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軍とタケノコ 1

「冷蔵箱とは逆に温かい箱ってないんですか?」


 ボウルを洗いながら、なぜか布巾で拭いてくれている王様に尋ねる。


「あるぞ。保温箱も加熱箱も」

「あるんですか!」

「ああ、ここにもあるはずだから好きに使え。冷凍箱も持ってきてやろう」

「ありがとうございます!」


「そうだあと本だったな。もう先に持ってこよう。すぐ戻る」


 あ、そういえば本貸してもらう約束だった……と思っていたらシン様は厨房を出ていく。

 すぐ戻るってことは、夕食のときに持ってくるんじゃなくてすぐに持ってきてくれるってことかな。

 じゃあ今日の午後は本読もうか。


 全部洗って片付けたところで、私は改めて厨房を見渡す。

 言わばここは私の仕事場だろう、シン様が戻ってくるまで端から全部見てみよう。

 

 保温箱と加熱箱と思われるものはすぐに見つかった。

 保温箱はちょうど学校の机サイズに丼ぶりがギリギリ入りそうな高さの箱で、加熱箱はまさにオーブンレンジのサイズ感。

 だけど普通の箱の形なのが不思議だ。

 二つともいつも使っている入ってすぐ左側のテーブルに持っていく。


 加熱箱はいつも使っている、厨房に入ってすぐ左側のテーブルの、部屋の奥側に置く。

 食器や調理器具などの中から使いそうなものもそのテーブルの周辺の棚や引き出しに集め、逆に使わなさそうなものは部屋に入って右側の方に移す。


 食材は左側に三つ並ぶテーブルの真ん中のテーブルの上に置く。

 冷蔵箱と、扱い方がわからないという食材が入れられた木箱一つ、イモたち、茎レタスの葉、卵、お米、小麦粉。

 牛乳とバターとチーズに、スノウプラムのお酒とお酢とジャム、塩と油、そして砂糖と醤油。


 そしてタケノコ。


 晩ご飯には何を作ろう。

 国民の大半が囲炉裏で、冷蔵箱やコンロや加熱箱はないというのは考慮したいけど、それはそれとして獣人に味や健康を意識させたい。


 あ、そうだ、とりあえず残ったご飯をお皿に移して保温箱に入れて、アク抜きしたタケノコを水に浸けて冷蔵箱に……うん、入らないですね。

 まあ今日の夕食で使い切れば痛むなんてこともない。


「自分で動かしたのか」


「っ!?」


 ビックリした。

 振り返るとシン様が戻ってきていて、いつの間にとなる。


「重かっただろ」


 加熱箱のことかな?

 シン様はおそらく冷凍箱だろうものを冷蔵箱の横に置く。


「人間そこまでひ弱じゃないですよ」


 タケノコを持とうとしたときと同じ何か言いたげな視線を感じる。


「本は部屋の前に置いておいた」

「あ、はい、ありがとうございます」


「それとこれはミリアがお前に頼まれて用意していた今ある食材だ。茎レタスのように食べ方のわからないまま腐ってしまったものもあるから、集めたすべてではないが」


 大きな布袋を二つ、食材を集めておいた真ん中のテーブルに置いてくれる。


 私は大きな塊が入っていそうなごろごろした方から袋を開ける。


「少しトラブルがあってミリアが数日来られなさそうだから、他のやつを来させる」

「え、何かあったんですか?」


 タマネギだーと袋から出したところで、私はタマネギを持ったままシン様の方を見る。


「冬の初めは毎年のことだが、体調を崩した者が多く出て協力を求められたようだ。ミリアは少し手伝ってすぐ戻ってくるつもりだったみたいだが、俺がそっちを優先しろと言ってきた」

「それはもう、そちらを優先していただいて。私別に一人で生活できますので」

「……リサはそうでも王女のリサーナはそうだとおかしいだろ。ミリアが戻ってきたときどう誤魔化すつもりだ」

「あ……ミリアがいなくて大変だったアピールでもしましょうか」


 ため息を吐かれた。

 でももうすでにだいぶ怪しい行動はしてしまっている気が。


「慎重に選ぶ必要があるから少し待て」


「そういう体調不良は魔法で簡単に治せないんですか?」

「そんなに万能じゃない」


「風邪ですかね」


 日本でも季節の変わり目は体調を崩しやすかった。

 こんな環境変化の大きすぎる島だとそれは体調も崩すだろう。


「そういうものだな。この島で生まれ育った者はまだ慣れているが、今は外から移ってきた者も多いからな。例年の何倍という数になりそうだ。だからミリアも急遽駆り出されることになった」

「……大変そうですね」

「お前は大丈夫か?」

「ここは温かいですしね」


 部屋は薄着でも快適、厨房も上着を切れば十分、廊下でも外とは比べ物にならない。


「人間のことはわからないから、何かあれば言えよ。俺は特に体が強い方だから、余計に感覚がズレている」


 そういえばたいして防寒もしていないのに外でも余裕そうだったな。


「シン様は寒くもないんですか? それとも寒いけどこのくらいなら全然大丈夫?」

「そっちだな」

「じゃあ晩ご飯は温かいものにしましょう」


「いや、俺のことはいいから、タケノコで誰でも簡単に作れる料理を作ってくれないか。お前には微妙でも、獣人基準で料理と言えるくらいのものならいい」

「わかりました」

「これから軍人連れて掘ってくる」

「え、これからですか?」

「伸びたらもう駄目なんだろ?」

「私の知ってるタケノコはそうですね」

「なら定期的に掘りにいくべきだろう。最初は俺が同行するしかないから、もう今日のうちに行ってくる」

「あ、でもえぐみ抜きは……」


 シン様も、あっ……という顔になる。


「料理人を一人呼んで教えるという方法はあるが、王と王妃とそいつの空間は……ミリアくらい地位の高い者ならともかく」

「……その人かわいそう」


 シン様がじーっと見てくるので、私は首を傾げる。


「獣人の振りして出るか」

「こういう獣人もいるんですか?」


 シン様みたいな翼もミリアみたいな角も何もないけど。


「魔人なら一時的に翼や角を消せるから人間と見分けがつかないということもあり得るが、そうじゃない獣人で何の特徴も見えないというのはあり得ない。というよりそれはもう分類上人間ということになるからな」

「じゃあ魔人の振りを?」

「それは無理だ。魔人は顔が割れてる」

「え、じゃあどうやって」

「寒さに弱い獣人の振りをして防寒着で獣人の特徴が隠れていることにしよう」

「あー」


「西方の国から最近シュトラールに来たばかりの、リサーナの料理係ということにしよう。タケノコを掘ったら離宮に来るから、庭で調理してくれ」

「わかりました」

「そんなに時間はかからないと思うから、部屋で本でも読んでいてくれ」


 と言われたので、シン様が行ってから部屋に戻れば、部屋の前にシン様が言っていた通り本が積まれてあったので、それを持って部屋に入る。

 快適な温度なので上着を脱いで、ベッドに腰かける。


 本は五冊あった。


 『農業の基本』『フローレスの農業』『最新農業』


 三冊をパラパラめくってみて、環境が違いすぎて参考にならないと投げ出したらしいこの本を集めた人の気持ちがわかった。

 当然だけどこの島の過酷な環境なんてまったく想定されていない。


 残りの二冊、『野菜図鑑』と『果物図鑑』にはきっと農業の本なんて見てもどうにもならないから、せめてものというのが見える。


 図鑑を見た感じ、野菜などはあの世界とそこまで変わらないようだ。


 全部ザっと見た後、一応一冊ずつ最初から読む。

 ところどころ理解できないところや納得しがたいところ、意味がわからないところがあるけど、これは私の知識不足はもちろん、あの世界の理論とのズレもありそうだ。


 最新農業が全然最新に感じないのと出てくる道具の感じから、やはり科学技術はそこまで発展していない世界らしい。


 ジャガイモは春に植えるって書いてあるけど、春って、この島の春でも大丈夫?

 こういう本ってその国の環境前提だから他国じゃ意味ないんじゃ……


 輸入と技術の発展によって一年中なんだって食べられたのって、今思えばすごかったんだな。

 ビニールハウスとかあれば季節関係なく……あれ、ビニールハウス、いや温室って、可能なんじゃ。


 だって私は今冬なのにこんなに快適な部屋の中にいるわけで。

 温室栽培の可能性について考えこもうとしたところでノック音が聞こえ、ビクッとする。


「はい!」


 思わずちょっと大きな声が出てしまった。


 ドアが開いて、予想通りのシン様が部屋に入ってくる。


「あまり上質なものではないが、軍のコートが一番隠れるだろう」


 黒色の大きなコートを渡される。

 着てみると膝が余裕で隠れて、フードを被ると下に引っ張らなくても鼻まで隠れてしまった。


「髪と目の色は知られているだろうから隠した方がいいだろうな」


 そう言われたので一度フードを取って髪をコートの中に入れて被り直す。


「空軍の大将に合わせるから、まだいい」


 シン様にフードを取られる。

 部屋を出るシン様の後をついていく。


「大将さん?」

「お前の顔を知っているから隠すのは難しい」

「あ、なるほど」

「ミリアと同じく穏健派の中でも特に穏やかな性質の魔人だから安心しろ」


 軍の大将って聞くとそういうイメージの対極だけど、どういう人だろう。

 空軍って言うとやっぱりシン様みたいに翼が生えてるのかな。


 なぜか着いた先は厨房で、中には一人だけ、翼なんてどこにも見当たらない、明るい茶色の猫っぽい耳と細い尻尾に、茶髪に茶眼の、二十代前半くらいの男の人がいた。


「あれ、空軍って」


 その人はハッとしたような顔になって跪く。

 ちょっと、えっ……となるけど、そういえば私一応王妃だった。


「こいつが空軍の大将だ」


「シュトラール国空軍大将、エデル・グリフィスです。リサーナ様にはこちらの姿の方が見覚えがあるでしょうか」


 大きな翼がバサッと背中から突然現れて目を見開く。

 悪魔みたい、なんて思ったシン様の翼とは違って、鷹とかそういう系統の翼だ。

 顔を上げたその人の目は茶色というより、シン様と似ている、金色に見えた。


「お前は普段の姿は大将に見えないからな、リサーナがわからないのも無理はない」


 あ、そっか、リサーナの顔がわかるということは、会ったことがあるということで、私が知らない人みたいな反応しちゃうとおかしいのか。


「すみません、以前は緊張していて、それどころではなかったというか」


 この国に来たときに関わったであろう人たちまとめて曖昧でもおかしくない感じにしておこう。

 グリフィスさんはぽかんという顔をした。


「それは……無理もありません。気も張られていたでしょうし」


 シン様が立てというジェスチャーをすれば、グリフィスさんは立ち上がる。

 翼が消えて、私はまじまじと見てしまった。

 目の色も気付けば茶色に戻っている。


「後天的に翼が生える魔人は珍しくて今はエデルしかいない」

「へー」

「ちなみに年上だ」

「そうでしょうね?」

「俺よりな」


 目をパチパチとさせる。

 え、私……リサーナよりじゃなくて?

 グリフィスさんの方を見たら苦笑をこぼしていた。

 なんだかその姿は、確かに年上感があった。


「一応、二十六です」


「シン様より三つも上なんですか!?」


 いやそれでも大将にはすごく若い気もするけど。


「よく舐められているが、これでも一応軍人の中では最強の魔人だ」


「シン様より?」


 今度はシン様にぽかんとされた。


「まさか。陛下は格が違います」


「そこまでは言わないが、まあ、一応力で王になった人間だからな、俺は」


 なるほど、獣人の王に強さの比較を尋ねるのはナンセンスだったのか。


「グリフィスさんもタケノコ掘りに?」

「ああ。それでお前がそういうことに詳しいという話をしたら聞きたいことがあると」


 シン様からグリフィスさんの方に向き直る。


「フローレスから提供してもらっている食材についてはご存知でしょうか」


 これ知らないって答えて大丈夫なやつかな。

 知らないのおかしくないか?


「小麦粉何割、野菜何割くらいの要求しかしていないって聞いてますけど」


 シン様をちらっと見る。


「ええ、ですが……直接的なやり取りは陛下ではなく私が向こうの担当の方としたんですが、その方に、野菜はなんでもいいのかと聞かれまして、なるべく調理しやすくて保存が効くものと、私の独断で」


「すごく妥当な要望ですね?」

「ああ」


 何も問題のないやり取りに思える。


「それで、これに……」


 昼間出したままだったタマネギを手で示される。


「タマネギだけ!?」


 いや確かに要望通りだけども。


「あ、いえ、そういうわけではなく」


「三種類だ」


 シン様はタマネギが入っていた方の布袋の中身をすべてテーブルの上に出す。

 言った通り、三種類が数個ずつ入っていた。


「タマネギとカボチャとニンジンですか? 要望通りに思えますけど。全部焼くだけで食べられますし、長持ちもします」


 グリフィスさんはどこか嬉しそうな顔をした。


「本当ですか。とても話しやすい方で好感の持てる方だったんです」


 グリフィスさんの言葉には、人間にしては、というのが察せられた。

 そしてミリアと同じく穏健派の中でも特に、というのがわかった気がする。

 この人は、その人間を、信じたかったのだろう。

 いい人であってほしかった。


「フローレス王も獣人に嫌がらせできるような度胸の持ち主ではなさそうだしな。食べ慣れていないものへの忌避感と人間への嫌悪が合わさって疑惑が生まれただけだろう」


「タマネギは獣人の口には合わなかったんですか?」


 二人の視線が私に向く。


「この様子ではやはり嫌がらせではなさそうだ。人間は普通に食べているようだから」

「普通に食べますね」


「……ということはただ獣人には合わなかったということでしょうか。しかしそうなると困りました……全体の二割分が無駄になってしまったということになります」


「生で食べると辛さがありますけど、焼いたり煮ても駄目でした?」


「生で食べたことはないですね。焼いて食べました。味は問題なかったんです」


「あの……獣人への差別的な言葉に詳しくないので、これがそういうものにあてはまってしまうかわからなくて、もしそうならそういう意図はないことと、今後は気を付けることを誓った上で発言させていただきたいんですが」


「構わない、なんだ」


「タマネギって一部の動物には毒になりますが、そういうことですか?」


 二人は顔を見合わせた。


「……そういう、ことなんでしょうか」

「人間は問題ないのか。いや、普通に食べると言ったな」


「人間には問題ないですね」


「……どうしましょう。大きく体調を崩すわけでもないから軍で無理をして食べていました。僕たちは毎日毒を摂取していたんでしょうか……」

「……今すぐ食べるのをやめろ」


 大きく体調を崩すわけでもない?


「あの、もしかして、タマネギを調理するとき涙が出ます?」


 グリフィスさんが青ざめる。


「やはり毒ですか!?」


「いえ、それは大丈夫です」


「…………え?」


 グリフィスさんはぽかんとなる。


「……それは、大丈夫?」


 シン様にも再度確認される。


 私はタマネギを一つ取ると、まな板と包丁を持ってくる。


「ちょっと離れていてください」


 怪訝そうな二人に距離を取ってもらい、タマネギの普段捨てる茎の部分を適当に切りまくる。


 うぅ……つらい。

 こんなに涙って出るものだっけ?

 リサーナの体が耐性ないから?


 包丁を置いたところで腕を掴まれて顔を上げれば、強張った顔のシン様がいた。


「……お前」


「このように人間もこうなります。グリフィスさん、獣人の症状もこれですか?」


「は、はい、そうです」


「普通に食べると言っただろ!?」

「普通に食べますよ」

「……はあ?」

「タマネギは切ると涙が出てきますが、ごく一般的な食材の一つです。人にあげるとしても、わざわざ涙が出るので気を付けてくださいなんて忠告もしません。あ、ジャガイモも芽は毒なので食べるときは絶対取り除いてくださいね。それはタマネギと違って大丈夫じゃない毒なので」


「……泣きながら調理するのか?」

「水に浸けたまま切ったり、切る前に冷やしておいたりすると涙が出ないって聞いたことありますね。あと切ることで涙が出る物質が空気中に漂うのが問題なので、風で流すといいと思います。だから外で調理するといいですね」


「こういうことですか?」


 グリフィスさんが手をこちらに向けると、扇風機を向けられたくらいの風が吹く。


「そうです」


「ありがとうございます! これからはそうしてみます!」


「問題が解決してよかったです。タマネギは風通りのいい涼しくて暗い場所に置いておけば半年くらいは余裕で持つので、次に船が出せるまで持ちますし、すごくいい食材だと思います」


「本当ですか!? ではそのように伝えておきます」


「……実践して見せなくてもいいだろ」


 しかめた顔で、シン様に涙を拭われる。


「わかりやすいかと思って」

「口頭でも伝わる」

「でも毒という言葉を使ってしまったので。これは大丈夫と、実際に人間がやってみた方がモヤモヤしなくていいかなって」


 大きな溝と壁がある上の関係だから。


「……体に害がないというのはわかったが、つらそうに見える」

「刺激物質ですからね。痛いです」


「ミリアを呼んできましょうか」


「そんな大げさな。体調を崩している人がたくさんいるときにこんなことで治療なんて絶対駄目ですよ。グリフィスさんの相談はこれだけですか? それならタケノコの下処理に行きましょう」


 グリフィスさんはどこか困ったように、シン様を見た。


「俺たちだけ先に戻ってきたからタケノコはまだだ。ついでだからタマネギの簡単な料理でも教えてやってくれ。そういう事情で軍でしか食べてないんだ。馴染みがない上にそういうものなら、一般人には回しづらいし、これからも軍と王宮で、ということになるだろう」


「輪切りで焼くのが一番簡単な食べ方でしょうか」


「今はその食べ方ですね」


「チキンスープに入れたり?」


 それももうしているだろうか。


「やってみます」


「小麦粉と油があるならてんぷらもいいですけどね」


「……てんぷら、ですか?」


「今日の晩ご飯てんぷらにしましょうか。グリフィスさんも食べていかれますか?」


 グリフィスさんはすごい困惑した顔でシン様を見る。


「今日の夕食はたぶんタケノコの試食会で終わりだろ」

「あっ……じゃあまた今度」


「……お二人の食事に同席するわけには」


「そんな気を遣う必要があると思ってるのか」

「ミリアも一緒に食べましたが」


「…………」


「そういえばシン様、お箸ってないんですか?」


 食べるのもそうだけど、料理するのもお箸がないとすごく不便だ。


「調理道具か?」

「そうとも言えます」

「どういうものだ」


 泡立て器の絵を描いた水盆にお箸の絵を描く。

 お箸の絵って言っても……という感じではあるが。


「……本当にこれでいいのか? ただの棒にしか見えないが」

「まあ、棒ですね」

「竹製でいいならタケノコと一緒に竹を持ち帰ってくるからそれで作ってやるが」

「ありがとうございます! 竹でも木でもなんでも」


「ところでこれはどうやって食べるのが正解なんだ? 焼いたものしか出ないんだが」


 カボチャとニンジンを指差して聞かれる。


「焼くのも……間違ってはないですが。カボチャは煮物が一番定番でしょうか。ニンジンはもうなんでも。それこそてんぷらもいいですね。焼いたのしか出ないんですか? 王様のご飯でも?」


「大将、昨日の三食教えてやれ」


 グリフィスさんを見る。


「朝パン二つとスクランブルエッグ、昼焼いた豚肉とタマネギ、夜チーズとお酒」


「……嘘でしょ?」


 思わずグリフィスさんではなくシン様の方を見てしまう。


「軍人は仕事が大変な日はたくさん食べていいことになっていますし、王宮からパンなども回ってきますし、空軍は外に出て食料探しを担っている関係で試食もしているので恵まれている方です」


「……獣人ってたくさん食べるイメージでした」

「人間より食べるんじゃないか? 食べるものがないからそうなってるだけで」

「……私だけ気にせず食べてしまってすみません」

「フローレスの王女が腹一杯食べてることに対しての国民の不満はないから別にそこは気にしなくていい」


「そうですね。リサーナ様はむしろ同情されているくらいだと思います」


「もしかしてカボチャとニンジンも焼くだけですか?」

「そうですね」


「凝った料理を教えても意味ないぞ。俺ももとは軍人だからわかる。こいつらはそこに対しての不満はないんだ。軍人には焼いただけで調理済み、が悪口にならないんだから」


「でもシン様と私の味覚は同じだったじゃないですか。獣人の軍人も同じということです」

「……まあ、それが一番美味いと思って食ってるわけではないな」


 この分では試食会でアクを抜いて焼いただけのものを出せば、今後もそれで食べられてしまいそうだ。


「料理係とかいないんですか?」

「隊員の交代制だ。正直誰が作っても変わらない。王宮の料理人も外から来た者がなったくらい元からいた者に料理が上手い者がいなかった。冗談ではなくこの国でお前が一番上手い」

「……私そこまで料理上手でもないんですが」

「人間の基準でどうかはともかく、この国ではすごく得意だと言っておけ。でなければお前の基準が高すぎてもう二度とこの国の誰もお前に食事を出せなくなる」

「……それは困りますね」


 グリフィスさんがずっと困惑のような変なものを見るような、その中によくわからない感情も垣間見える、そんな表情をしている。


「来たな」


 シン様が言うと同時に、グリフィスさんが庭のある方を見た。


「え、シン様どうしてわかるんですか?」

「この離宮の周りには結界を貼ってあるから出入りがあれば俺はわかる」

「へー」


 はあ、なんでもありだな。

 出入りってことは私が勝手に出てもわかるのか。

 出る予定はないけど。


 シン様が行ってしまうのを慌ててついていく。

 グリフィスさんはわざわざ私を待って後を来る。

 王女じゃなくて庶民なんだけど、なんか申し訳ない。

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