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過酷な環境

 私はなかなかに図太い人間だったらしい。


 起きたとき、電気点けっぱなしで寝てもったいないなんてことを最初に思ってしまった。


 というか寝られた時点で相当に図太いな。


 まず部屋の中を探索してみる。

 所々どういう仕組みで動いているのかわからないものがあるけど、とてもお洒落な部屋だった。


 部屋の雰囲気を壊しまくっているナイフが床に落ちたままで、回収していかなくていいのかと。

 たぶんこんなもの持ってたところで魔人には意味がないんだろうなと私はそれを隠し持つようなことはせずサイドボードの上に置く。


 中は……空、ですか。


 期待せずにキャビネットを開けたら、今度は逆にたくさん服が入っていてびっくりする。


 部屋着はどれだろう……


 シンプルな白のワンピースを見つけたので、それを持ってお風呂場らしきところに行く。


 部屋にお風呂ついてるのすごいな。

 これたぶん隣トイレか。

 脱走しないんでこの部屋牢ってことにして生かしておいてくれないだろうか。


 誰の目もない閉め切られた空間なのに見知らぬ地だとちょっと裸になるの躊躇するな。

 でも血が付いてるし……私、まだ生きるつもりだし。


 まだまだ生きるのだと意気込んで、私は浴室に入る。


 何もしていないのにお湯が降ってきてびっくりする。

 魔法だろうか。

 すごいな。

 でもこれどうやって止めるの。


 狭い空間の中を探したら、入ったときに手を突いた場所だけ色が違って、もう一度触れたら止まった。


 なんて快適な空間だろうか。

 リサーナ、何が不満だったんだ。

 夫か。

 あんなイケメンなのに。

 政略結婚で同世代のイケメンに当たったらまだ運がよかったとはならないものだろうか。

 どうせ恋愛結婚なんてできない立場だったのなら、と思うのは他人事だからだろうな。


 いや、理由なんて……獣人だったからに決まっているのだけど。

 でも羽が生えている以外は人間と変わらないし、言葉だって通じていたようだし、切られた私が言うのもなんだけど、野蛮な感じもしないし。


 考えたって、理解できるはずはない。

 私には深層心理にまで植えついた獣人に対しての感情などないのだから。


 ドアの開く音がしてハッとする。

 私は慌てて浴室を出ると、吸水性の悪いタオル……布、たぶんタオルで体を拭き、最低限髪の水気を拭って、服を着て脱衣所もとい洗面所を出る。


「呑気なものだな」


 呆れたように言われ、しかしこちらを見た王様はぎょっとする。


「血を洗いたくて」


「……俺が来るのをわかっていてなぜそんな恰好をする」


 怪我をしていたはずの左手は包帯を巻かれることもなく、それどころか綺麗に治っているようで、魔法って素晴らしいと思わずそんな感想を内心こぼす。


「え、すみません、そんなことは気にされないかと思って。無礼でしたか。王様と会うなら豪勢なドレスとかじゃないと駄目でした? でも私たぶん一人じゃ着られないです」


 眉間にしわを寄せられる。

 えぇ……そんな礼儀にうるさそうな感じじゃなさそうだと思ったのに。

 というかマナーとか求められても無理。

 私庶民。


「……もういい、座れ」


 ベッドを指差すので言われた通りベッドに腰かけたのになぜかため息を吐かれた。


 だけど私の心は今すごく軽い。

 だって床に置かれた木箱の中にジャガイモを見つけたから。


 王様は床に座ると、箱の中からイモを出して並べていく。


 ……イモ?


 ちょっといくつか別のものも交ざっているけれど……


 すべて並べ終えると、私を見た。


「ジャガイモ、だったか? それはこの中にあるのか?」


 私はもったいぶるようなことはなく左から二つ目を指差す。


「それです」

「これはフローレスではない国で買ったものだが」

「私が持ってるのはフローレスじゃなくて日本の知識なので」

「……そうだったな」


 疲れた顔をされる。


「後から嘘ついてるのバレて殺されるの嫌なので変に誤魔化したりしません。私はフローレスの知識は持ってません。でも日本も農業が盛んな国です。専門家じゃないですが実家が農家だったので多少は知識を持ってます」


 ジャガイモ農家ではなかったけど。


 ありがとうおばあちゃん、なんでも作ってたおばあちゃんのおかげで浅くだけど広く知識を持っていられた。


「これはどうやって食べる。というより美味いのか。いや……食糧難の解決策としてはまず味はいい」


「普通に美味しいですよ。そんな生きるために仕方なく食べるなんて味ではなく。作ってみましょうか?」

「お前が料理をできるとは思えないが」

「一人暮らししてたんだから最低限はできますよ」

「……城に住んでたやつが何を言ってる」


「マヨネーズってあります?」

「聞いたこともない」

「じゃあ鶏卵とお酢と塩と油」

「それは、あると思うが」


「茹でます。マヨネーズをかけます。はいもう美味しい」


「……王女の料理できるを信じた俺がバカだった」


 失礼な。

 本当に美味しいのに。


「蒸します。バターを乗せます。美味しい」


 もういい、という顔をされた。

 失礼な。

 じゃがバターは間違いなく美味しい。


「私は肉じゃがもコロッケも作れますよ」


「……どれもわからない」


「作りましょうか?」


「王女よりスパイの方が向いているな。逃げるような様子も毒殺を企てている気配も一切ない」


 それはそうでしょう……そんなことまったく考えていないです。

 逃げるって言ったって、どこに逃げればいいのかもわからない。

 世界の果てまで行ったって日本などないような気がしてならない。


「ですから別に縛ってくれていいですよ。この部屋を出るときは手錠付けます? 逃げる隙を伺うためにキッチンに行きたいと言ってるわけじゃないです。料理は全部私が先に毒味しますよ」


「縛る必要なんてない。瞬きする間もなくお前を殺せる。お前がこの部屋を出るときは俺が近くにいればいいだけだ」


「……そうですか」


 ……変な動きはしないようにしよう。

 勘違いで殺されてしまってはたまらない。

 弁明の余地もない。


「何が必要だ」

「紙とペンとかないですか?」


 なぜかデスクの上のお盆を渡された。

 なぜか水が入っている。

 そして羽。


 羽ペンではなく、羽。


「……え?」


「紙は高い、それを使え」


 つまりこの用途は筆記用具ということで、私は半信半疑で線を引いてみる。


 おお!


 魔法すごい。


「器を揺らせば消える」


 試し書きだとわかったのか教えてくれたそれをすぐに実践すれば、波が治まったときには線が消えていた。


「これ魔人だけの特権なんですか?」

「魔力を込めればしばらくは動く。お前が使えるように誰でも使える。この国だけの特権だ」


「迫害なんてせずに重用すればよかったのに」


「……お前ルミエールの隠し子か?」


「はい?」


「ルミエール王国の王族は白銀の髪だ。瞳の色は違うが」

「いや私にリサーナのこと聞かれてもわからないです」

「今自分の意思で獣人が人間の国に残っているのはあの国だけだ。差別意識がないわけではないが、王族が獣人の能力を買って重用している」

「そんな国があるならフローレスじゃなくてそっちと助け合えばいいじゃないですか」

「あっちはあっちで干からびそうになっている」


 あ……


 そういう環境だからこそ獣人の力を借りようという発想も生まれたのかもしれない。


「……とりあえず用意してほしい材料書いておきますね」


「……それは何語だ」

「日本語ですよ」

「大陸共通語で書いてもらわなければわからないんだが」

「……そんなこと言われても」

「……フローレスの王女がなぜわからない」


「申し訳ありませんが書いていただいても」


 お盆と羽を渡す。


「俺の言葉を理解しているのに、文字は読めないのか」


 意味不明な文字列なはずなのになぜか意味を理解してる私気持ち悪い……


 リサーナの体が勝手に理解しているのだろうか。


「なぜか読めます」

「そこは読めないと言っておいた方が辻褄は合うだろ」

「だから私嘘とかついてないんで。素直に話してます」


「……本当に別人に思えてくる。表情や雰囲気が違いすぎて、姿は同じなのに、別人に見える」


「信じるかどうかは別として、一先ず別人として接していただけませんか。その方が話がスムーズです」


「……わかった。疑ってはいるが一先ずそうしよう」


 読めるか確認するために書いた文字を消して、メモする体勢で私を見る。


「王様に書記させるの恐ろしいですね」


 微妙な表情をされた。

 これはお前は王女だろというところだろうか。


「お肉とかってあるんですか? ジャガイモ料理自体はいくらでも作れますけど、そもそも食糧難なら他の材料にも限りありますよね?」

「肉はある。家畜もジビエも」

「狩り上手そう」

「お前は食べられるのか」

「リサーナ宗教的な理由とかでお肉食べられない人ですか?」


 なぜかちょっと困惑な顔をされる。

 私はそんなにおかしなことを言っただろうか。


「人間はあまりジビエを好まないだろ」

「ああ、癖ありますよね」

「……身分の高い者は絶対口にしないと聞くが」

「感染症の心配とかありますしね」

「……食べるのか?」

「この国食糧難なんですよね? 私贅沢許される立場ですか?」

「……そうか」

「あ、さすがに火は通してほしいですけど。ちゃんと、しっかり」

「獣人も生では食べない」


 ますます人間とあんまり変わらない。


「食べたことあるのイノシシとヒヨドリくらいですが。あ、イノシシは近くの猟師さんが獲ったのを分けてもらったんですけど、正直あんまり美味しくなかったですね。ヒヨドリは友達の家に遊びにいったときにおやつで出てきました」

「…………」

「普通に美味しかったですね」

「……疑うのがバカバカしくなってきた。リサーナに野鳥の肉なんて出したら発狂するはずだ」


 この世界ではそんなに危険視されてるのかな?

 それとも単純に文化の違い?


「乳製品はありますか?」

「チーズやバターはある」

「ミルクはないんですか?」

「一年に二回、家畜が死ぬ季節がやってくる。だから最低限地下の居住空間に避難させて他は殺してしまう。チーズやバターは保存が効くから一年中安定してある」

「……辺境って、そんなに過酷な環境なんですか?」

「一年のうち八十日は極寒と酷暑だ」


 両方って、ホントに両方……


「あの、ちなみにですが、一年って十二ヶ月三百六十五日ですか?」

「十二ヶ月三百六十日だ」


 その変な知らなさは何なんだという視線を送られる。

 しかしリサーナが知らないはずのないことへの質問も、別人として接してくれると言ったからか突っ込まないでくれる。


 私が今生きてるの絶対この王様だったからだな。

 こんなに話しが通じる寛容な人じゃなかったら絶対昨日殺されてるし、殺されなくて牢に入れられていても話なんて聞いてくれなかっただろう。


「毎月三十日?」

「ああ」

「わあ、わかりやすい。日本はバラバラで、いちいちニシムク士って頭の中で言って四月は二月と同じで三十一日じゃない方の月だなとかやってましたよ」

「何を言っているのかまったくわからない」

「四季ってあるんですか?」

「ああ。一月の前半が春、後半が雨期、二、三月が夏、四月が酷暑、五、六月が夏、七月の前半が秋、後半が雨期、八、九月が冬、十月が極寒、十一、十二月が冬。過ごしやすい気候なのは一月と七月の前半だけだ」


一月春、雨期

二月夏

三月夏

四月酷暑

五月夏

六月夏

七月秋、雨期

八月冬

九月冬

十月極寒

十一月冬

十二月冬


 頭の中で整理して、単純に季節だけ見ても地獄の環境だなという感想になってしまう。

 日本も夏は暑くて冬は寒いと文句を言っていたが、これと比べては日本の四季はなんてすばらしかったんだと思えてくる。


「……過ごしやすい期間一年でたった三十日」


 夏が百五十日あるってなんだその地獄。


「今日は八月三日。冬の初めでまだ凍えるほどの寒さではない。雪も降ってない」


 八月に凍えるとか雪とかの話されるの違和感……

 いや南半球の国ならあの世界でもそうだけど。


「じゃあ今の時期はまだミルク十分な量あるんですか?」

「根本的に牛はあまり数がいない。豚や鶏は短いサイクルで大きくなるから外で育てられる期間にたくさん育てて、極寒と酷暑前に屠殺する。ミルクを出すようになるまで五十や六十日じゃないから、牛は基本的に極寒や酷暑の時期だからといってそういうことはしない。だから豚肉と鶏肉はあるが牛肉はあまりない」

「地下に避難させるっていう極寒と酷暑の時期は家畜の数が少なくなるから鶏卵も少ない?」

「ああ」

「畜産は得意そうなのにそれでも食糧難なのはそういうことですか」

「水中での狩りが得意な獣人もいるが、冬は無理だ。夏はそもそも獣人は暑さが苦手な者が多くて酷暑の時期は地上に出るだけで危険だ」


 ……どれだけ過酷な環境なの。


「……この国はみなさん地下に住んでるんですか?」

「ああ。居住区は地下だ」

「地上はどうなってるんですか?」

「手付かずのスペースが多い」

「一年中吹雪いてるとかじゃないなら作れる作物もありそうですけどね。少なくとも私の国ではジャガイモは雪国の特産品でしたし。小麦は難しそうな感じはしますけど」


「他は。そもそも詳しいのだろう?」


 並べられたイモ……だけじゃないけど……を指差して聞かれる。


「これがサツマイモです。サトイモ、ヤマイモ、ヤーコン、レンコン、ショウガ」

「ショウガは知ってる。獣人はあまり好まないが」

「香辛料ですからね。そういうものは苦手なんでしょうか。じゃあこれはどうやって消費するんですか?」


 食糧難と言っているのだから捨てるということはないだろう。


「……頑張る」


「……なるほど」


 強行突破。


「生姜焼きとかも駄目なんでしょうか」

「……お前はこれをメインに塊で食おうと言うのか」


 それはホントのショウガ焼きですね。


「すみません言葉足らずでした。豚肉の生姜焼きです」

「……肉の臭み消しに使うのは知っているが、それ一緒に焼いてないか」

「一度作ってみていいですか? あ、私が先に食べて毒味はしますので」

「……ああ」

「お米ってありますか?」

「あるがこの辺りでは食べないから使い道に困っていた」

「フローレスはお米食べるんですか?」

「いや、あの辺りも違ったと思うが。普通に答えてしまうようになってきた……」


 フローレスの王女にフローレスのこと聞かれるおかしさに慣れてきたんですね。


「じゃあその使い道のないお米ってどうしたんですか?」

「この地で育つものがないか探そうと思って一通り集めている中の一つだ。これらも」


 並べられたイモたちを手で示される。


「日本はお米が主食なんですよ。だから使い方わかりますよ」

「育て方は」

「なんとなく、わかりますけど、イネ……えっと、植物としてはイネで、収穫したものを米って言うんですけど、イネって畑に種をまくんじゃなくて水田で育てるんですよ。畑で育てる場合もあるみたいですけど、私そっちは全然知らなくて」

「特殊なのか」


「フローレスって農業が盛んなんですよね? 私が手紙を出して聞いたら教えてくれないんでしょうか」


 そんな提案をしたらなぜか少し驚いたような顔をされた。


「こんな地では何も育たない。フローレスはそればかりだ」

「それはなんと言いますか、せっかくの隙、欠点……取引材料がなくなってしまっては困るからでは」

「そうだろうな。だが実際こんな地、というのは事実だ。フローレスが供給してくれるならと引き下がった。お前が言うように獣人とまともに交流して教えられる者がいるとも思えなかった。力づくでやればいいと言う者もいたが、お前は信じないかもしれないが俺は一応穏健派なんだ」


 苦笑をこぼして言うのは、昨日人間滅ぼしそうな案をさらっと口にしたからだろうか。


「いや間違いなく穏健派だと思いますけど。私が生きてるのが何よりの証っていうか、リサーナがここにいるのがっていうか、嫌いな人間と結婚するくらいのことで穏便に問題が解決するならって考えな辺りがまさに」


 たぶん、この人が建国の王であったことは人間にとって最大の幸運だろう。


「……お前とりあえず髪型だけでも変えないか。リサーナの顔でリサーナが言うわけがない言葉を発しているのは気味が悪い」


 冗談ではなく本気で気味が悪いという顔だ。


「それはもちろん王様が言うなら坊主にでも」

「お前は俺を野蛮だと思ってるのか穏健だと思ってるのかいったいどっちだ」

「それで私がリサーナではないと心から信じてくれるなら髪くらい」


 そう言ったら緩んでいた空気に冷たいものが戻る。


「言っただろう、お前が誰であろうとお前がこの国の王を殺そうとした事実は変わらない。命乞いならその話の是非ではなく自身の有能さでするんだな」


 たぶんこの人はきっと魔人の中でもすごく強い人。

 人間が嫌いで、戦争を起こせば勝てる戦力を持っていて、それを決められる立場の人で、それでも感情ではなく理性で穏健な王をしている人。


 強いだけでも、優しいだけでもない王様。


「私がリサーナの体に入った異世界の人間という演技をしていても、真実リサーナとは別人でも、どちらでもいいんですね。私の知識が有用であれば殺さないし、嘘を並べ立てた無価値なものなら殺す。だから、もし私がリサーナではないと確証を得られても、あなたは決して信じるとは言わない。殺さないとは誓わない。私が有用な人間であり続ける限りあなたは私を殺さないし、そうでなくなれば殺す。ただそれだけ」


「そうか、ではもはやそれを理由にする意味もお前が異世界の人間を演じているかどうかを疑う意味もないな。お前の言う通り、どちらでもいいことだ。そして有用であり続ける限り殺さないと誓おう」


 それは、私が王様を殺そうとした人間ではないと、別の世界の人間だと、この先も殺そうとすることはないと、証明したところで命の保証がされることはないということだ。


 じゃあ私はどこを目指して一日一日を生き延び続ければいいのだろう。


「改めて問う。お前は誰だ。好きな方を選べ」


 ここで私がリサーナ・フローレスだと答えても、きっとこの人は本当に私を殺さない。


 天女のような微笑みなんて意識せず、ただこぼれた笑顔を浮かべれば、怪訝な顔をされた。


「天羽理咲です。リサーナではなく、リサと呼んでください。フローレスの王女ではなく、異世界の庶民だと思って接してください」


 それでも今絶望を感じていないのは、まだ二日目だから。

 まだ何もわからず状況を理解できていないというのは、よく言えば希望の可能性に溢れているということでもある。

 本当に、すごく、よく言えば。


 それに、求めている知識は農業、結果が出るまでに時間がかかる分野で、たとえ失敗してもこのやり方は合わなかった、この地には合わなかった、それを許してくれる人だと思う。

 次の案を出せるうちは、私に可能性が見えるうちは、無用だという判断はしない人だと思う。


 たった二日の短いやり取りでも、理不尽な人ではないことはわかる。


 王様は私の頬の怪我に指先を振れる。


「後で、治療しよう。必要なものは言え、用意する。死にたくなるような環境には置かない。お前が生きたいと思う環境で、無用になれば殺すと脅すから意味がある。だから俺は、お前の知識が嘘なら、俺の求める価値のない人間なら、本当に殺す。だからお前は、殺されないために、必死に知恵を絞りだせ」


 強いだけでも、優しいだけでもない王様。


 この人はきっと、人間を憎んでいても、自分を殺そうとした相手でも、それを殺す理由にはしない。


 でも、この人はきっと、言葉通り、そのときは私を殺す。

 ただの脅しではなく、本当にそう決めて私の価値を量ることで、私は絶対に必死になるから。


「ジャガイモの芽が出なかったら殺しますか?」


「殺さない。それはお前の知識が嘘だった証明でも、お前が無価値だという証明でもないから」


「それを聞いて安心しました」


 死が目の前にありすぎれば、私はきっと些細なことに怯え浅知恵でその日その日を切り抜けるためだけに嘘をつくだろう。

 そこにはこの人が求めるこの国のためなんてものはない。

 そしてその先に待っているのは結局少し寿命が延びただけの死だ。

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