第7話 ナカナイヤクソク
バケモノについてようやく触れられる話です。戦闘シーンはまだないです。伏線張りで忙しいので(汗
少しばかり刺激的なシーンがあります。直接的な表現は避けていますが、苦手な方は読むことを控えるようお願いします。
それは、夏の眩しい日差しが照らす故郷でのことだった。セミがうるさいほど鳴いて、陽炎で坂道の向こうが揺れて見えるほどの暑い日のことだった。
「ただいま!」
「おかえりアラン。ほら、着替えなさい」
「はーい!」
ちょうどその日は、高校2年の1学期最後の登校日だった。だから昼前に帰ることができる嬉しさで心がいっぱいだった。
「今日、バケモノの出る日だからシェルターに行く準備しときなさいよ」
「分かってるよーだ! それに僕の異能力ならなんとでもなるし!」
「まったく。そのうち食べられても知らないからね」
冗談混じりの会話を交わしながら、僕は2階にある自室で着替えを済ませ、シェルターに持っていく荷物をまとめていた。外の広報も、30分おきに警告を鳴らしている。バケモノの現れる第一段階である「電子機器使用不能現象」が起きているために、広報とは言っても手書きの紙製のものだが。
「あれ。お母さ~ん?」
「どうかした?」
あることに気付いて階段を降りながら僕はお母さんを呼んだ。不思議そうにお母さんは返事をした。
「あのさ、友達が病気でさ。今から病院に行っても良いかな? 今なら間に合うでしょ?」
「まあそう……ね。うん、急いでシェルター来なさいよ」
「うん。じゃあ、これ先にお願い!」
僕は居間からお父さんの遺影と位牌をお母さんに手渡した。これ以上傷つかないように、持って行ってほしいから。
「あとこれ、僕の荷物」
「じゃあ車で運んでおくね」
「ありがとう。じゃあ、行ってきまーす!」
僕は急いで病院へと向かった。足を怪我している友達の避難を、少しでも早くに済ませておきたかったから。
息を切らしながら僕は病院の受付に友達の避難の手伝いをすると告げて入館の許可を得た。
そして告げられた病室に入ると、中にいたのはオレンジ色のドラゴン獣人。そう、テイラだ。
「ハァ、ハァ……」
「あ? なんだよお前」
「その足じゃ避難しようにもできないでしょ?」
「ハン、放っておけよ。どうせ死んじまったほうが良いんだろ?」
このときのテイラは、ものすごく他人への警戒心が高かった。それもそのはず。テイラは地球に来てからというもの、外見の違いにずっとイジメられていた。
やっと宇宙とアクセスできた地球だ。その前にも宇宙からの来訪者がいたとしてもお偉いさんばかりだし、イジメなんて問題は浮上していなかった。だからこそ、アクセスできたばかりの頃は子供間での問題が起き続けた。
でも、僕だけはずっとテイラのそばに居続けた。たとえ、何を言われたって。
「そんなことないよ。テイラがいつも泣いてるの、知ってるし」
「な、泣いてねぇし」
「アッハハ、照れてやんの」
「照れてもねぇ!」
この頃からだったと思う。僕とテイラがからかい合うようになったのは。それまでは、どう接すれば良いのかも分からなかったっけ。
「ねぇテイラァっ゛⁉︎」
ベッドの横にある椅子から立ってテイラの手を取ろうと思ったときだった。大きく病院全体が揺れた。それは、バケモノ出現の第2段階である「地響き」だと悟った。そして第2段階は、最終段階。警告よりも5時間以上も早い最終段階の訪れに、僕はつい腰を抜かしてしまった。
「お、おい⁉︎」
「こ……怖い……!」
とてつもない恐怖が僕を襲った。身震いで立つことさえままならない。そんな僕を目の前にして、テイラは足の固定を無理矢理にでも解いて僕の手を引いてくれた。
だけど足に力を入れてしまったせいで、テイラはすぐに蹲ってしまった。
「テイラ……!」
そうだ、僕はテイラを避難させに来たんだと思い出して、すぐに彼を背負った。でも、揺れが続く中で上手く移動することはできなかった。
何度もよろめいては進んでを繰り返し、あともう少しで正面玄関だ。そう思った矢先に、揺れに耐えきれず天井が崩れてしまった。もちろん、僕達の真上のも。
潰されてから何時間経っただろうか。気付けば冷たい雫が頬に流れていることに気付いて目を開けた。
どうやら雨風がガレキを少しだがどかしてくれていたのかもしれない。運良く、入り口が出っぱっている形状で、ガレキの山が薄く済んだらしい。
雨が入り込む隙間に手を突っ込んでガレキどかそうと試みるも、びくともしない。もう助からないのではないかと思って再び恐怖感に包まれ泣き出しそうになった。
そんな僕の肩を、何かがツンツンと叩いた。それを確かめると、鋭く尖った何かだった。まるでトカゲの尻尾のようだ。
「心配すんな。俺の異能力があれば……そらよ!」
その尻尾は、テイラの尻尾だった。だけど、テイラは僕の背中の上で潰されていていて、到底尻尾なんて僕の肩まで届きっこない。
「へっ、尻尾を伸ばせるくらいの能力だけどよ。こんなの全力でやれば……どうよ!」
その尻尾は、瓦礫を貫いていき、その振動とともに段々と抜け道を作り上げていく。
ようやくガレキから抜け出せると、僕は安心感で膝から崩れ落ちてしまった。
「よ、良かったぁ~っ!」
「……何にも良くねぇよ」
「え?」
病院の門の向こうを見るテイラがこぼした言葉が気になって、僕もその方向を見た。
それは、石垣が崩れたり電柱が崩れたり、それどころか木々が家を貫いていたりするほど、見るも無惨なほどの光景に変わり果てた、まるでファンタジーアニメに出てくる終焉を迎えた街並みだ。
でもこれは現実だ。それでも向き合いたくなくて、シェルターへと向かった。そこになら、誰かがいると信じて。
僕の家から一番近い、地下通路から行き来可能のシェルターへと入ってみるも、中には数えられる程度の人しかいない。
それよりも、お母さんの姿がない。まさかと思って自宅へと急いだ。
そんな僕が目にした光景は、全てが終わった後のものだった。
僕が住んでいた住宅街はまだバケモノが漂っていた。目のないトカゲ型のものから、太りに太った人型のものまで。しかも、息絶えた人々を貪り喰っている。しかもどこからともなく悲鳴も聞こえる。
運良くバレてはいないけれど、そのときの僕は怖くて身動きが取れなかった。そんなときだった。
『プップーっ!』
という車のクラクションの音が僕の真後ろから聞こえた。その運転席にはテイラがいた。
「さっさと乗りやがれ! 逃げるぞ!」
「……うん!」
クラクションの音でバケモノの群れはこちらに気付いたが、僕が車に乗ると同時にテイラは襲いかかってくるバケモノを轢いていく。
あまりに悲惨な光景を見るに耐えれず、そっとサイドガラスに目を向けると、右手に位牌と遺影を握った、バケモノによって喰われかけの女性が視界に映った。
僕はその容姿と手にしているもので、それが誰なのかが分かり、涙が止まらなくなった。その涙の中に、
「分かってるよーだ! それに僕の異能力ならなんとでもなるし!」
という減らず口を叩く僕がずっと見えていた。殺したいほど憎たらしい感情がまた、涙になっていく。
バケモノを振り切ったとき、僕達は何がどうなったのか分からない。ただ、気付いたときには警察に保護されていた。
事情説明で簡単に理解してもらえたが、無免許運転ということに変わりはなくてテイラは褒められながらも怒られていた。
そんな時を感じても、僕はまた涙をこぼしてしまった。それに気付いてテイラが僕の肩に手を置いてくれたが、思わず僕は飛び出してしまった。
どれくらい走っただろう。目覚めたばかりの身体をいきなり動かしたせいで目の前が眩んでいた。
ほぼ無意識に、目の前にあったガードレールに手をかけて激しく息を切らしている僕は、ふと前を見つめた。
そこに広がっていたのは、ビルの群れの中へ落ちていく夕暮れの景色だった。瞬きと輝きと煌めきが僕の涙を乾かしてくれた。夕闇に溶けていく青空が、新しい明日を連れてくるよと言っている気がした。
胸の中に、温かい光が乱反射する。それがまた涙に変わる。でも、これも温かい。
『おーいっ!』
「あっ!」
僕を追いかけて、テイラも車椅子を走らせながらここに来てくれた。失ったけれど、得たものもあった。
それが言葉にできないほど嬉しくって、テイラに抱きついて大泣きした。
「……泣くなよ。お前は、俺のヒーローだぜ!」
「え?」
その言葉が、僕の胸の内を熱く強くドクンと駆け巡った。
「お前がいなきゃ、俺は多分……だからよ、今度は俺が、お前を笑わすぜ! #1人にはさせねぇ__・__#、約束だ!」
「うん……約束!」
僕達は夕焼けに包まれて小指を絡め合って、確かめ合うように見つめ合いながら約束を交わした。
あの日以降、僕達はずっと一緒に暮らしている。だから、僕はテイラと居られればなんでも良いと思っていた。
だけど、あの涙の意味、テイラが知っているとは思ってもいなかった。
「……待ってなんか、いられないです!」
「そう。テイラくんね、よく言ってたよ? 俺のせいで悲しませた、ってね」
「え……」
僕は、何も分かっていなかった。ただ、テイラは不器用なのだとばかりに思っていた。分かっていたつもりだったのに、分かっていなかった。
そんな思いで、僕のこと思ってくれたのだと分かった途端に、悔しくって涙が溢れた。だけど、行かなくちゃ。悔しいのは僕だけじゃないんだ。
「行ってきます。僕は、少なくてもテイラのヒーローになってきます!」
「うん。行ってらっしゃい!」
泣いている君に、また伝えよう。僕が傍にいるということを。何度でも、僕らしく、強く優しく。