへ聞き、私も同じ様に尋ねたが……ミクさんは曖昧に笑うばかりで答えてはくれなかった。
そして一瞬とは言え話し込んでしまった為、その隙を突く様に黒人形が私たちに向かって右手を突き出してくる。
「油断するな! 『島風』!」
「ご、ごめんなさい!」
叱咤する様なシュンさんに謝罪しながら、私は黒人形をジッと見据えた。
そして、風の魔術で黒人形の動きを制限しようと拘束魔術を放つ。
しかし、私の魔術はそれほど長い時間黒人形を拘束する事が出来ず、すぐに破壊されてしまった。
「そんなっ!」
「ミラ! あまり魔術を使うな! 消耗したら勝てる物も勝てなくなるぞ!!」
「はい!」
オーロさんに怒られながら、どうしようかと考えるけれども、私はオーロさんやシュンさんの様に近接武器は持ってないし。
私はうーんと考えながら、とりあえず魔力を節約しつつ魔術を使う。
が、あまり効果がある様にも思えず、結局はオーロさん達の戦闘を見ている事しか出来ないのだった。
しかし、それもあまり問題にはならない様だ。
何故ならオーロさんとシュンさんはかつてヴェルクモント王国で山の様に大きなドラゴンを倒しているし、ミクさんも自由に飛び回りながら、謎の魔術で黒人形の体を切って動きを制限している。
三人だけで十分に黒人形を抑え込めているのだ。
ならば、私のやる事は三人が怪我をした時に治す役かと考え、戦場からやや離れた場所に降り立った。
「……なんか本当に三人だけで十分みたいですね。後は時間が来るのを待てば」
『あなた』
「っ!? うぇ!? こ、声!? 誰ですか?」
私は戦場から離れた場所でキョロキョロと周囲を見渡した。
しかし、どこを見ても人の姿は見えない。
例の蘇生魔術の影響で、意識だけ復活した人が居るのだろうかとも思ったが、そういう姿も無いのだった。
「どなたですか!? 私は」
『あなた。どうしてオーロさんと一緒にいるのですか?』
「っ!?」
突如目の前に現れた煙の様な存在に驚いて、転びそうになってしまったが、何とか翼を生やして体勢を立て直す。
が、だがしかし!
屋根の上から恨めしそうにこちらを向いているその人を見て、私は目を見開いた。
見た事がある。
この街に入った時に……!
「貴女は、アマンダさん!?」
『ズルいわ。私は全て奪われたのに……』
「でも、どうしてアマンダさんの意識がここに!? っ! そうか。黒人形の魔力が削れて、ルーナさんからアマンダさんに主導権が移った……!」
『その体……私にちょうだい?』
アマンダさんがここに居る理由を考えている間に、アマンダさんが右手を私に向けた。
そして、その動きに反応してか遠くに居た黒人形が勢いよくこちらに迫ってくる。
「なっ!?」
「逃げろ! ミラ!!」
私は黒人形から逃れるべく空高く舞い上がり、黒人形の腕を交わしながらオーロさん達が居る場所へと向かった。
そして突進してくる黒人形を見据えながら、動きを止めようと魔術の準備をする。
しかし。
「ごめんなさい。ミラさん」
「え?」
背後から聞こえて来た声に振り向けば、そこには笑顔のミクさんが居て……私の背に手を当てて何かの魔術を使った。
直後、私の体は黒人形の前に居て、ミクさんの使った魔術が転移魔術という事を理解したのだが、全てが遅かった。
黒人形から伸びてくる無数の手は私の体を捕まえて、体の中へ引き込もうとする。
「ミラ!?」
やや離れた場所からオーロさんの声が聞こえてきたが、私は黒人形から逃れる事は出来ず、そのまま暗闇の世界へ落ちてゆくのだった。
暗闇の世界で、私は夢を見ていた。
いや、これが夢かどうか本当の所はよく分からない。
でも、指一つ動かす事が出来ないし、ただ世界を見ている事しか出来ないからきっと夢なんだろうと思う。
「オーロさん。ご心配をおかけしました」
「……」
夢の中で『私』はオーロさんに抱き着いて笑っている。
「この中に取り込まれて分かったのですが、この黒人形は封印する事が出来るんです。この地に封印しましょう!」
「……そうか」
「はい。もう無理して戦わなくても良いんですよ」
「……あぁ」
「そうだ。この戦いが終わったら、どこか素敵な場所へ行きませんか! 空を映す湖や、どこまでも広がる果ての無い草原も見てみたいです」
「そうだな。草原には面白いオークが居るっていう話も聞いた事があるし。それも面白いかもしれないな」
『私』の言葉にオーロさんは穏やかな笑顔でそう返しながら、『私』の頭を撫でて抱きしめた。
「オーロさん……温かいです」
「そうか」
「このままずっと、こうしていたい」
「そうだな」
オーロさんは『私』としばらく抱き合っていたが、やがて目を閉じたまま『私』の肩を掴んで引き離すと、懐からナイフを取り出した。
「オーロさん……?」
「まったく。ままならねぇな。世界って奴は」
「どうしたんですか? オーロさん。そんな怖いものを持って」
『私』はオーロさんが持っているナイフに怯え、胸の前で両手を重ねながら一歩後ずさる。
「いっそお前が、何か趣味の悪い罠なら良かったよ」
「何を言っているんですか? オーロさん……私は」
「アマンダ」
「っ!」
「お前はミラじゃない。アマンダ、だろ?」
オーロさんの言葉に『私』はポロリと涙を零すと、ふらりとよろけた。
そして泣きながら笑い、オーロさんを見つめる。
「どうして、分かったんですか?」
「……まぁ、ミラともそれなりに長い付き合いだからな。お前のいう様な素敵な場所って奴に行くときに、ミラの選ぶ相手が俺じゃねぇってのは分かるさ」
「……そうでしたか」
「それに、湖も草原も、お前が行きたいって言ってた場所だろ?」
「覚えて、いてくれたんですか……?」
「忘れるものかよ。お前と話した事も、触れた時の柔らかさも……何一つ。忘れた事はねぇよ」
オーロさんの言葉が『私』に向けられ、明確に『私』がよろけた。
「だからな。アマンダ。その体はミラに返してやってくれないか? 一人が寂しいってんのなら、俺が一緒に逝くよ」
「……」
次の瞬間、私の意識は先ほどまで見ていた『私』の中にあり、取り戻した意識の中で、寂しそうな顔をしているオーロさんとアマンダさんを見つめる事になるのだった。
『オーロさん。わたし、ごめんなさい。酷い事をしてしまいました』
「あぁ」
オーロさんが私の方をチラッとみた事で、私は自分が何を言うべきか理解し、立ち上がった。
「全然気にしてないですよ。むしろ! もっとイチャイチャしなくて大丈夫ですか!? 私の体で良ければ……「はしゃぎ過ぎだ」むぎゅ!」
私は頭に手を乗せられ、上から押される。
私は魔導具のスイッチじゃないんですけど!?
「そういう訳だ。ミラは何も気にしちゃいない。だから、な。お前は何も気にしなくて良いんだ」
オーロさんはアマンダさんに手を伸ばして頬に触れようとしたが、その手は何も触れる事が出来ず空中で止まってしまった。
その時のオーロさんとアマンダさんのショックを受けた様な顔に思わず私は声を上げようとしたが、私の動きに気づいたのかオーロさんとアマンダさんの二人に口を塞がれてしまった。
「もがもが!」
「止めろ。ミラ」
『ミラさん。ごめんなさい。私も、貴女にそんな事をして欲しくはないです。酷い事をしてしまいましたが、私はこうしてオーロさんとまたお話出来ただけで、十分ですから』
「アマンダ」
『オーロさん。あの時、伝える事が出来ませんでしたが……私、オーロさんと出会えて幸せでした。短い時間しか一緒に居る事が出来ませんでしたが、それでも、私、幸せだったんです』
「……アマンダ」
『だから、この幸せな気持ちだけを抱いて、終わりにしたいです』
オーロさんは悔しそうに拳を震わせていたが、やがて力を抜いて私に目線を向けた。
「ミラ……頼む」
それが何を意味しているのか、言わなくても分かる。
だから、私は心を落ち着かせて、手に力を集中させてアマンダさんの方へ向いた。
そして、アマンダさんとその向こう側に居る子供たちへ癒しの魔術を使うのだった。




