現状確認と今後
「厨房に案内する」
あ、普通にこの部屋から出してくれるんだ。
「あ、ちょっと待ってください」
さっき見た豪奢な服の中から、簡単に抜き取れた飾りの紐を取って、髪を適当に後ろで一つにまとめる。
王様は普通にその間待っていてくれた。
「これでいいですか?」
「リサーナの姿からズレるのならなんでもいい」
オッケーが出たと受け取ったのだが、なぜか今度は王様が別の棚を開けて服を出してきた。
そして渡される。
私は受け取りつつも首を捻るが、何も言われないので王様に続いて部屋を出る。
すぐに渡された服、羽織る上着の意味を悟って震えながらそれを着る。
「……そういえば今冬って」
「あの部屋は魔法で温度が保たれている」
すごい、至れり尽くせりだ。
一家に一台エアコン、なんて世界ではなさそうだから、だいぶ贅沢な環境なんじゃなかろうか。
「ありがとうございます」
ちらっと見られた。
歩いていく王様の隣、いやちょっと後ろをついていく。
どういう意味の目線だったんだろう。
「この離宮の中は好きに使え。ただし勝手に外には出るな」
「え、自由に歩きまわっていいんですか?」
「どうせ逃げられないだろ」
「……逃げる意思もないです」
どうせというのはその通りだろうし、逃げる先もないし、放り出されれば死ぬだろうからしがみつく勢いだ。
「あれ、ここから地下ですか?」
居住区は地下という話だったのに、窓があって外の景色が見えた。
そういえばあの部屋にもカーテンがあった。
螺旋階段を一階分降りると窓がなくなる。
「ここはさっきのペンと同じ魔法道具のようなもので環境調製されているが、とても居住区全体をそんなことはできない」
「あ、王宮だから特別ってことですか」
階段を降りたフロアの一番奥の部屋に入った王様に続いた私は、想像以上に広くて綺麗な空間にちょっと感動する。
八人くらい座れそうなテーブルが六つ、三つずつ二列に並んでいる光景に高校のときの家庭科室を思い出した。
誰もいないのは私が来るということで王様が席を外させたとかだろうか。
あれ、でも急に決まったことなのに。
「材料をそろえておくから料理は待て。今日はここの案内をする」
「それは、ご親切に、ありがとうございます?」
親切すぎて変な感じだ。
私は処刑を先延ばしにされている罪人のようなものではないのだろうか。
「もともとここはお前のために用意した場所だ。この中でお前が暴れ回る分には構わない」
暴れ回る予定はないけれど……
「リサーナは獣人の作る料理なんて食べたくないと言ったが、お前はどうする。腹は減っているはずだが」
「食べます! もちろん! めちゃくちゃお腹減ってます!」
王様のその表情はどういう感情なんだろうか。
気味の悪い現象を前にしている気分だろうか。
たぶん以前のリサーナと百八十度違うんだろうな。
「スープでいいな」
「王様が用意してくれるんですか」
「温めるだけだ」
そこも十分王様が、というところな気がするけど。
あ、でも半年前に建国ということはこの人は生まれながらの王族とかではないのかな。
「これも魔法道具ですか?」
黒い石のプレートみたいなものをテーブルに置くと王様はその上に鍋を置いた。
「ああ」
卓上のIHクッキングヒーターって感じだな。
でもこういうのがあるなら私だけでも料理できそう。
湯気の上がるスープをお皿によそって渡される。
そしてスプーンも。
木製のスプーンってなんかいいよね。
見た目も匂いも普通だ。
「いただきます」
一口。
普通のチキンスープで拍子抜け。
具は鶏肉だけのようなので、それも一口。
うん、普通。
「美味しいです」
「……リサーナの顔で普通に食べられるのは気持ち悪いな」
王様は本当に気持ち悪いものを見る顔だった。
「もっと癖があるのかと思ったら、いたってシンプルなチキンスープでした」
「獣人の料理はだいたいそんなものだ。よく言えば素朴、悪く言えば味気ない」
確かにそんな感じ。
これも味付けは塩だけかな?
「……もう一杯食べるか?」
「え、いいんですか?」
すごく複雑な顔でおかわりをよそってくれた。
「ジャガイモここに入れても美味しいと思いますよ」
「そういう使い方ができるのはいいな」
「この国には畜産物以外にはどんな食材があるんですか?」
せっかくなのでこの時間に情報収集を。
それは別に逃げるためのではなく、価値を示して殺されないようにするための。
王様はテーブルを挟んだ向かいの椅子に座り話してくれる体勢になる。
「島国だから一応海産物はある。一年に百日ほど漁は不可能になるが」
……本当にこの土地がネックなんだな。
「今くらいの季節だとまだ大丈夫ですか?」
「ああ。だがそもそも海が得意な獣人が少なく、寒いのがある程度大丈夫となると限られた数だ」
一口に獣人と言っても様々なんだな。
「海産物って魚ですか?」
「魚、貝、タコ、イカ、クラゲ」
「カニとかエビは食べないですか?」
「この辺りではあまり見ない。たまにデカいのが見つかると獲るやつもいるが、基本的に他のを獲りに行くらしい」
「もしかして素潜り」
「いろいろ試行錯誤はしているらしいが、この辺りの海は大がかりな漁は難しいんだ。だから釣りか潜って獲るかだ」
船を出しづらい事情とかがあったりするんだろうか。
「野菜系はどういうものが」
「この島の植物で食べられるのはスノウプラムとクルミだけだ」
「……二種類」
「スノウプラムはこの島特有の木の実だな。見た目は白いプラムで、味はモモのようらしい。俺はモモを食べたことがないのでわからないが」
「この島でもそういうものが育つんですね」
「酷暑の中でも極寒の中でも青々と茂って、冬に甘い実を付ける。環境に適応したのか、魔人が住む土地で魔力に狂ったのか等々言われているが、実際のところは知らない」
「さすが魔法のある世界、ファンタジーっぽいものが!」
あ、目の前にいる人の背中に翼生えてた……ファンタジーは目の前にあった。
「クルミもおそらく同じようなことなのだと思う」
「とんでもクルミなんですか?」
「この島ではクルミの殻割りは軍の仕事だ」
「え……」
「つまりそれほど堅い」
「……大変な方向に進化してしまったんですね」
「植物自体は他にもいろいろあるんだ。ただこんな環境で生き残るやつはどいつもこいつも食べさせる気がない」
「……なるほど」
みんなスノウプラムみたいな適応をしてくれていれば幸せだったんだろうな。
「スノウプラムってもう採れているんですか?」
ごちそうさまでしたと手を合わせ、スプーンを置いてから尋ねる。
「最盛期はまだ先だが、ちらほらと言ったところだな。ここにも……」
王様は部屋の奥の棚から木箱を持ってくる。
少し冷やっとする。
蓋が開けられると明確にひんやりとした空気が流れた。
「これがスノウプラムですか?」
確かに真っ白のプラムのような見た目だ。
「ああ……食べてみるか?」
「いいんですか?」
さぞかし食べてみたそうな顔をしていたんだろうな。
王様自らナイフで剥いてくれた。
手慣れた様子だ。
お皿に一切れサイズで盛られる。
いざ実食、とフォークで一口。
「美味しい! 甘い!」
確かにモモに似ている。
「……それはよかったな」
「これも魔法道具ですか?」
スノウプラムが入っている箱に手を入れてみると、ひんやりとする。
「冷蔵箱だ」
「これは一家に一台的な」
「それは相当裕福な家だな」
「これがあれば食材を長期間保存できるようになってだいぶ変わると思いますが、そんなに簡単に量産できるものでもないんでしょうか」
「一家に一台は無理だが、デカいのを村単位で一つなら可能かもしれない」
「え!」
「倉庫サイズの冷蔵庫があるが、技術的なことではデカいのを作る方が簡単だと言っていた。それに魔力の補充も一家に一台となると難しいが、村に一つなら魔人が補充しに回るのもそう難しいことじゃない」
「じゃ、じゃあ絶対冷蔵庫作るべきですよ!」
私の勢いに王様は少し押される。
「これから冬だが」
「だから冬の間に作りましょう! それに冷凍庫も可能なのでは!」
「ああ」
「冷蔵庫と冷凍庫があれば保存食の概念が変わります!」
「……先に言っておくがこの国の食品加工技術は最低限だ。おそらくお前が一を言って伝わることはほぼない」
「……ちなみにスノウプラムの食べ方は」
「そのままだ」
「だけですか」
「スノウプラムはそのまま食べるか酒にするか酢にするかだな。他の食べ方は知らない。ジュースもまあ」
「お酒とお酢が自国で生産できるんですね」
それはすごく大きい気がする。
「あと塩はたくさんある。調味料系はそれくらいだな。一番近い国は比較的獣人に差別意識が薄いからそこから砂糖は入ってくる。贅沢品だが」
「そういうかかわりがある国って」
「そこくらいだな。ルミエールとは交流はあるが、お互い食糧難同士だからな。あとはフローレスだ」
「フローレスからはどのくらいもらえるんですか?」
「春と秋には船に乗るだけ、夏と冬の八か月は毎月、前半と後半に一度ずつこのくらいの箱で百箱だ」
このくらいと手で示してくれた感じを見るに一般的な農業用のコンテナサイズかな。
そんなに大きいものじゃない。
「この国の国民の数って」
「最近十万人を超えた」
「まだ増えてるんですか?」
「獣人の国ができたことで、各地で虐げられていた獣人が集まってきたんだ。いろんな国で獣人を奴隷にすることが禁止されて解放されたというのもある。まだ増えていくだろうな」
「今までもぎりぎりだったのに、増えて食糧難が深刻化してきたからフローレスの提案を飲んだ、でもまだ増えていくだろうからこれで解決、というわけにはならない……ということですか」
「ああ」
「月に二百箱って全然じゃないですか?」
「船で海を渡れるのが春と秋だけなんだ。食糧供給のメインはそれで、空輸での二百箱はうちがなるべく定期的に欲しいからというのと向こうが定期的に顔出してほしいからという理由での、ついでのようなものだな。獣人が定期的に行き来することで他の国がフローレスを恐れるというメリットがある。食糧難の国は多いから豊富なフローレスは危機を持ったんだろう。あそこは軍事力は低いしな」
「……お互いに利のある政略結婚だったわけですね」
「空を飛べる獣人がもう少し多ければ、もう少しもらいたいところだが。これはフローレスではなくこちら側の問題だな」
そういう事情もあるのか……
「内容はどういうものなんですか?」
「小麦粉が何割で野菜が何割でくらいの要望しか出していないが、向こうは無理のない範囲では聞くと言っている。一応その無理のない範囲は細かく決めてはあるが、現状こちらの要望はその程度だな」
「それって細かく要望してもいいんですか? たとえば一箱ジャガイモ、一箱サツマイモみたいな」
「それは可能だな。その時期に何が採れるのかがこちらにはわからないから野菜、と指定しているだけだ」
「高価な香辛料大量とかは駄目ってことですよね?」
「そういうことだな。だが言ったように空輸に限界があるという問題がある以上、高価なものをお金に換えて別のものを買って百箱を千箱にする意味がこちらにはない。金稼ぎなら魔法道具を売ればいい」
「お金に困ってないんですか?」
「いや、困ってはいるが、フローレスもその一番近い国サクセスも、ルミエールも魔法道具は欲しがっているから、これからお金を稼ぐにあたってそういう手段を取る必要性を感じない。それに食糧難の国は多い。この辺りの国で余るほどなんていうのはフローレスくらいだろう。だから売るつもりで選ぶより、必要なものを選んで、お金は別で稼げばいいという判断だ」
別でお金を稼げる手段があるならそうなるか。
「試してみたいことが四つあるんですが」
「ここを案内しながら聞こう」
冷蔵箱を閉めて立つ王様に、私も立つ。
食器はどうすればと持って視線を向ければ、「置いておいていい」と言って出て行ってしまったので私もそのままで厨房を出る。
「それで?」
「あ、まず一つ目はやっぱりジャガイモやサツマイモのような痩せた土地でも育つと言われているものや、ここほどではなくても極端な気候の土地で育つものを一度試してはみたいなって」
「もともと何かできないか試してみるつもりではあった。何を試すかにお前の意見を入れよう」
ここはスムーズに話が終わる。
案内されるという話だったけど、扉はどれもスルーされていく。
「二つ目は、短い期間で収穫できるものを育てる」
王様はちらっとこちらを見た。
「なるほど、酷暑や極寒はそもそも避ければいい、畜産と同じようにということか」
「はい。たとえばハツカダイコン、その名の通り種を蒔いてから二十日ほどで収穫できます。これは一番可能性があるんじゃないかなと」
「その種は普通に入手できるものなのか」
「……問題はそこですよね。その辺の事情が私はまったくわからないのでなんとも」
「近々その百箱を取りに空軍がフローレスに行く予定だからついでに言っておこう。急ぐか?」
「今の冬レベルがどのくらいかわからないんですけど、もうすでにだいぶ寒いですか?」
「普通に冬だな」
「ちゃんと冬ではあるんですね」
「まだ外を出歩くのがそこまでつらくはないが。ここからどんどん下がっていくわけではなく八月はずっとそんなもので、九月に入ってどんどん下がっていって、極寒だな」
「……無理そうなので急がなくていいです。春と秋は一月の半分くらいあるという話ですが、それって夏や冬の終わりからとか、雨期に半分入るとかで育てる二十日を確保できると思うんですが、それは」
「それは俺も可能だと思う。雨期が明ければもうガラッと夏で、冬だが、春前と秋前の冬と夏は徐々に穏やかな気候に変わっていく段階がある」
「では外では次の春に試してみましょう」
次の春までなんて悠長な意見だが、たぶんこの王様は待ってくれる。
ただそのとき私が毎日を震えながら祈っているか、余裕を持って春を迎えられるかはわからない話だけれど。
「外では?」
「種がもし手に入れられれば室内で育ててみようかなと。窓辺に鉢を置けば日も当たりますし、部屋なら温かいですし。それでちゃんと育てば種が取れますから、それを春になってから外に植えます」
「お前部屋で育てる気か」
「え、駄目ですか?」
「……お前がいいなら構わないが」
だってあの部屋以外は温度調節されてないようだから。
でも室内だから寒いって言ってもそれほどだし、廊下の窓の前にも鉢置いておこうかな。
まあ種が見つかれば、の話だけれど。
「三つ目は」
「保存方法の検討ですね。その括りで加工と調理も」
「安定した先ではなくて?」
「なんでも干物にすればそれなりにもつと思うんですが、そこにはやっぱりじゃあその干物どうやって食べる?って話も一緒についてくると思うので」
「干し肉くらいしか食べたことがないな」
「え、魚の干物とかしないですか?」
「話に聞いたことはあるが、一般的ではないな。漁をしている者たちの間でだけだと思う」
「あるにはあるんですね」
あれ、階段をまた上ったと思ったら部屋の前に戻ってきてしまったんだけど、案内とは?
厨房以外の扉は開けられることなくすべてスルーだった。
「四つ目は」
部屋の前で立ち止まる。
「フローレスの専門家の意見が聞きたいです。私が手紙で質問するとか、本を送ってもらうとか」
「お前は字が書けなくなっているんじゃないのか」
「……誰かに見本を書いてもらって写すとか」
「そもそもリサーナはそんなことをしない」
「…………」
確かに獣人嫌いのリサーナはこの国のために何かをしたいとは思わないだろう。
それに親への接し方も呼び方すらわからないのに、手紙なんて出し様もなかった……
「本が見たいなら部下がいくつか集めていたものがあるから持ってこよう。環境が違いすぎて参考にならないと投げ出していたが」
「……一応見せていただきたいです」
「夜にまた来る」
「あ、はい」
え、私はそれまでどうすれば……