第1話『死者の都……ですか』
本小説は
〖異界冒険譚シリーズ【ミラ編】-少女たちの冒険譚-〗
の続編となります。
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穏やかな心地の昼下がり。
私は青い空に浮かぶ雲がゆったりと流れゆくのを見ながら、人を待っていた。
オーロさんも瞬さんもそれぞれ見たいものがあるからと言い、別の所へ行っているので待っている時間も気楽だった。
そして穏やかな風に目を閉じながら紅茶を一口飲んだ。
「あら。美味しいですね」
思っていたよりも美味しいお茶に思わず言葉を零してしまいながら、カップを置いて小さく息を吐いた。
静かで落ち着いている。
良い時間だ。
「ミラ。待たせたな」
「いえ。私もここへは来たばかりですから」
「そうか。それでもだ。君を待たせてしまった事をすまなく思うよ」
「……ありがとうございます。殿下。お忙しいところ、わざわざ遠くまで」
「いや! 気にしないでくれ。ミラと会う為ならどれほど離れていようが大した事は無いさ」
私はセオ殿下の言葉に嬉しさを感じながらも、それを隠すように目を伏せた。
「それに、こうしてミラに会うのも久しぶりだからな。どれほど時間が掛かろうと問題にはならないさ」
「殿下ったら。先月に会ったばかりですよ?」
「まだ、ではない。もう一ヵ月だ。私には永遠に等しい時間であったよ」
「もう。殿下ったら」
「セオと呼んでくれ。ミラ」
「……セオ殿下」
「ミラ」
私とセオ殿下は互いに見つめ合って、テーブルの上で手を重ね……合わせる前にすぐ近くから誰かの手が伸びてきて私の手を掴む。
「ミラ。未婚の女性がみだりに異性と手を繋いではいけないよ」
「あ。お兄様。申し訳ございません」
「いや良いんだ。ゆっくりと知っていけば良いからね。それに兄なら何も問題はない。手を繋ぎたくなったら私に言いなさい」
「はい! お兄様!」
「おい。ハリソン。余計な事を言うな! 私の邪魔をしていないで自分の相手でも見つけろ!」
「私ならば問題はない。適当な相手は既に見つけているからね」
「余計なところで有能さを示すな! いや、相手が居るのであれば、私の邪魔をしていないで、その相手に時間を割け! 時間を!」
「余計なお世話だよ。セオ。私と彼女は所謂政略結婚という奴だ。そもそも貴族同士の結婚に愛など生まれる訳がない。時間を割くだけ無駄だな」
「え!?」
私はお兄様の言葉に驚き、思わず声を出しながらお兄様を見つめてしまった。
貴族同士の結婚で愛が生まれない。という事はセオ殿下も私に愛を向けて下さらないという事だからだ。
それは、酷く悲しい事だ。
「ミラ! 不安になっているのかい? 大丈夫だ。私はミラを愛しているから婚約を申し込んだのだから! ミラの事を世界の誰よりも愛しているんだよ。それにハリソンの言葉は気にしなくて良い。ハリソンは口ではこう言っているが、心では相手の女性を強く思っているのだからね! 男とはそういう生き物なのだ!」
まるで隠し事をする様に必死に言葉を重ねるセオ殿下に、何だか胸の奥でザラりとした感覚を覚えながら、私はセオ殿下の言葉を確かめる様にお兄様を見た。
「……お兄様?」
お兄様は私が見つめるよりも前に目を閉じていた。
そして、大きく呼吸をしてから目を開き、私を見る。
「ミラ。全て冗談に決まっているじゃないか。私は相手の女性を愛しているよ。あぁ、間違いない。だから大丈夫だ。ミラと将来結婚する人もミラの事を誰よりも愛するさ。間違いない。私が保証しよう」
「お兄様……!」
「だからミラも安心して……そうだね。二十年後くらいに嫁ぐといい」
「えぇ!? そんな先に!? それは問題ないのでしょうか」
「どれだけ遅くても問題は無いよ」
「適当な事を言うな! ハリソン!! ミラ! 私はミラが良いなと思ったタイミングならいつでも良いからな。これからすぐでも構わないくらいだ」
「あ、そうなのですね」
私は頬が熱くなる感覚を覚えながら両手で頬を押さえた。
しかし、そんな私にお兄様は激しく声を荒げながら詰め寄る。
「駄目だ!! ミラ! まだ早すぎる! ほら、ミラ。まだ旅に出て全然時間が経ってないじゃないか。行ってみたいところはいっぱいあるだろう? どこが良い? セオストか? レーゲンか? お兄様がどこでも連れて行くぞ?」
「いえ。旅はオーロさんとシュンさんが居るので大丈夫です」
「くっ、あの連中か」
「まぁ、ミラが旅をしたいのはよく分かっている。という訳で、私の方で話は通しておいた。今度はセオストへ行くと良い」
「セオスト……自由商業都市でしたか」
「あぁ。そしてヤマトに最も近い世界国家連合加盟国だ。都市で独立しているセオストを国というのが正しいのかは分からないがな」
「分かりました。では次はセオストに向かいますね」
「そうすると良い。私もそれほどせずにセオストへ行く。また向こうで茶会をしようではないか」
「はい!」
私はセオ殿下に頭を下げながら精一杯の笑顔を向けた。
それからセオ殿下やお兄様と別れ、オーロさんとシュンさんが待っている場所へと向かうのだった。
お茶屋を出てから大通りを歩き、オーロさん達が待っている書店に向かうと、二人は既に目的の物を見つけたらしく、店の前で待っている様だった。
「お待たせしました!」
「いや、こっちも買い物が終わったばかりだ」
「王子様とは話せたか?」
「はい!」
「それは良かった」
「しかし、よく動く王子だな。王族というのはもっと国に居るものじゃないのか?」
「それだけミラが大切なのだろう。良かったな。ミラ」
「あっ……え、えへへ。嬉しいですね」
私はオーロさんに頭を撫でてもらいながら笑う。
そんな私を見て、オーロさんもシュンさんも笑っている様だった。
世界を見て回る旅をして、色々な物を実際に触って、考えて、見て、楽しむ。
セオ殿下にも定期的に会えるし、私は今、最高に幸せだった。
多分世界で一番幸せな人間だろう。
「もし。そこのお嬢さん」
そして、そんな風に浮かれていた私に、書店と隣の店の間にある小さな通りから誰かが話しかけてきたことに私は気づいた。
お婆さんの様な声だ。
私は気になり、その道に顔を出すと、何やら黒いフードを被った人が机の上に水晶を置いて、微かに見える口元で笑顔を浮かべているでは無いか。
なんだろうか?
「ミラ。知らん奴の所に行くんじゃない」
「悪いな。婆さん。この娘っ子には過保護な王子様が居るんだ。商売なら別の奴にやりな」
「あの、ごめんなさい。お婆さん。そういう事なので」
「ヒッヒッヒ。何も聞かずに行っちまって本当に良いのかい?」
「え?」
「聞くなミラ。あぁやって気になる様な事を言って引き留めるのが商売なんだ」
オーロさんの言葉に私は、何だか背中を引っ張られる様な感覚を覚えながらも、セオストへ向かうべく歩き出そうとした。
しかし、次に聞いたお婆さんの言葉で私は完全に足を止めてしまう。
「セオストへ行く前に、行った方が良い」
「……え!? なんで、私たちがセオストへ行くって」
「あの都ではお前たちの罪が待っている。行かねば大切なモノを失うだろう」
「罪?」
「聞くな! ミラ!」
「オーロ。そして天霧瞬。お前たちに奪われた命は、今もあの場所で待っているよ」
「っ!?」
「何故、俺たちの名前を」
「理不尽に奪われた魂たちは今もなお、かの都で彷徨う」
「かの都……?」
私の疑問に、お婆さんは口元だけでハッキリと笑った。
思わず背筋が寒くなってしまうような笑みで。
そして、お婆さんは私たちの耳にだけ届くような声で囁いた後、幻の様に消えてしまうのだった。
私は聞こえた言葉を確かめる様に、呟く。その都市の名前を。
「死者の都……ですか」