初料理
「ミリア・モーガンと申します」
珊瑚のような形の白い角が耳の後ろに一本ずつ生えた水色の髪に青色の瞳の綺麗な女性に頭を下げて名乗られ、目をパチパチとさせる。
獣人ってもっとなんかこう犬っぽい耳が生えてたり狐っぽい尻尾が生えてるみたいな感じかと思ってたけど、そういうわかりやすい動物的特徴があるわけではないのか。
王様もそういえば最初見たとき鳥っていうより悪魔っぽい翼だなとか思ったしな。
翼以外に人間と違うところもない。
「リサーナ……フェル? フローレスです。よろしくお願いします?」
よくわからないけど名乗られたから名乗り返しておいた。
顔を上げたその人はめちゃくちゃぽかんとした顔をしていた。
「そちらの姓で名乗るのは結婚に納得がいっていないと言っているようなものだから気を付けろよ」
女性の横に立っていた王様にそう言われ、ハッとする。
私に何の意図もないことをわかってか、王様には呆れだけが見えた。
「違っ、うっかり、うっかりです!」
というか私まだ王妃って立場なんだ。
いやでも今の状況を話されると国民に問答無用で殺されそう……
王様の胸の内にしまっておいてもらおう……
「俺がずっと来ているわけにもいかない。ミリアをこの離宮に置いておくから、何かあればミリアに言え」
「それはご親切に」
昼間誰にも会わなかったけど、もしかしてここ他に誰もいない?
「怪我を治してやってくれ」
あ、ミリアさんそういう人か。
「失礼します」と言って頬に触れたミリアさんは、すぐに一歩下がる。
私は怪我をしていた場所を触る。
「すごーい! ありがとうございます!」
あっ……
ミリアさんを困惑顔にさせてしまった。
リサーナは素直に獣人にお礼を言ったりはしないのだろうな。
「こういう女だ、適当に世話してやってくれ」
すごい雑に言われた。
「王様、食材は」
「ああ、そろえてある」
「それじゃあこれから」
「あの、王妃様、その前に着替えられた方が……」
ミリアさんを見る。
自分の恰好を見る。
王様を見る。
最初の反応を思い出す。
「……大変失礼いたしました」
パジャマ的な服だったっぽい。
王様がドアを閉めるとミリアさんがクローゼットを開ける。
「温かい服にいたしましょうか。フローレスは暖かい国ですからこの国の冬はおつらいのでは」
フローレスは温暖な気候なのか。
「この部屋は暖かいのでまだあまり冬の実感はなくて」
「あ、そうですね」
あ、冬になってからまだ一度も外に出てないのはおかしいのか……
難しいな……
いやもう違和感はだいぶ持たれているだろうけど。
「あの、汚れてもよくて動きやすい服とかないですかね」
クローゼットから服を出したところでミリアさんは目をパチパチとさせて止まった。
今日はそれでと今持っている服を着せてもらう。
人に手伝ってもらって服着るのすごい変な感じだな……
「えっと、探しておきますね」
「すみません、お手数を」
「あの……王妃様、私にそのような言葉遣いをされなくとも」
「あ……でも、たぶん年上だろうし」
そういうことではないのはわかるけれど、あなたは今日から王女様ですとか言われても、そんな振る舞いなどできるはずもない。
いやミリアさんに対しては王妃だから、か。
それもな……
結婚した実感もないしな……
というか政略結婚の形だけの夫婦ですらなくなって、殺そうとして殺されそうになって、今や命を握っている側と握られている側……
「それだと二十三の王はこの国の大半の者にそのようになってしまいます。二十四の私にも」
立場上嫌々でもなんでもなく、心からそのようにと言っているのがわかってしまう笑顔に、拒否の言葉が出なくなる。
この人は、獣人嫌いの人間だろうと、王妃という肩書に心から膝を折れる人なのだろう。
「あの……じゃあ」
「はい?」
「私のことはリサーナと呼んでください! 私もミリアと呼ぶから」
王妃とは、呼ばれたくない。
だって“私”は、あなたの王を殺そうとした人間らしいのだから。
あれ、でもなんかこれだと友達になろうみたいな感じになっちゃってる気が……
いや仲良くなりたい的な感じか。
それなら別にいいな。
いや獣人嫌いのリサーナだとおかしいのか。
ミリアさんはぽかんとするが、笑顔になる。
「はい」
*
「では」
厨房で、テーブルの上に一つ置かれた木箱の中を確認し、私は腕まくりする。
ミリアはすごく困惑していたが、王様はもはや慣れた反応だ。
座る二人を置いて、私は一人棚を開けて物色する。
「王様、これなんでも使っていいんですか?」
「好きに使え。この中なら暴れ回ってもいいと言っただろ」
……好きに使えの最上級だな。
「王様は試食されるとして、ミリアも食べる?」
「え……あ、はい」
布袋に入ってるお米違和感だなー。
炊飯器なんてものはないが、下宿を始めてすぐの頃は炊飯器なしで過ごした私に死角はないぜ。
お鍋にお米を入れて、水を……
「王様、水って……」
洗い場に蛇口っぽいものはあったが、レバー的なものがない。
「それは魔法道具だ。手を出せば水が出る」
蛇口っぽいものの下に手を出す。
おお! 自動水栓!
「あ、水ってもしかして貴重……」
「いや水は別に。貯水庫が空になればミリアに補充してもらえばいい」
「あ、はい、水ならお任せください」
「……もしかしてミリアすごい人」
「そもそも魔人は三百人ほどしかいない」
そんな人を私のお世話係みたいにしてしまっていいのだろうか……いや、監視か。
それなら魔人の方が安心だな。
王様も自分殺しにきたような人間に部下近付けるのは心配だろう。
「あ、二人は何か食べられないものとかありますか?」
洗い終わったお米に、水を入れて鍋に蓋をし、卓上コンロ……正式名称がわからないので便宜上コンロと呼んでおこう……に置く。
火加減……熱加減?も調節できて、なんて便利なんだ。
いやこの世界の発展レベルがどのくらいなのかはわからないけど。
でもそんなに科学が発展してそうな気配は正直感じないんだよな。
魔法が使える魔人は三百人という話だし、いくらそこに魔法道具が加わっても十万人の国で他の国すべてを敵に回しても勝てる戦力というのは化学兵器が十分ではないからではないだろうか。
「特には」
「あ、私はすごく辛いものは」
「了解です」
ジャガイモを洗って芽を取り除く。
「あの、これはいったい何を……」
「集めたはいいが使い方がわからない食材の使い方を、フローレスの姫がご教授してくれるのだと」
「まあ! 本当ですか!」
あ、王様の誤魔化し方が上手くて、なんだかすごく好感度が上がってしまった気がする……
しかし否定するのもおかしいので、私は笑顔を作りながら十字に皮に切れ目を入れたジャガイモを鍋に入れて、水に浸し、これもコンロに。
いやー鍋を複数同時に使えるってなんて便利。
下宿先では一つだったからなー。
「一応生姜焼き作るんですけど、醤油とか使う料理ってもしかして作る意味ないですか?」
何も考えずに注文したら普通に出てきたけど、醤油が一般的な調味料の世界じゃないよね?
いろんな食材を集めた中の一つだろうと思っているんだけど。
「有用ならサクセスから買えばいい。意味がないということはない」
「え、サクセスで醤油作ってるんですか?」
「いや、長年サクセスと交流がある西の国の調味料だそうだ。サクセスでは簡単に手に入るが、この辺りの他の国では見ないな」
「あの、じゃあお味噌とかは……あ、やっぱりいいです」
それはただの個人的な望みだ。
おろしがね的なものが見つからなかったのでショウガはみじん切りにして、醤油と砂糖とお酒を混ぜてタレを作る。
料理酒以外のお酒を使って料理したことはないけれど、まあタレならスノウプラムの果実酒でも大丈夫でしょ。
うーん、付け合わせの野菜はどうしよう。
普通に今食べているものじゃなくて集めてきて使い方がわからないものを全部見せてほしいという要望で持ってきてもらった箱の中には、キャベツやレタスなんてものはなかった。
ゴボウは……うん、また別の機会に。
いやあったわ、レタス。
一番一般的な玉レタスでもなく、サニーレタスが有名なリーフレタスでもなく……これは、茎レタスというやつなのでは。
「それは苦くて微妙だった」
茎レタスを持っていたら、言葉通り微妙な表情で王様に言われる。
「王様苦いの微妙ですか?」
「獣人が全体的に苦味は苦手な気がする」
「そうですね、フローレスで出していただいたコーヒーも苦くて……と空軍の人たちが口をそろえて言っていましたし」
なるほど、じゃあゴーヤとかも駄目だな。
「ちなみに王様はどこを食べました?」
怪訝な顔をされる。
ミリアは不思議そうな顔だ。
「どこって、葉を」
「これ、メインの可食部は茎です」
「……は?」
「……え、茎、を食べるんですか?」
「葉っぱも食べれますけどね。ちょっと苦いって聞いたことがあります。私のせ、国では茎を細切りにして乾燥させるのが一般的でしたね。私もそうしたものしか食べたことないです。触感がクラゲに似ているので山クラゲと言います」
私の世界では、と言いそうになって国に言い直す。
「……似たり焼いたりしていたが、茎を細切りにして乾燥など、気付けるはずもない」
「まだ残ってますか?」
「ああ、たぶん」
「ではすべて持ってきてください。私が加工しますよ」
「リサーナ様がわざわざそのようなことをされなくとも」
「でもやり方がわかる人が他にいないだろうし」
「教えていただけたら私が」
「じゃあミリア一緒にやろう。それで次はミリアが他の人に教えてあげて。って言っても茎レタスを今後も買うかはわからないけど」
「有用性次第だな」
「でもこれそんなに長持ちするような野菜じゃないと思いますけど、いつ買ったんですか?」
「……二日前くらい?」
「……え?」
「以前買ってきたのとは別のやつが、安かったからという理由でまた買ってきた。以前食べたやつが全員顔をしかめたな」
「……私が全部調理させていただきます」
ゴボウはまた今度にしようと思ったけど、これはゴボウと茎レタスのきんぴらを作ろう。
生姜焼きの付け合わせ野菜としては絶対間違ってるけど。
茎レタスはまず茎と葉に分けて、葉を水を入れたボウルに浸ける。
皮をむいて細切りにした茎とささがきにしたゴボウを別のボウルに入れて、こちらも水に浸す。
あ、そうだ。
茎レタスの葉の部分をちょっとちぎって食べてみた。
「思ったより苦いですね」
「……そう言っているのに食べるなよ」
初めてだからなんとも言えないけど、こんなものなのかな。
それともこの世界特有?
この世界とあの世界で一見同じに見えるものにズレがあっても全然不思議ではないし。
お米とジャガイモの様子をちらっと見てから、生姜焼きに取りかかる。
まず薄切りにした豚肉に薄力粉をまぶす。
コンロにフライパンを置いて熱し、油を引いたところに豚肉を入れて焼き、火が通って焼き色が付いてきたら先に作っておいたタレを投入。
めちゃくちゃいい匂いがしてきたところで、興味深そうに見ていた二人の反応も明らかに変わった。
なんか高そうだけどまあいいかと、陶器のお皿を三つ出してそこに分け、自分の分から味見して大丈夫そうだったので横に除け、王様とミリアの前に置く。
「どうぞー」
箸がなかったのでフォークを二人に渡す。
ミリアは王様の方を見たが、王様は躊躇なく一切れ刺してパクリと言った。
「美味いな」
「よかった! これがお口に合うなら私の感覚で調理しても大丈夫そうですね」
「ちょっと驚くくらい美味い」
フォークに刺したお肉をまじまじと見て、素直にその感想をくれるところがこの王様だなと思う。
恐る恐る口に入れたミリアがパアッと表情を明るくさせた。
「すごく美味しいです! さすが農業国の王女様ですね! ショウガはこうやって使うのが正解だったんですか」
王様を見る。
「……塊を食べた仲間ですか」
「食べた仲間だ」
それは躊躇もするし感動もするというものだ。
そうこうしているうちにそろそろよさそうなご飯を炊いていたお鍋の蓋を開けて、お茶碗なんてものはなかったので、なるべく似た形の底の深い木皿に、木製の大きな匙でよそって、二人の前に置く。
「私の国ではこういう料理をおかずに、白ご飯を食べるのが定番なんですよ。味が濃い料理とご飯が合って」
相変わらず王様は躊躇せず一口目を食べる。
今度はミリアもすぐに食べるが、初めてのものなのにこれはすごい気がする。
ショウガは失敗経験があったから躊躇していただけで、そもそも今いろいろ試している最中だから普段からよくわからないまま食べているのかもしれない。
「ああ、一緒に食べると合うというのはわかる気がするな」
「はい、すごく美味しいです」
「お肉だけ食べていると栄養が偏りますしね。バランスよく食べないと」
「この国にはそういう考えはないな。食事は空腹を満たすものというのが大きい。だから調理は不味くはない程度のところが到達地点だ」
「私の国は昔、毒があるから食べることを禁止されていた魚をたとえ死んでもいいから食べたいと、食べる人が後を絶たなかったような国です」
「「…………」」
ドン引きされた気がする。
「それは極端な話ですが」
「何のために生きているかの違いだな。俺たちは生きるために食べているだけで、食べなくていいなら食べない」
「でも食べないと生きていけないようにできているわけですから、どうせなら美味しいものを食べたいじゃないですか」
「まあ……その考えはわかる」
ジャガイモのお鍋の蓋を開けて、竹串を刺し、よさそうなのでお湯を捨てる。
そしてジャガイモを……
「リサーナ様!?」
「え!?」
驚いたミリアの声に驚く。
「おい、今まで沸騰していた中に入っていたものだぞ」
驚いた顔の王様に腕を掴まれる。
あ、そういう……
「熱いうちに皮をむくものですから」
「……人間の手はそんなに熱耐性が強くはできてないだろ」
「まあ、そうですね」
「……皮をむけばいいんだな。俺がやるからお前はやめろ」
「獣人さん人間か弱く思いすぎじゃないですか?」
「握りしめられるようになってから言え」
熱々のジャガイモを平気で手のひらに乗せる王様にそう言われれば黙るしかない。
「私が代わりにできたらいいんですが」
「お前だと大惨事だ」
「ミリア熱いの苦手なの?」
「水系の獣人は基本的に熱に弱いですね。魔人は先祖の特徴がいろいろ現れるので、私はまだマシな方ですが」
「いろいろ?」
イヌの耳にネコの尻尾に翼まで生えてるみたいな?
「普段は私は角くらいしか目に見えてわかる特徴はありませんが、ある程度以上の魔法を使うと普段は隠れているものが表に出てきてしまうんですよ。私はまだ鱗や水かきなので“魔人感”は薄い方ですが、わかりやすい人は普段はネコのような耳に尻尾なのに、翼が生えたり。そういう人はもう一目見て魔人だとわかります」
「へー、じゃあ王様も尻尾が生えたりするんですか?」
「尻尾は生えないが角は生える」
角生えるってなんかすごいな。
いや翼生える方がすごいか。
そんな話をしているうちに王様はジャガイモをむき終わって木皿に入れる。
「これはどうやって食べるんだ?」
「バターを乗せて」
バターを乗せてお皿を二人の方に押す。
「……言っていたやつか」
「じゃがバター美味しいですよ」
ミリアがどうぞと王様に先を譲るので王様はジャガイモを四つに割ってフォークを刺す。
「……美味いな」
「ほら!」
王様はどこかちょっと悔しそうに言ってお皿をミリアの方に押す。
ミリアはわくわくした様子で食べた。
「これもすごく美味しいです! 温かくてほくほくして、これからの季節にちょうどいいですね」
「調味料がバターだけというのもいい。だが問題は本体のジャガイモがないということだ」
「それは大問題」
「この国で作れるならいいんだがな」
正直難しいんだろうなというのが、いろいろ話を聞いて私もわかってきた。
酷暑と極寒を避けて短い期間で育つ作物を、というのが一番可能性があるだろう。
「ところでリサーナ様、そちらは」
「あっ、もう一品あるの、二人は食べながら待ってて」
忘れかけていたゴボウと茎レタスを水からあげて、コンロで熱したフライパンに油を引いてそこに入れる。
しんなりするまで炒めたら、そこに砂糖と醤油と果実酒を入れ、汁気がなくなるまで煮詰める。
「いい香りですね」
「茎レタスとゴボウのきんぴらだよ」
小鉢によそって、それぞれ二人の前に置く。
ゴボウは海外の人に枝のようだとか木の根にしか見えないだとか、驚かれる見た目の定番だけど、二人はやはり躊躇なく食べた。
「……お前が作るものは全部美味いな」
「ええ、本当に。シャキシャキとコリコリの二つの触感もいいです」
その二人の感想に笑顔を返す。
最後に、水に浸けてた茎レタスの葉を引き上げてもう一度千切って一口。
マシにはなったけどまだ微妙かな。
ちょっとだけ茹でてみよう。
再度挑戦。
あ、これなら美味しい範囲の苦味かも。
水を切って、自分の生姜焼きのお皿に盛る。
「食べるのか?」
「だいぶ苦味はマシになりましたよ」
全部作り終えたので私も席に着く。
王様に生姜焼きのお皿を前に出されたので、一枚レタスの葉を乗せる。
過去に苦いのを食べているらしいのに、王様は相変わらず躊躇なく口に入れた。
目を見開いた。
その顔がなんだか少し幼く見える。
そういえばこの人まだ二十三なんだっけ。
なんでこの人が王様なんだろう?
「お前……すごいな」
「苦くないんですか!?」
「完全に消えたわけじゃないが、このくらいなら気にならない」
「ミリアも食べる?」
お皿を出されるので一枚乗せる。
それを食べてミリアも目を大きくさせた。
「お肉巻いて食べると美味しいよ」
いただきますと手を合わせ、フォークを持つ。
箸が欲しいなーと思いながら、レタスで豚肉を巻いて口に入れ、白ご飯も食べる。
普通に美味しい晩ご飯になったな。
「リサーナ様、これは、どういう仕組みなのですか?」
「私も詳しくは知らないけど、こういう苦さ、えぐみはだいたい水に浸けたり茹でたりすると取れるものだから。山菜とかね。一番有名なのはタケノコかな。そのまま食べるとえぐみが強すぎて食べられないから、取らないといけない。タケノコだとえぐみが強すぎて普通に茹でるだけじゃ駄目だから、お米のとぎ汁とか米ぬか使うんだけど」
「タケノコ?」
「竹の子ども? 竹はあの、緑色の、筒みたいな、植物で」
顔を見合わせた二人に、私は首を傾げる。
「まあどうぞ、冷めないうちに」
二人に食事をすすめ、私ももぐもぐする。
それから食べ終わるまでの間、二人が何度も美味しいと言ってくれるのですっかり気分をよくした私は、「後片付けは私が」と言うミリアに厨房を出され、王様と二人になるとスッと冷静になった。
はい、料理を振る舞ってそれで終わっていい立場ではありませんでした。
「お前はリサーナの振りをしようという気すらないな」
呆れたように言われるが、王様も最初から諦めていた気がする。
「だって無理ですよ。私に王女の振りなんてできると思いますか? 庶民生まれ庶民育ちです」
「ミリアは穏健派の中でも特に人間に敵意がない方だから心配はしていないが、この国には人間を嫌っている者も多いということを忘れるなよ」
「私のことはこの離宮?に閉じ込めていただいて」
「……自分で言うな」
「まったく不満はないです」
「考えに変化は?」
「まだ何とも。ただ持て余している食材はすべて持ってきていただけたらと思います」
「ああ、それはお前に任せた方がよさそうだ」
「茎レタスは早く加工した方がいいと思いますがどうしますか?」
「明日持ってくる」
「じゃあ私は明日はそれを」
「ああ」
「あの」
部屋の前まで一緒に来て、引き返そうとした王様を引き留める声を出せば、王様は足を止めて振り返る。
「リサーナとの結婚を決断したのは、建国してからはじめての酷暑で、食糧問題が深刻だったからですか?」
王様は少し驚いたような顔をした。
「そうだ」
「極寒は、乗り越えられそうですか?」
「お前は保存方法の検討と言ったな」
「ええ。船を出せるのが春と秋だけで、そこから酷暑と極寒まで七十日くらい、そして地上に出られない期間が約三十日続くなら、フローレスから提供された食料もしくはそれによって貯蓄に回せた他の食料を、結局約百日ほどは持たせなければいけない」
「お前は、その百日という期間をどう思う」
「冷凍庫があれば余裕だと思います」
「そうか」
王様はもうそこで会話を切って立ち去ってしまう。