タケノコ 2
「王様お昼ご飯食べていかれますか?」
建物の中に入ると外とは明らかに違う温度にホッとする。
「またお前が作るのか?」
「そのつもりでしたけど、もしかして用意されているんでしょうか」
私はタケノコを抱えているので、王様がキッチンのドアを開けてくれる。
「あれ、ミリアいない」
「お前がいない間に用でも済ませにいったんだろう。お前がいるときは基本的に常にここにいるからな」
心配しなくても逃げないんだけどな。
「ミリアの分もお昼ご飯要るかな」
「要らないだろ。まさか王妃が自分の分も用意しているとは思わないだろうから、あいつは自分の分は自分で用意するはずだ」
「王妃」
「対外的にはそこはどうしようもない」
「ご迷惑を」
王妃がこんなところに引きこもっていていいんだろうか。
いや何かしろと言われても無理なんだけど。
「だから王様と呼ぶのはどうかと思うぞ」
「陛下?」
「……リサーナ王女に言われると嫌味っぽいな」
「じゃあシン様?」
「まあ……それで」
タケノコをテーブルに置いて、手を洗い、まず昨日と同じようにご飯を炊く。
お米のとぎ汁は捨てずに、大きなお鍋に溜めておく。
「タケノコは収穫してすぐはアク抜き、えぐみを抜かなくても食べられますけど、一応試してみましょうか」
「ああ」
王様……シン様は手を洗って、帰らず椅子に座るので、シン様の分もお昼ご飯を用意することにする。
料理もそんなにすごい得意ってわけでもないんだけど、実家にいたころは毎年山でタケノコを採って私が皮をむいてお母さんがアク抜きをするというのが恒例行事だったので、やり方はわかる。
一番一般的なのは米ぬかだけど、お米やお米のとぎ汁でも代用できたはずだ。
タケノコを洗って茶色の外皮を二、三枚むき、アクが多いらしい穂先を切り落とし、切り口から一センチほど切り込みを入れ、お米のとぎ汁が入った鍋に三本入れてあの黒いプレートのようなコンロに置いて茹でる。
一本は外皮を完全に綺麗にむいて穂先を切り落として、縦に半分に切って別の鍋に入れて茹でる。
もう一本も同じように皮をむいて穂先を切り落とし、そして小さく切った一欠けらを食べてみる。
「……うっ」
「……そのまま食べるやつがあるか」
採りたてなのに……
無理やり飲み込む。
とりあえず焼いてみる。
タケノコは一先ず一段落したので、次にお昼ご飯……ジャガイモ茹でよう。
もう一つコンロを出してきて昨日と同じようにジャガイモを茹でる。
更にもう一つコンロを出して、タマゴも茹でる。
いくつも同時進行できるってなんて便利なんだろう。
メインは何にしようかと冷蔵箱を開ければ、昨日の残りに鶏肉が増えていた。
ミリアかな?
鶏肉があるなら唐揚げにしよう。
ボウルを三つ持ってきて、一つには水を入れ、残っている茎レタスの葉っぱを浸ける。
もう一つには、鶏肉を一口大より少し大きめに切ったものを入れて、醤油と砂糖とプラム酒を入れて揉み込み、少し置いておく。
「あ、シン様、油ってもしかして貴重ですか?」
どこか面白そうに作業を見ていたシン様はボウルから視線を上げる。
「いや、油はここでも作れるから好きなだけ使え」
「油も自国生産できるんですね!」
「一年中咲いてる花があって、これ食えたら助かると思っていろいろ試した結果、油が採れた。何をどうしても食べれば吐く」
「……なるほど」
無駄ではなかったけど……
「……お手伝いいただくことは」
シン様は手を出してくれる。
なんていい王様なんだ。
三つ目のボウルにタマゴを入れようとして、私は気付く。
「ところでシン様、ミキサーというものはここには」
「どういうものだ?」
「混ぜる調理器具です」
「……専用の?」
「……専用の」
「……悪いが俺にはわからないな。王宮の厨房で聞いてきてやろうか?」
いやこれはなさそうな気配がする……
「あの、泡立て器もないですよね?」
「……泡を立てる専用の道具?」
「金属……あ、いや、木製でもそれこそ竹製でもいいんですけど、細い棒状のものが何本も、バルーン状と言いますか、それで持つところがあって、こう」
ジェスチャーも交えながらどういうものか伝える。
「ちょっと待て」
シン様はキッチンを出ていくと、水に書ける魔法道具を持ってすぐに戻ってくる。
「絵で描け」
私は泡立て器の絵を描く。
絵は特別得意ということはないけど、いたってシンプルな形状でよかった。
「どうでしょう」
「見たことないが、このくらいならすぐに作れるだろ、ちょっと待ってろ」
シン様はまたすぐ出ていってしまう。
今から作ってくれるんだろうか。
え、王様が?
とりあえず私は茹でたジャガイモの皮をむいて潰す作業に入る。
あ、マッシャーも欲しい。
すりこぎ棒や麺棒もないのでお玉で潰す。
たまにタケノコの様子を見て、アクを取って水が減れば少し足す。
ジャガイモを潰し終わって、小麦粉をまぶした鶏肉を揚げ始めたところでシン様は戻ってきた。
「これでいいのか?」
その手には竹製の、どう見ても泡立て器!
「それです! シン様すごい!」
「それで、何を泡立てるんだ?」
ボウルにタマゴ一個、卵白は小皿に除けて、卵黄だけを入れて、塩と酢を入れ、シン様に渡す。
「これを混ぜてほしいんです」
シン様は不思議そうな顔でそれを受け取って座ると、泡立て器で混ぜる。
「あ、そのくらいで」
材料が混ざり合ったくらいで止める。
「……たったこれだけなら別にこんな道具なくても」
「いえ、ここからです。少しずつ油を入れて混ぜまくります」
小皿に取った油から少量をボウルに垂らす。
「……最終的にはその皿の中全部入れるわけだよな?」
「はい」
「……なるほど」
雑な人だとついついドバっと入れてしまいかねないけど、シン様は混ぜてはほんのちょっと垂らしを繰り返してくれるので、私も自分の作業に戻る。
水に浸けていた茎レタスの葉をさっと茹でて適当な大きさに千切り、お皿に置き、そこに唐揚げを盛る。
茹でタマゴの殻を剝いて、潰したジャガイモの入ったボウルに入れる。
私が料理上手ならスープも同時進行して残った卵白も使えていたんだろうけど、私にそこまでの能力はないので、卵白の入ったお皿は冷蔵箱に入れる。
ラップの便利さを、失くして実感した。
仕方がないので布巾をかけて冷蔵箱の蓋を閉める。
「……ところでこれはいつまで混ぜ続ければいいんだ」
油はもう入れ切っていて、私は慌ててボウルの中を見る。
「あ、もう大丈夫です、ありがとうございます」
白っぽくなっていて、ちゃんとマヨネーズのあのくらいの硬さにもなっていた。
シン様から受け取ったボウルの中身をジャガイモと茹でタマゴの入ったボウルに入れ、よく混ぜ合わせたらポテトサラダの完成だ。
私はキュウリが入っているのが好きだけど、キュウリがあるのかどうかもわからないので今日は一先ずいいや。
茎レタスの葉と唐揚げの横にポテトサラダを盛り、シン様の前に一皿移動させる。
二人分のご飯をよそって、フォークを用意し、シン様の対面の席に座る。
「どうぞ」
「今日もよくわからないな」
「唐揚げとポテトサラダです」
よくわからないと言いながら、相変わらず躊躇はせず、シン様はフォークを唐揚げに刺すと、かぶりつく。
目が輝いたのがわかった。
唐揚げって、美味しいですよね。
「……フローレスの王宮で食べた料理より美味いのちょっとどうかと思う」
「ジャンクな感じがお口に合ったんでしょうか」
「鶏肉は今まで腐るほど食べてきたのに、意味がわからない」
「自然な薄味習慣のところに唐揚げなんて食べたら、それはもうって話ですよ」
私も唐揚げを一口。
我ながら上手にできたな。
いや、美味しすぎない?
スーパーの安いお肉じゃなくて過酷な環境で育った新鮮なお肉だから?
「これは何の味なんだ?」
「醤油と砂糖とスノウプラム酒です」
「昨日の生姜焼きと一緒じゃないか?」
「和食、私の国の料理は基本そんな感じです」
「でも違う味だ」
シン様は目の前でまじまじと見てから、二つ目を食べる。
「醤油の代わりに塩でも唐揚げは美味しいですよ」
「それならこの国の一般家庭でも真似できるな」
「シン様も一緒に、どうせなら美味しく派になりましょう」
拳を握って言えば、苦笑される。
「不自由なく食べられる人間が味を求めるのは贅沢に感じられて批判されるのだろうが、お前の場合は、フローレスからの食料提供を国民もわかってるからな。俺のような立場の者からしても、食糧難問題に取り組んだ上でのその考え方だから、素直に受け取れる」
「食うに困る状況では確かに味なんて言ってる場合じゃないとはなりますね」
「捨てられるはずだったレタスを食材にして、食べようなんて思ってもいなかったタケノコを調理しながら言われれば、そんな反論もできない。それに、俺はもう食べてしまったから」
「……?」
「この美味しさを知ってしまった俺が味なんて最低限でいいと言ったら、王だけが知って国民には教えないという図ができる。それはもはや罪悪感すら抱く」
「それは……とんでもない褒め言葉をありがとうございます」
「これは、ポテトサラダと言ったか?」
不思議そうに白い塊を指差して聞かれる。
「はい。潰したジャガイモと茹でタマゴとマヨネーズ、シン様に作ってもらった調味料を混ぜたものです」
あ、フォークじゃなくてスプーンの方がよかったかな。
全部箸でいい日本人なので、よくわからない。
シン様はフォークでポテトサラダをすくって食べた。
「これも美味しいが、正直手間と吊りあってない」
「……それは、何も言えませんね」
冷蔵庫からマヨネーズ出してぶちゅっとして終わりならよかったんだけど。
「味は美味しい。でも昨日のじゃがバターも美味しかったし、手軽さでは比べ物にならない」
「そういう意味ではポテトサラダは庶民食ではなく贅沢食ですかね」
「そうだな」
「ちなみにマヨネーズは」
「ポテトサラダが美味しいというのはあるんだが、マヨネーズの味と言われても……」
「あー……野菜に付ければだいたいなんでも美味しい万能調味料なんですけどね。そっちから試してみればよかったですね。ジャガイモがこの国で生産できるかもまだわからないわけですし」
「……マヨネーズを付ける野菜も国にはないからな」
「……そうでした」
「ジャガイモはお腹に溜まる感じはあるから、作れるといいんだけどな」
「そうですね、ジャガイモは満腹感も得られて腹持ちもいいので、そこもいいです。あと長期保存できます」
「それならフローレスからもらうのを小麦粉の割合を少し減らしてジャガイモを増やそうか。小麦粉は国民に配って腹を満たしてもらうというのが難しいが、ジャガイモなら調理も簡単だ」
「あ、そうですね」
最初に思っていたのとは違う展開になったけど、少しの状況の改善が見えた気がする。
「だがタイミングが少し悪かった。次に船を出せるのは来年の春だ」
「……あ」
そっか、秋が終わったばかり。
たぶんリサーナはその船で一緒にこの国に来たんだろうな。
「これからジャガイモが美味しい季節なのに」
「次の百箱でジャガイモを頼んで、孤児院用にでもするか。国全体にばら撒けば食べ方や保存方法を教えるのが大変だが、一部施設ならそんなにむずかしくない」
「いいですね、それ。じゃあもう少しいろいろ食べ方を……シン様は夜もここで食べられますか? それならジャガイモ料理にしますが」
「そうだな、そうする」
二人とも綺麗に完食したところで「ごちそうさま」と手を合わせる。
「では、タケノコの試食ですね」
「ああ」
食器を流しに置いて、片付けは後にして、まず焼いていたコンロを止めてフライパンの蓋を開ける。
シン様も自分の食器を流しに置いてから覗き込みに来た。
王様が自分で食器片づけるんだ……
「皮をむけばいいのか?」
「あ、はい」
熱いからか、昨日のジャガイモのようにシン様がむいてくれる。
まな板の上に置かれた焼きタケノコを薄く二切れ、一切れずつ指でつまむと、シン様と顔を見合わせ、一緒に口に入れる。
顔をしかめた。
恐らく私も目の前のシン様と同じような顔をしていることだろう。
「……茎レタスの比じゃない」
「……生よりむしろ酷くなってる気がします」
新鮮な採りたてのタケノコならアク抜きをしなくても食べられるはずなのに。
やはりこの島産のとんでも竹だったということだろうか。
無理やり飲み込み、気分は二人とも相当萎えているが、次は茹でたタケノコで同じように皮をむいて薄切りにする。
目を合わせ、一緒に死地に向かうような気分で頷くと、同時に口に入れる。
さっきと同じ顔になった。
「……マシではある」
「でもまだ空腹で倒れそうになっても食べるのを躊躇するレベルではあります」
「というより体が食べてはいけないものだと信号を発してるような気も」
「……そうかも」
テンションはだだ下がりではあるけど、気を取り直して、ちゃんとアク抜きをしたタケノコを皮をむいて洗って、そしてまた一切れずつ持つ。
二人で薄切りのタケノコを乾杯のようにぶつける。
表情は険しいが。
同時に口に入れた。
「「!?」」
顔を見合わせた。
目を見開いたシン様と目が合う。
「普通のタケノコだー!」
ちょっと涙が出そうになった。
「食べられる」
シン様はどこか嚙み締めるようにぽつりと言葉をこぼした。
食糧難の国で、プラムとクルミしか食べられる植物がなかった国に、一年中採れるタケノコが増えたというのは、すごいことだろう。
たかが一つ、されど、一つだ。
「ありがとう」
重みのある礼を言われる。
「夕食はタケノコにしますね」
「ああ、頼む」