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第11話『私は! 何も見なかった事にするので!』

自分の頬をバンバンと叩いて意識をハッキリさせた私は、既に戦闘を始めているシュンさんとオーロさんの援護をしようとした。


しかし、どうやらその必要はないみたいだ。


「っ! こんな! どうしてこんな!」


ルーナさんは焦りと嘆きを合わせた様な表情と声で必死に二人から逃げようとするが、人形を生み出しても即座に破壊されてしまい、どうする事も出来ない。


そして、遂に屋根から地面に叩きつけられて意識を失ってしまうのだった。


「……一応、拘束しておきましょうか」


私はオーロさんに手伝って貰い屋根から飛び降りて、ルーナさんを風の魔術で拘束する。


「ルーナさんは魔術師ではないので、これで逃げる事は出来ないと思います」


「……魔術師ではない。って、さっき魔術を使っていただろう?」


「いえ。ルーナさんは一度も魔術は使ってませんよ。使っていたのは魔法です」


「魔法?」


「はい。魔法使いたちが使う魔法という名前の力で、多くの魔力を消費する代わりに、どの様な願いも叶える事が出来ると言われています」


「……それは、凄いな」


「そうですね。ですが、その力の強大さを恐れた遥か昔の人々によって魔法使いは滅ぼされたと記録には残されていました。ルーナさんはおそらく魔法使いの生き残りなのでしょう」


「なら、どうするか? 一応あのデカい人形も消えちゃいないが、止まってるからな」


「出来れば、命は取らずこのまま国際連合司法裁判所に判断を委ねるべきだと考えますが……オーロさんとシュンさんはいかがでしょうか。私は! 何も見なかった事にするので! このままどうなっても……むぎゅう」


私は両目を閉じて、両手で目を塞ぎ、何も見なかったというアピールをしようとしたのだが、やや乱暴に頭の上から押されて、変な声を出してしまった。


そして、私がその事について講義するよりも前に、悲しそうな目をしているオーロさんと視線がぶつかる。


「子供が変な気を遣うな」


「でも!」


「良い。俺はな。この女にそれほどの価値を感じない。俺の敵はあくまでアダラードだからな。コイツはおまけみたいなモンさ。まぁ、苛立ちはしたが、その分、叩きのめしたからな。そこまで苛ついてはない」


オーロさんは普段よりも饒舌に喋りながら、地面に転がるルーナさんを軽く蹴る。


「瞬。お前はどうだ?」


「俺は元より何も無い。まぁ自分の未熟さを知るいい機会にはなったさ」


シュンさんは何でもない事の様に笑い、そしてそのまま視線を別の場所に向ける。


「シュンさん?」


「そろそろ正体を明かしてもらおうか」


腰の鞘に納めた神刀に手を掛けながら、シュンさんは私たちしか居ないはずの街中で誰かに声をかけた。


もしや、まだサルヴァーラの人たちが残っているのだろうかと、私もジッとシュンさんやオーロさんが警戒している方を見ると、家と家の影から顔を隠す様なフード付きのコートを着た人が一人現れた。


背の高さから考えると子供の様に見える。


「敵対する意思はありません。どうか話し合いをさせて下さい」


両手を上げながら現れたその人の言葉に、当然と言えば当然だが、シュンさんもオーロさんも警戒は解かず、武器をいつでも使える様にしながら静かにその人を見つめているのだった。


「まぁ、この状況では無理も無いですね。ではまず身分から明かしましょう。私は世界国家連合議会所属、災害対策局局長のミクと申します」


フードを取りながら幼い少女の顔で微笑むその人を見て、私はアッと声を上げた。


知っている!


私は一度この人に会ったことがある!


「知り合いか? ミラ」


「は、はい。とは言っても一度会っただけなのですが……」


「それで? 国連所属のアンタがミラに何の用だ。まさかまだアダラードや天霧宗謙と繋がってるってんのなら、子供でも容赦しないが」


オーロさんが脅す様に言った言葉にミクさんは手を振りながら、大きな動作で否定した。


「その様な事はありませんよ」


「そうそう信用できるモンでもねぇけどな。ミラはあの事件で死にかけた。謝ったらはい終わりってワケにはいかねぇぞ」


「それは当然分かっております。国連の信用が失墜した事も理解しているつもりです。だから。というワケではありませんが、ミラさんの件で、国連を裏切った者達は処断しております」


「知ってるか? 冒険者の間じゃあこんな言葉がある。『オオトカゲのしっぽ切り』ってな」


「確か、オオトカゲは生命の危機を感じると、しっぽを切り、それを派手に暴れさせて逃亡する事から、それと同様に組織や国が大事から本質を隠す際に、末端の物を切り捨てる姿を揶揄(やゆ)して生まれた言葉……でしたか?」


オーロさんの言葉にミクさんは笑顔のまま淡々と応え、それが現状の事じゃないのかと暗に示すオーロさんにも、一切動じない。


何だか初めて会った時と違って怖く感じる。


あの時はお姉さんみたいに感じたのだけれど……今はオーロさんよりも怖い、まるで人では無い何かの様だ。


「……やはり、そうか」


「シュンさん?」


ずっと黙ってオーロさんとミクさんの話を聞いていたシュンさんが唐突にミクさんを見ながら呟く。


ごく自然に放たれたその言葉に私もオーロさんもミクさんも疑問を視線に乗せ、シュンさんを見るが、シュンさんは何も気にしないまま口を開いて、とんでもない事実を投げかけた。


「お前……あの街にいた占い師か」


「っ!」


「え? 占い師って、あの占い師のお婆さんですか?」


「そうだ。とは言っても、顔や姿は隠していたからな。おそらくは声だけ変えていたんだろう」


「……なるほど。そこまでお見通しでしたか。『ヒッヒッヒ。確かに私はお前たちをここに導いた占い師だよ』と、まぁ、魔導具を使えばこんな具合ですね」


ミクさんは懐から魔導具を取り出して口元に当てると、あの時に聞いた占い師さんの声で語るのだった。


驚きだ。


というか、シュンさんはどうやって気づいたんだろう。


「……なるほど。という事は、今回の事件はお前が仕組んだってワケだ」


「うーん。仕組んだというと語弊がありますね」


「あん?」


「元より、この場所でルーナ・リダ・サクハーラの計画は進行していましたから。私が彼女をそそのかしたワケではありません」


「なら、何故俺たちをここに連れて来た」


「人を救って欲しかったからです」


「……」


ミクさんは当たり前の事を語る様に、そう言い放つ。


「闇神教は恐ろしい集団です。貴方方が追っているアダラード・グイ・ジルスターや天霧宗謙、ルーナ・リダ・サクハーラの様な強大な力を持つ危険人物が数多く存在しています。そして、彼らの狙いは現行世界の破壊。そして旧時代の再生です」


「……」


「その目的を果たす為なら、彼らはどの様な事でも行うでしょう。例えば、聖女としての役割を与えられた少女を生贄にしようとしたり、嘆きの死者が住まう街で憎しみを集め、強大な魔法を使おうとしたり」


「だが、それが分かっているのなら、何故お前ら国連が事件を解決しようとしなかった」


「私たちでは救えないからです」


「……救えない?」


ミクさんが辛そうに吐いたその言葉に、私はオリヴィア様と話した事を思い出していた。


そして、黒い巨大な人形を構築する為に必要な事、魔法を維持し続ける為には核が必要な事……。


「まさか!!」


「ミラ? どうした」


私は気づいてしまった事実に震え、それを否定したくてミクさんを見た。


しかし、ミクさんは私が何を語ろうとしているのか分かっているとでも言うように、虹色に輝く瞳で私を静かに見据える。


だから……私は、どうか否定して欲しいと願いながらその言葉を口にするしかなかった。


「あの魔法は……あの、魔法は!! アマンダさんを核として、構築されているのですか?」


しかし……私の願いは届かず、ミクさんは静かに頷く事で最悪の想定を肯定するのだった。

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