タケノコ 1
「あ、私って外に出ていいのかな?」
朝起きて、今まで触っていなかったカーテンを開けて天気を確認し、茎レタスが干せそうでホッとしていたが、ミリアが来て着替えさせてもらっていたときにふと気付く。
「お一人で出歩かれるのは危険ですが、庭までなら大丈夫ですよ。この離宮の敷地内には陛下の許可を得た者以外は入ることを禁止されていますから安全です」
庭までなら一人で出てもいいみたいな言い方だけど、王妃ならよくても王様を殺そうとした人間は駄目かもしれないから王様に確認取ってからにしよう。
でもミリアが何も言われてないならミリアと一緒なら大丈夫だろう。
まあ船も春と秋しか出せないみたいだし、逃げられない島ならもう自然の檻のようなものだしな。
逃げる気ないけど。
逃げる先もないけど。
「茎レタス干すのに庭に出たいんだけど、これ着たら大丈夫かな?」
昨日の朝王様に渡された上着をクローゼットから出して見せたら、ミリアは別のもっと厚手のものを出す。
「こちらの方がいいと思います」
「じゃあこっちにする」
これを着るくらいは本当に普通に冬だな。
室内は大丈夫なので、それは手に持って、ミリアと一緒に厨房に向かう。
「ミリアはもう朝ご飯食べた?」
「いえ、まだです。パンとスノウプラムのジャムをご用意したのですが、リサーナ様はあれほど料理がお上手だと、ご自分で用意される方がいいでしょうか」
暗に、獣人が作ったものは食べたくないだろうかということだけど、そこに嫌味感が一切ないのは、たぶん純粋に私の気持ちを優先すると言ってくれているからだろうな。
リサーナが獣人嫌いだということは知っているんだろうに、獣人は人間に迫害されてきたらしいのに、どうしてこの人はそんな柔らかい笑顔を私に向けられるのだろう。
この人に、リサーナの獣人への嫌悪感が向かなくてよかったなと思うのと同時に、王様に向けられてしまったことが悲しい。
「ううん、食べたい。どんな感じか楽しみだなー」
それは心から。
「あ、島の外で育った獣人が作ったものなので、変わりはないかと」
ちょっと申し訳なさそうに、この国特有のものではないと言われる。
「そういえば建国してから他の地域にいた獣人が集まってきてるんだっけ」
「ええ。フローレスから小麦粉をたくさんもらったんですが、扱いがわからないので募集したところ、フローレスに住んでいた姉妹が。生まれはフローレスではないらしいですが」
保存が効くから、野菜ばかりもらうより絶対いいよね。
そうなると小麦粉はたくさんあるのかな。
「じゃあフローレス流かな」
うん、失言をした。
私はフローレス流なんてわからないのに、そういうことを自分で言ってどうする。
「リサーナ様のお口に合うといいのですが」
それを不安そうではなく笑顔で言うミリアが好きだ。
厨房に入って、手を洗ってから、一番手前のテーブルにつく。
パンが二つ乗った木皿と水が入ったカップをそれぞれに、ジャムの入った瓶とスプーンを一セット並べられ、ミリアが対面に座ったところで私は手を合わせる。
「いただきます」
パンはどちらもロールパンみたいな感じだな。
一つはノーマルって感じ。
もう一つはクルミが入っていた。
「美味しい」
多少歯応えはあるけれど、硬いというよりこういう種類の美味しいパンという感じ。
「よかったです。姉妹にも伝えておきますね。きっと喜びます」
それには苦笑をこぼす。
島の外にいた獣人が、人間のことを好んでいるとは思えないけれど。
そもそも、形だけの王妃としては、複雑だ。
クルミが入っていない方にジャムを付けて食べる。
美味しくないなんてことは決してないけど、ジャムを付けるならもっと柔らかい方が美味しいかも。
個人的にはこの硬さならクルミパンの方が合ってるな。
「ジャムもパンと同じ人が作ってるの?」
「いえ、ジャムはサクセスにいた獣人が作ってます」
いろんな地域から集まってきているのはプラスにも働いているんだな。
「小麦粉とスノウプラムがあれば冬はなんとかなりそうだね。あと畜産物もあるし」
「……小麦粉は完全にフローレスに頼りきっているので、十分な量は」
「……保存期間は大丈夫でも量がないのか」
「それにこの国には浸透していないので、配って終わりというわけにもいきません。パンは簡単に誰でも作れるわけでもありませんので」
「あー……確かに」
一家に一台オーブン……のような魔法道具があるわけでもないだろうし。
まーでも、そっちは私が首突っ込むことでもないか。
ごちそうさまでしたと手を合わせ、食器を片付け、コンテナ一杯分の茎レタスの前に立つ。
「ではまず洗います」
「はい」
何も考えずに私がやるとか言ったけど、これ一人でするのやばいな。
ミリアが手伝ってくれてよかったぁ。
洗うのだけでそんなことを思ってしまう。
「……では皮をむきます」
「……はい」
二人ですることじゃない……
淡々と皮をむいて、ちょっとした山を作ったところで隣を見る。
「ミリアっていいところのお嬢様とかじゃないの?」
なかなかの包丁使いで、同じくらいの山を作っている。
「いわゆる有力一族の娘ではあるんですが、人間の貴族のようなものでは全然ないので。リサーナ様こそ、王女様はこういうことはされないものだとばかり」
「ま、まあ、農業国の王女としては、自国の特産物の扱い方はわかってないとと思って」
「さすがです!」
「ここって麺はないの? パスタとか」
フローレスの話をするとボロが出てしまうのですぐに話題を変える。
「……小麦がなかったので。外にいた獣人の中に作れる者がいないか聞きましょうか」
「あ、ううん、いいの、私が食べたいわけじゃなくてね。この国の食糧事情はどんな感じなのかなって話」
「小麦粉などの外から調達してきたものは王宮や軍で消費して、その分の食材を民間人に回しているという感じですね」
「一般の人の調理設備ってどんな感じなの? 魔法道具ではないんだよね?」
「囲炉裏です」
「あ、そういうタイプ」
「パンが日持ちするならいいんですが、すぐに硬くなってカビも生えて」
あれ、中世ヨーロッパ風のファンタジーではパンは保存食の定番だったけどな。
硬くて美味しくないイメージではあったけど。
「そういえばさっき食べたパンって、茶色だったね」
「そうですね?」
私のその言葉にミリアは不思議そうな顔をする。
「黒いパンってないの?」
そうだ、硬くて美味しくない保存食は黒パンで、確か白パンは柔らかくて美味しいみたいな感じだった気がする。
「見たことないですね。姉妹に聞いておきます」
「あ、そうだ、お米って昨日のあれだけ? もちもちしたのとかない?」
お餅!
お餅なら配りやすいし日持ちするし囲炉裏で焼いて食べられる。
「もちもち、はわからないですが、種類はいくつかあった気がします」
「全部見せてもらえないかな」
「わかりました。では明日少しずつすべて持ってきます」
「ありがとう! お願い!」
そんな会話の中でも淡々と作業を続け、皮をむいた後細切りして、二人で達成感を覚えながらザルに適当に並べる。
茎レタスは初めてだけど、お母さんとおばあちゃんが切り干し大根を作っていたのを手伝ったことを思い出す。
上着を着たら、平らなザルを三つずつ重ねて、二人で外に出る。
そういえば、外に出るのは初めてだ。
思うことと言えば、めちゃくちゃちゃんと冬だなという寒さと、綺麗な庭だなということくらいだけど。
「ここで大丈夫でしょうか」
置ける場所なんてほぼなく、辺りを見渡した後ミリアはベンチに言う。
「うん、ここにしよ」
二つ並んだベンチにそれぞれザルを三つずつ並べる。
「重しがあった方がよかったでしょうか」
「今は大丈夫そうだけど、風強くなるとひっくり返ったりしそうだよね」
「何か持ってきましょうか」
「これからもこういうのするならもう専用の干すの欲しいね。上から吊るしたいかも。周りネットで覆って」
「話しておきます」
「でも晴れてるからよかっ」
空を見上げて、びっくりして目を見開く。
「もう終わったのか」
いやそりゃ、翼はあったけども。
いざ飛んでいるのを見るとびっくりするな。
目の前に降り立った王様は、想像していたより大きな黒い翼を畳みながら何事もなく言う。
「……お、終わりました」
「それなら少し付き合え」
「なんですか?」
「お前昨日タケノコ?の話をしていただろ」
「ああ、はい」
「ここにも竹はある。食えるものだと思っていなかったから試したことがない」
「あ、なるほど、わかりました」
王様がミリアを見て、ミリアは笑顔で頷く。
なんとなくミリアは一緒に行かないのだとわかった。
「少し距離があるから飛んで」
王様は一歩近付いて止まった。
「すみません、飛べないです」
「それはわかってる。運んで構わないか?」
「お願いします」
「……抱きかかえて大丈夫か、と聞いているんだが、わかっているか?」
考える間もなく返事をした私に、王様は再度確認してくれる。
「ど、どういう感じでいきましょう。翼があるのでおんぶしてもらうわけにはいかないですよね」
ため息を吐かれた。
「気にした俺がバカだった」
抱きあげられ、もう記憶もぼんやりとした小さな子どもの頃以来のそんな慣れないことに、思わず抱き着いてしまう。
お姫様抱っこというより王様の腕に座っているような形で、肩に手を置いて離れようとしたところで急上昇……飛び立たれ、私はもうしがみつくしかない。
怖いのか何なのかもはやよくわからず、ただ必死にしがみついていたら、体感時間としてはすぐと言えるくらいで地面に降りる。
感覚がおかしくてふらっとしたのを支えられて王様を見上げたところで、この人にしがみついていたのかと思うと恥ずかしくなってくる。
「……すみません、ありがとうございます」
「お前の知っている竹と同じか?」
そう聞かれ、周囲を見る。
目の前には竹林が広がっていた。
竹というものには和の雰囲気が感じられて、なんだか少し落ち着く。
「少し太いような気はしますが、私の思う竹と同じです。でもタケノコは春に収穫するものなんですが」
「一年中新しく出てくるが」
「……冬にプラムが生るのも普通ならおかしいですし、とんでも竹ってことですかね」
「これを採ればいいのか?」
王様は腰の辺りまで伸びているものを指差す。
「あ……えーっと、あれです、あんな感じのものがいいです」
地面から頭がほんの少し見えているだけのものを指差す。
「あのくらいじゃないと駄目なのか。小さいな……」
「タケノコは掘って採るんです。だからそんなに小さくはないと思いますよ。あ、道具が……」
手だけでタケノコ採るの大変だな……
「どのくらい掘るんだ?」
「え? こ、このくらい?」
両手で二十センチくらいの幅を示す。
王様はタケノコのそばにしゃがむと……ズボッと手を地面に突き刺した。
嘘でしょ……
そしてタケノコと一緒に腕を引き抜く。
まるで刃物で切ったかのような切り口なのは魔法だろうか……
私は思わず足で地面の感触を確かめる。
そんなに柔らかくはなさそうだけど、獣人って、いったいどんなパワー。
「まだ食べられるかもわからないから、とりあえず五本くらいでいいか」
王様は一瞬でタケノコ掘りを終わらせた。
「……お、お疲れさまです」
「袋でも持ってきた方がよかったな」
右手にタケノコを抱えて片手が塞がっているので、来たときのように抱き上げてくれようとしたのだろう王様は少し止まる。
「私がタケノコ持ちますよ」
なぜか怪訝な顔をされた。
「土が付くぞ」
「この服もしかしてすごい高いですか? 洗えない?」
「……お前はそういうやつだったな」
雑にタケノコを渡され、抱え直している間にもう抱き上げられる。
行きと違って手が塞がっているので、強制的に私は飛行風景を眺めることになった。
左腕で膝を支えられ、右腕でしっかり抱き締められる形で、ちゃんと見た方が意外と恐ろしくはなく、空を飛ぶというあり得ない体験に私は感動する。
錯覚ではなく本当にそんなに遠くはなかったらしく、行きと同じ感覚ですぐに庭に降りる。
今度はふらつくことなく降りれたけど、王様は最初から支える腕を残していてくれた。
ふふっと王様を見る。
こういう人だ。
「空を飛ぶならもう少し防寒をした方がよかったな」
王様の手がほっぺたに触れる。
そういえば寒くてヒリヒリする感じがする。
赤くなってそう。
「タケノコ食べられるといいですね」
「……ああ」
笑顔で言えば、なぜか苦笑される。