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軍とタケノコ 2

「空軍第二小隊、小隊長エルガー・デューラーです」

「陸軍第三小隊、小隊長ベアニー・シュミットです」


 グリフィスさんと同系統の翼が生えた背の高い、やはり小隊長にしては二十代くらいで若く見える男の人と、三十前後くらいの赤茶の髪に熊っぽい耳の生えた背の高さは同じくらいだけどがっしりした人に笑顔で敬礼される。


「あ……り、えっと、アモウです」


 リサも微妙だろう。


「関わる機会もほぼないだろうし、覚えるのは小隊長の名前くらいでいい」


 恐らく小隊の隊員さんたちだろう人たちが、えーっと、十、二人いるけど、シン様がそう言うので紹介はされず、頭を下げられるので私もとりあえず会釈をしておいた


「あ、彼は軍人ではなくて」


 グリフィスさんが腕を引いて連れてきた人は、他の人たちと違ってシン様を見てすごく強張った顔をしていた。


「ああ、料理人か。アモウ、こいつに教えてやってくれ」


「……ノア・ベッカー、です。サクセスから来ました」


 キツネっぽい耳と尻尾の、目線が同じくらいの男の子に、すごく強張った顔で名乗られる。

 十代くらいに見える。


「よろしくお願いします」


 ちょっと見ない振りはしていたのだけど、コンテナの数を数えて、遠い目になる。

 いやすごくいいことなんだけど。

 多ければ多いだけいいんだから。


 でも大変だ……


 軍人さんたちが火の用意をしてくれている横で、私は引っくり返したコンテナの上に用意してくれていたまな板と包丁を置き、タケノコの皮を二枚はがして先を切って、切り口に切れ目を入れるのをベッカーさんとグリフィスさんとデューラーさんとシュミットさんに見せる。


「それだけですか?」

「はい。これを茹でます」


 ベッカーさんに処理したタケノコを渡す。


「それくらいなら我々でもできますね」

「ええ」


 空軍のお二人がナイフを持って同じように引っくり返したコンテナの上でさっそく取り掛かってくれて、シュミットさんはまだ遠くに積まれたままのコンテナをこちらに運んできてくれる。


「全部同時には無理だな。やり方さえわかれば後はこちらでするから、とりあえず今できる分だけでいい」

「わかりました」


 お米が必要だなと、シン様に一言言ってから中に戻って米袋と油と塩と醤油とバター……少し迷ってからタマネギとカボチャとニンジンの入った袋とコンロ、厨房にある中で一番大きな鍋とそこにお皿やらスプーンやらを入れて持ってくる。


「おっしゃってくださればお手伝いしたのに!?」


 予定外に重い荷物になってしまったら、戻ったときグリフィスさんにぎょっとされて駆け寄られて持たれてしまった。

 そうか、他の人は私を獣人の料理人だと思ってるけど、この人の中では王妃だから……


「でも私は今アモウですし……」


 ちらっと後ろを見るとグリフィスさんの反応にみんなが不思議そうな顔をしていた。

 みんながすごく軽々と重そうなものを運んでいるのを見ると、軍人だから以前に獣人だからというのが大きそうだ。

 そうなると獣人では軍人の中に女一人という状況でも別に重いもの持ってあげようなんて発想にならないのが普通なのだろう。


 グリフィスさんは困ったような顔になった。


「アモウさん、この後どうすれば」


 ベッカーさんに声をかけられて、そっちに行く。


 タケノコとお米一掴みをお鍋に入れて、水で満たし、火にかける。

 今回は熱ではなく正真正銘火だ。

 二百ミリリットルのペットボトルサイズの瓶から大きなお鍋一杯の水が出てくるのがすごく不思議だ。

 間違いなく魔法道具だろう。


「沸騰するまで強火で、沸騰したら弱火で一時間アク……白い泡みたいなのを取りながら茹でてください」


「わかりました」


「強火?」

「弱火?」


「こいつらにそんな概念ないぞ」


 ベッカーさんは簡単そうでよかったというホッとした様子が見えたのに、小隊長さんたちには首を捻られてしまった。


「……し、陛下はでもあの加熱板?の温度調節してたじゃないですか」


 チキンスープを温めるとき、最初は強めで温まった後は弱くしていた。


「俺は魔法道具作るから、便利さを考える分そういうことも考える。こいつらはとりあえず焼いて火が通ればいいと思ってる」


「……えぇ」


「……やり方さえわかれば自分が彼らには説明します。そこまで王妃様の専属料理人にさせるのは」


 “アモウ”がどういう立場なのかよくわからないけど、ベッカーさんにはそう言われたので、もう任せよう。


「どうしてそれを持ってきたんだ?」


 シン様はグリフィスさんが持ってくれたままだったお鍋と野菜が入った袋を指差す。


「あ、晩ご飯作ろうと思って」


 ニンジンを持って、思い出す。


「どうした?」

「土が付いててまだ洗ってないニンジンって、土の中に戻すと長期保存できるって聞いたことあるけど、ホントかな」

「まだ土、付いてるな」

「はい」


 顔を見合わせる。

 高いところにあるシン様を見上げたらフードがずり落ちそうになったので慌てて下げる。


「試してみるか」

「あの花壇の横はどうでしょう」

「庭も含めて、離宮はお前の好きにすればいい」


 庭も好きにすればいい範囲らしいので、私はニンジンの葉の部分を切り落としてからそこに行き、花壇の横にしゃがんで手で穴を掘ってニンジンの頭が少し見える程度で埋める。

 一本は普通にその横、レンガの上に置いた。


「普通に置いておいた場合と比較してみましょう」

「ああ」


 戻って、切り落としたニンジンの葉を捨てようとしたところで止まる。


「今度はどうした」


 そう聞くシン様はどこか楽しそうな気がした。

 こういうのはなんでも味噌汁に入れておけば間違いないんだけど、お味噌がない。


「私ニンジンの葉っぱって捨てちゃうんですけど、食べられたなと思って」


「こちらで引き取りましょうか。王妃様にお出しするわけにはいかないでしょうし。王宮なら欲しい人はたくさんいると思います」


 ベッカーさんにそう言われる。


「ホントですか? じゃあそうしてもらおうかな。あ、茎レタスの葉もたくさんあるんですけど、よければそれも」


「あの苦い野菜食べられたと聞いて驚きました! あ、もちろん頂きます」


 引き取り手も見つかったので、ニンジンの葉は捨てずに置いておく。

 皮は、いいか。

 

 あ、そうだ。


「陛下、鶏肉はもう使わない方がいいですか?」

「王宮に行けば今日の分がまだ残っているはずだ。この人数の夕食が浮くんだから、使っても構わないだろう」

「牛乳も」


「エデル」

「はい」


 グリフィスさんは空軍の人だろう翼の生えた人に王宮から鶏肉と牛乳を持ってくるように言うと、その人はすぐに飛び立つ。

 なんだかちょっと盛り上がった声が聞こえた。


「……お肉使って大丈夫でした?」


 これは今日は食べられるはずのなかったお肉が食べられる盛り上がりでは。


「大丈夫のはずだが。こいつらの夕食になるはずだった分の食材が代わりにそっちに回って、俺の昼と夜の分も余っているわけだから」


「それならいいんですが」


 お肉を待っている間に、野菜を洗って、タマネギの皮をむき、捨てようとして、そういえばこういうのでも出汁が取れるんだっけと。


 私はもう一つ鍋とコンロを持ってきて、そのお鍋にタマネギの皮を入れる。


「え、それも食べるんですか?」


 ちらちらとこちらの様子を見ていたベッカーさんに、思わずといったふうに聞かれる。


「直接食べるわけじゃないんですが、出汁が取れないかなと思って」

「ダシ?」

「もしうまくいったらお裾分けしますね」

「ありがとうございます?」


 説明が難しくて、できてからどういうものか言おうと、今は流す。


 次にカボチャを、全体重をかけるがなかなか切れない。

 待って、これ獣人がこんなのに手こずってたらおかしいんじゃ……

 カボチャが固いのはそれはそうなんだけど、リサーナがひ弱なのもありそう。


「貸せ」


 シン様はスパンとあっさり真っ二つにした。

 お見事……


「……ありがとうございます」


 種とワタを取り除いてタマネギの皮を入れたお鍋に入れる。

 横に半分に切られたカボチャを切り口を下にして、縦に……切ろうとしたらシン様に包丁を取られ、またスパッと切られる。

 次はそれを一センチくらいの薄切りにして、てんぷらサイズにしたら更に半分に切る。


 ニンジンは一口大に切る。

 ヘタはお鍋に入れた。


 タマネギを切ろうとしたところで風が吹いたのでシン様を見上げたら、またフードがずれたので、今度はシン様にフードを下げられる。


 おかげさまで今度は涙は出なかった。


 野菜くずが入ったお鍋に水を入れて、火にかける。

 少し考えてからお酒を少し入れた。

 こういうのはお酒を入れるといいって相場は決まってるんだ。


 そんなことをしていたら鶏肉と牛乳が届いたので、お礼を言って受け取り、鶏肉を一口大に切って油をひいた鍋で焼く。

 そこに野菜を入れて、塩を振り、少し交ぜてから蓋を閉めて蒸し焼きにする。


 ネットでルーもコンソメも使わないシチューのレシピを公開してくれていた名前も覚えていないプロのシェフさんありがとう。

 そして一人暮らし生活の中でルーもコンソメもないけど作ってみた過去の私ありがとう。


「そうだ箸だったな」


 シン様はタケノコと一緒に数本持ってこられてあった竹を三十センチ分くらい持ってくると、この場で箸の形に整えてくれる。

 ナイフですごく器用に綺麗な形になっていく。


「これでいいのか?」

「はい! それで、もう少し長めのものもできれば……」

「こんなものいったいどうするんだ」


 シン様は不思議そうにしながらも作ってくれる。


 やったー、お箸ー。

 菜箸ー。


「アモウさん、そろそろどうでしょう」


 ベッカーさんにそう言われ、鍋の中を見る。


「竹串で刺してみてスッと通ったらいいです」


 竹串がないので箸で刺してみる。

 そんなものの道具を王様に作らせたのかという周囲の視線が刺さる。

 そうではないんです……


「いいですね! 火を止めてください。あ、できれば他のお鍋のものは一晩そのままで」


 シュミットさんに火からお鍋を下ろしてもらって中のお湯を捨ててもらったら、他の軍人さんたちが他のお鍋もそうしてくれそうになったので止める。


「このまま置いておくんですか?」

「その方がえぐみが抜けるそうです」


 へー、という反応はベッカーさんだけで、他の人たちはなんかわからないけど触らんとこ、という感じで火だけ消す。


 これから食べるお鍋一つ分だけを水で洗い、皮をむいて、同じようにしてもらっている間に私は自分で最初にそうしたものを薄く輪切りにした後一口サイズに切ったものを蒸し焼きにしていた野菜に加えて小麦粉を入れて木べらで混ぜながら炒め、粉っぽさがなくなったところで牛乳を加え、一先ずシチューは置いておく。


 そうしている間に他のタケノコも綺麗に処理された。


「では試食会をしましょう」


 わー! とか、おー! って声が上がる。


 ベッカーさんとグリフィスさんに薄切りにしたものを一切れお皿に乗せて差し出す。

 二人はまじまじと見た後、それを手に取って口に入れた。


「半信半疑でしたが、本当に柔らかくなるんですね」

「まさかあの竹が食べられるとは」


「美味しいんですか?」


 吟味するように食べる二人に、デューラーさんが尋ねる。


「食感が新鮮で、美味しいと言えば美味しいですが、淡泊と言えば淡泊です」

「味ってほどの味はない」


 ベッカーさんの感想の後にグリフィスさんが一言。


「まあ不味くないならいいです」

「だな」


 そんなデューラーさんに、シュミットさんも同意……


「軍人の基準はそんなものだ」

「……みたいですね」


 自分たちも食べたいと言う他の人たちにベッカーさんが切ってあげている横で、私はくず野菜を茹でていたお鍋を下ろしてそのコンロにフライパンを置き、油をひいてタケノコを焼く。

 焼き色が付いたところで醤油を入れると、ジューッという音と香ばしい匂いにみんなこっちを見た。

 最後にバターを入れるとみんな寄ってくる。


「陛下、どうぞ」


 一切れ乗せたお皿とフォークを渡す。

 シン様が食べる様子をみんながじーっと見てるのが少し面白い。


「いつもながら美味しい」


「よかったです」


 さっきと同じようにベッカーさんとグリフィスさんにまず食べてもらう。


「すごい食欲をそそる匂いがする」


「さっさと食え、後ろが詰まってる」


 どこかそわそわとした様子のシュミットさんに背を叩かれて、ベッカーさんは口に入れる。

 目を見開いた。


「美味しい! ビックリするくらい美味しいです! なんて言ったらいいんだろうこの味、すごく完成された味する。サクセスにいたころに醤油は何度か見たことありますけど、こんなに美味しいなんて」


「これは……こうして食べないともったいないと思うな」


 グリフィスさんも食べたのを確認して、我先にとみんながフライパンに手を伸ばすので大きな人たちに潰されそうになったのを腕を引かれてぎりぎりで救出される。

 背中がぶつかって、後ろを見る。


「あ……シン様、ありがとうございます」


「あいつらこれから毎日あれで食うな」


 第二陣をベッカーさんに強請っている人たちを見て、笑って言うシン様は、まるで子どもを見るようで、ほとんど年上だろうになぜかそんなふうに思った。


 この人は王で、この国のすべての人たちの責任を負っているのだなと、急激に実感する。


「醤油を買わないといけないですね」

「今まで手当たり次第に買い集めていた分をそこに回せばいいだけだから問題ない。これからはお前の意見を聞いて買った方が効率的だな」

「提案がいくつか」

「俺もいくつか話がある」


「アモウさん!」


 軍人さんに囲まれたベッカーさんに呼ばれてそちらを見る。


「えぐみは十分取れていると思いますが、他のお鍋の分も使ってはいけないでしょうか。これが夕食代わりだと、さすがにこれだけでは」


「それは構いませんが、その前にこっちを」


 もうできているだろうシチューのお鍋の蓋を開ける。

 いい香りが辺りに漂う。


「これは、なんですか? ミルクスープ?」

「シチューです」


 木皿によそって、スプーンと一緒にシン様から、グリフィスさんやベッカーさんにも配る。


「熱いので気を付けて」


 グリフィスさんとベッカーさんはスプーンですくって口に近付けたところで熱さを感じてか止まるが、シン様は躊躇なく口に入れる。

 

「……極寒の日に、食べたくなる温かさだな」


 その感想に、みんなはどこか不思議そうで、でも寒い日に食べたくなる料理というのはすごくわかる。

 冬に外で食べる熱々のシチューなんてきっと格別だ。


「温かくて、優しい味がする。砂糖じゃない、甘さがする。美味しい……寒さが苦痛じゃなくなった気がする。美味しい」


 ベッカーさんは何かを噛みしめるように、シチューを食べる。

 空気がしんみりとした。

 この島の環境の過酷さと、獣人の今までの苦労が、垣間見えた気がした。


「体が温まりますね。これからの季節にすごくいい。材料もフローレスからもらったものとこの国にあるものだけだから、みんな作れる。この冬の牛乳を配る日はこれを食べる日になりそうです」


 グリフィスさんは自分たちもとお鍋の周りに集まる人たちに苦笑をこぼしながらそんな目線で感想を言う。


「牛乳を配る日?」

「食料関連は基本国主体でやってるからな。肉も牛乳もタマゴも国からの配給品だ」

「あ、なるほど」


「極寒は、ただただ耐え続ける日々だ。家族で身を寄せ合って、わずかな食糧を分け合って、耐え続けるつらい日々。気兼ねなく、こういうものを食べられる日々になれば、それはどれほど幸せだろうか」


 特別裕福だったわけでもないけど、特別貧乏だったわけでもないあの世界での二十年で、私はエアコンが故障した日すら経験がなくて、一人暮らしで冷蔵庫の中がほとんどなくてもコンビニに行けばお腹が満たされる日々で、だから、想像はできても、本当の意味では想像もできない環境なのだろうなと思う。


「王様がフローレスの王女と結婚してくれてよかったと国民に思ってもらえるように頑張ります」


 そう思われているうちは、決して“リサーナ”を殺さないだろうから。


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