第5話 君がいれば
先頭を任せているテイラについていくと辿り着いたのは中央公園。有名な桜並木の中に、ブロマイドと同一の、翡翠色の、背中までの長さがあるツインテールをした女ヒーローに「プレイア」がいた。
いたにはいたが、桜の木陰に座り込んで眠っていた。
「も、モノホンのプレイアさんだ……」
「まったく。おい起きてください、風邪ひきますぜ?」
テイラが優しくプレイアさんの肩を叩くと、その瞼がゆっくりと開き、オレンジ色の瞳が姿を見せた。
「ん~……あ、テイラくん? なんで?」
「急に晴れたから、アンタのおかげだと分かっただけですぜ」
寝ぼけ眼のプレイアさんの声は、テレビで見るよりも女の子らしくて、胸がキュンとなった。
でも聞き慣れないテイラの口調への違和感が勝ってしまい、心の中は違和感と愛おしさとの衝突で嵐を巻き起こす。
「えっと……あ、これ! サインお願いします!」
躊躇して触ったポケットにあったブロマイドで、サインを貰いたいという願いがあったのを思い出して、咄嗟にこれをプレイアさんに見せた。
それを見た彼女の目は、眠気を忘れたかのように驚きに満ちていた。
「スッゴォーい! それ、激レアだよぉ!」
「え、激レア?」
「ほら、これ太陽に透かしてみて!」
「こ、こうですか?」
言われた通りに太陽にブロマイドを透かしてみると、Vサインを送っていたはずの写真が、ドアップウインクのものに変わっていた。
「え⁉︎」
「アハハ! 良い反応!」
「どうやって分かったんすか?」
「簡単簡単! これが普通の私のブロマイド」
「自分のブロマイドを持ってるの、なんかおかしい気がしますぜ?」
プレイアさんがショルダーバッグの中から彼女自身のブロマイドを取り出したことに、テイラが突っ込んだ。
「だって大切にしたいじゃん? で、ほら! 実は激レアの写真は、通常のブロマイドよりも私が左にいるの」
たしかに、普通のブロマイドよりも僕のプレイアさんは若干だが立ち位置が左にズレている。
「あと、もったいないよぉ。これ、フィルムなの。剥がせるんだよ?」
「え……あ、あの! 剥がさなくて良いです!」
「そう? ん~、残念」
「コイツはブロマイドを大事にしてんです。傷つけたくねぇってことです」
「あー、じゃあしょうがないか。サインだっけ?」
「あ、はい」
テイラが庇ってくれたから僕のブロマイドはそのままだけど、プレイアさんを傷つけたみたいで後味が悪い。そう思って、僕は自分の手でブロマイドを剥がした。
「え、良いの?」
「本当は嫌ですけど……プレイアさんに悲しい顔はしてほしくなくて」
「……おいアンタ、どうしてくれんだ?」
僕のとった行動に、テイラは腹の底から怒りの声を出した。でも、誰も悪くないんだ。
「ちょっとテイラ、落ち着いて」
「落ち着いてられるかよ⁉︎ お前の大事なもん、傷ついたんだぜ⁈」
「そうだけど……もっと大事なものが、守れたから」
「……ふーん? よっと」
僕達の言い合いを見ていたプレイアさんが、突然僕達の間に割って入った。
「ハイハイ、ケンカはやめよーね! あのさ、せっかく晴れたのに台無しにする気?」
「あ、いやそういうつもりじゃ……」
「元はと言えばアンタが--」
「テイラ!」
「ぐっ……」
僕が叫んで、やっとテイラは口のチャックを閉ざした。
「それでよし。じゃあ……はい、これで良いかな?」
「わぁぁ、プレイアさんのサイン入りブロマイド……! だ、大事にします!」
「うんうん、テイラと違って素直な子だね」
「フン、余計なお世話だぜ」
もしかして、テイラってヒーロー事務所でもこんな感じなのかな。だったら迷惑かけてるってことだし、何か説教でもしないと……。
「ねぇってば!」
「うわっ⁉︎ ど、どうかしました?」
「やっと気付いた。さっきから呼んでんのに返事しないんだもん。で、名前書いてあげるけどなんていうの?」
どうやら僕の名前を書いてくれるということで、僕の名前を聞きたくてずっと僕のことを呼んでいたらしい。考え事になると周りの音声を気にしなくなるの、僕の悪い癖だな。
「えっと、メイビス・アランです」
「ん? アランっていうと、ディレクターの話してた子かな? まあ良いや、はいサイン」
僕のことを気にしながらも丁重にプレイアさんはサインを書いてくれた。
ある物事に集中しつつ、もう一方にも集中できる。僕もこういう風にならないとな。社会に出るんだから、それくらいはできないと。
「ディレクターのやつ、アンタにまで話してんのかよ……」
「私と、他のヒーローにも話してたかな? でもさっき、すごい真剣な表情だったけど何か考え事?」
「あ、えっと……テイラっていつもあんな風にしてるのかなって」
「あ~……そうだね。短気ですぐケンカ腰」
「やっぱり。すみません、後でお仕置きしておきます」
「なっ、分かった。マジメにやるからよ、お仕置きはなしで頼むぜ」
よほど僕のお仕置きが怖いのだろう。あっさりと、さっきまで見せていたツンケンとしていた態度を変えて見せた。
「す、すごい。あのテイラが……。一体、どんなお仕置きを……」
「いやぁ、100キロのオモリをじつげ……」
実現化と言いかけた途端に、テイラが僕をギロリと鋭く睨んで合図を送ってくれた。そのおかげで、僕の異能力を暴露せずに済んだ。
「じゃなかった、背負わせるだけですよ」
「100キロかぁ。それはテイラくんには良い具合のお仕置きかもね」
「そのおかげで筋肉痛になって、ヒーロー勤務になったら堪えるんですぜ?」
なんだかんだで僕達は談義で盛り上がっていた。一般人である僕だけじゃ叶わない光景が、テイラのおかげで叶っている。この今を当たり前だなんて思えない。だから、僕にできる精一杯で、ありがとうの#裏返し__・__#を伝えるんだ。テイラにも多分だけど伝わっている。だからきっと傍にいてくれるんだろうな。
流れて落ちていく花びらを見つめながら、僕は密かにそんなことをふと思っていた。
「だからアランくんってば!」
「あ、ごめんなさい」
まだ、まだまだな僕だけどね。