第29話 バケモノの爪痕
あれはまだ、俺がヒーローになってすぐのことだった。
眩しい日差しが照りつける夏。謎のヒーローこと「ブラックウルフ」が、ヒーローでもないくせにバケモノを勝手に討伐するように暴れ始めていた。
聞くだけでは良い話だが、俺たちヒーローからすれば手柄を取られているわけだ。正直、腹立たしい以外に言葉は出てこなかった。
「――てなわけだ。このブラックウルフを、仲間にしてぇと思わないか?」
「おいモスイ。バカ言ってんじゃない、コイツは手柄を奪うコソ泥だぞ。仲間にしたところで面白くねぇ」
このときの俺は、まだぬすっとの考えが抜けてなかったな。悪人みてぇな言葉遣いだった。
「ハッハ! まあ良いじゃねぇか。バケモノの討伐の仕方、ありゃプロだ。バケモノの弱点を完全に狙ってやがる」
「良い戦力になる、ってわけか。まあカシラの言うことだ、逆らいはしねぇ」
「ぼくは賛成だ。戦力が必要なのは、事実だしね」
このときには、アランの父親であるメイビスも一緒だったな。アイツと同じで、ツヤがありボサっけのある水色の髪に、青い瞳。違うのは、優しそうで、それでいてどこか堅実さを感じさせる細目だ。
戦力になるって考えは、コイツとモスイと一致していた。そのまま、ブラックウルフを仲間にする手立てを計画し、実行した。
※※※※※※
その夜。俺たちは、公園で計画が始まるのを待った。
そうしていると、公園の噴水が突然止まった。
「ん、始まったか」
噴水口から、黒いモヤが吹き出した。やがてそのモヤは、狼のような形に形成されていく。
形成されたばかりで、バケモノの核である亡霊のオーラが透けて丸見えだった。
「グルルルルル!」
『出たなバケモノ。すぐに、成敗!』
空から声がすると思いきや、1発の銃弾がバケモノを貫く。しっかりと、バケモノの核をついて。
『ふっ。地底で眠れ』
「そこまでだ、コソ泥!」
「さ、降りてこい」
「出しゃばりも、そこまでだ」
隙を狙って、上空に佇むブラックウルフに向けてライトを向けた。
あまりに唐突だったために、ブラックウルフは腕で目を隠していた。その容姿は、黒い毛皮で覆われた狼型の獣人だった。
――そう、今隣にいるマスケルだ。
「ちっ、邪魔をするか!」
「待て待て。話を聞け」
俺たちに銃を向けるマスケルに、モスイは冷静に両手を上げて見せ、敵意のないことを示した。
「俺たちは、お前を仲間にしたい。ブラックウルフ、いや、マスケル・スカーレット」
「……スカーレットは旧姓だ。まあ良いが、それで? 俺に何か得はあるのか?」
「得っつうか……こっちが損してんだ! オメェがこっちの仕事の半分奪ってんだ、困ってんだよ!」
俺がバカ正直に思いのたけを伝えると、マスケルは牙を剥いた。
「っざけんな。テメェらヒーローが弱いから、俺が代わりにやってんだっ!」
「なっ、弱いだと⁈」
「ふぅむ。おそらく、きみイギリス出身?」
モスイは渋そうにそうマスケルに尋ねた。当時のイギリスは、ドイツで起こっていた東西紛争の影響で人民運動が起きていた。
不満や不平という、負の感情だらけになり、バケモノも大量に出現していた。
そのためヒーローも動きはしたが、まだ発足したてで数が少なく、かなりの死傷者が出ていた。
もしマスケルがイギリス出身ならば、おそらくヒーローに逆恨みをしていることになる。
「あぁ、そうだ。イギリス、ロンドン出身だ。俺の居場所ひとつも守れなかったヒーローなんか、俺がぶっ壊す!」
「まあ落ち着け。考えてみろ、それヒーローが悪いか?」
「そーゆーの、逆恨みって言うんだぞ?」
モスイもメイビスも俺も、少し呆れつつマスケルの行いがどういったものかを教え始めた。
「おほん。恨みは恨みを生む。終わりのない、イタチごっこだ」
「何が言いたい?」
メイビスの言葉に、マスケルは食いついた。
「罪を憎んで人を憎まず、だ」
「古い言葉だな」
「そうでもねぇぜ。古くから続く教えは、いつにとっても大事になる」
「不易流行ってやつか?」
「『違う』」
俺の四字熟語の使い方に、全員が声を揃えてつっこんだ。思わず俺は吹き出した。
「それを言うなら『温故知新』だよ、ドラゴンバースくん」
「不易流行じゃ、新しいものだけになる」
「ちったぁ言葉の勉強しとけ。というか無駄に四字熟語使わんくて良い」
「……ダッハッハ!」
つい俺は大笑いした。だって、違和感なくマスケルが俺たちの会話に混ざっているんだから。
「何がおかしい」
「だってよっ! お前、全然違和感なく会話してんだもんな、オモシレェよ!」
「お前の笑いの沸点が分からん」
「でもたしかに、ぼくたちの会話に入り込んできた。まあ、ヒーローが弱いって言うのなら……真っ向勝負、するかい?」
手の甲に描かれた星のマークがメイビスに力を与えていく。
「力の差、見せてくれるっ!」
マスケルは迷わず発砲したが、メイビスはほんの数センチの移動で銃弾をギリギリかわす。
「銃弾ほど読みやすい武器はない。弾道さえ分かれば避けられる。さて、今から忙しいな? ぼくの心臓に標準を合わせ、引き金を引く」
「くっ!」
メイビスの言葉に屈さず、マスケルは指を引き金にかける。その一瞬のうちに、メイビスは彼との距離を一気に縮め、銃口に人差し指を突っ込んだ。
「ちっ!」
「今撃てば、お前自身も無事では済まない。どうするか?」
それでもマスケルは、引き金を引こうとした。それを確認した俺は、咄嗟に異能力を使ってマスケルの拳銃の温度を急激に上げて溶かした。
「なっ⁉︎」
「へっ、どんなもんだ! これで少しは分かったか、俺たちは弱くなんかねぇ!」
俺たちのコンビネーションを見せつけられ、ようやくマスケルは降参した。
苦戦の「く」の字も感じさせなかったのも、マスケルにはだいぶ応えていた。
※※※※※※
うるさいほどの蝉しぐれが響く夏。俺たちは、仲間という壊れやすく大事なものを知った。
そして、今もなおそれは続いている。
「マスケル。クロッグはたしかにバケモノだ。だが、誰ひとり殺しちゃいねぇ。ただのノラ猫と変わりねぇんだ」
「……分かってはいる。だが」
マスケルだって分かってはいるだろう。そして、きっと変わろうとしている。だからこそ、こんな風に歯を食いしばっているんだろうな。
「マスケル、今の指揮権はアランにある。アランの指示に従え」
「……いいや、従わない」
「おまっ! いい加減に……?」
俺は我慢の限界で、マスケルの胸ぐらを掴み上げようと思ったが、コイツの目を見てその気は失せた。
覚悟を決めるようにグイッとブラックコーヒーを飲みきり、空き缶をグシャっと握りしめて、スッと立ち上がる。そのまま、マスケルは黙って公園から出て行こうとした。
「俺は、クロッグと戦う。そうでもしないと、間に合わないんだろ?」
初めて、マスケルは戦うことに対して笑った。もう既に変わっていたんだな。俺じゃできないことを、アランにできている証だ。
俺にできるのは、ただのサポートだ。アランみたく人と戯れながら付き合うなんてのは得意じゃねぇ。
そんなアイツの良いとこは、自分の良さに気付けてないことだ。弱みでもあるが、強みでもある。さて、と。俺も俺のことやるとすっか!