第11話 バケモノの起源
それは100年前、2017年にまで遡る。宇宙どころか地球の全てがまだ未発見だった頃の話。そして国境という考えが残っていた時代遅れも甚だしいくらい昔の話だった。
花岬 頼疾という、花岬家の始まりとも呼ばれる男がいたそうだ。頼疾はとにかく心霊スポット巡りが好きで、噂を聞けば仕事であってもほっぽり出して記念写真を取りに行ってしまうほどだったらしい。
「ここが噂のトンネルか……寒いな」
頼疾は常紋トンネルという、北海道で有名ないわく付きのトンネルへと行っていた。
「へへっ、どうせオバケなんかいやしねぇのに。合成してまたアイツら脅かそうかな」
首に下げていたカメラを構えて、頼疾は自撮りを始めた。その背後から、なにやら物音がする。
「な、なんだ……?」
車のようなエンジン音でも人の歩く音でもなく、誰かが苦しんでいるかのような音がトンネル内に響く。しかも1人の声じゃない、数人の声がこだましているようだ。
「ヒィッ!」
先程の余裕が消え去り、恐怖感で彼は両耳を塞いで跪く。ガタガタと震える腕、ドクンドクンと痛いほど強く脈打つ鼓動。その全てを無視するかのように、声のような音は強くなって行く。
「来るなぁ〜〜っ!」
オバケなんかいないと言っていた自分を忘れて、そう叫ぶ頼疾。だが、その声と同時に音は途切れた。
「へ?」
振り返ると、そこには真っ白い着物を着た女性が立っていた。遺された日記によると、その時代では考えられない格好をしていたらしい。
頭にかんざしをさし、おしろいを塗る姿は、この日本が江戸時代と呼ばれていた頃のものだったらしい。
「……美しい」
「困ります。ここは、安らかに亡霊が眠る場所。荒らさないでくださいまし」
「あ、あの! あなたは?」
だが頼疾はその格好に違和感を覚えるのではなく、恋心を芽生えさせてしまったらしい。
「ここの亡霊を見守る、奈落と申しますが……何か?」
「あの、お詫びにこれあげます。手持ちでこれしかないですが」
頼疾はあろうことか、左手薬指につけていた指輪を彼女へと手渡した。
「頂けません! これは、結婚指輪でしょう⁉︎」
「少し前に事故で死に別れした妻とのものです。子供もそのときに……」
「だったら余計に頂けません! 奥さんを悲しませるわけにはいかないですので!」
奈落と聞いて、僕はドラバースを消した奈落を連想したが、話を聞くばかりだとアイツとは正反対だ。おそらく別の奈落だろう。
「そうですか……」
「あの、こういった真似さえしなければ良いだけですので」
「分かりました……。でもオバケっているんですね」
「あなたみたいに非常識な方の前でしか姿は見せませんけどね」
「なっ。非常識……」
自覚していたのか、そう言われると頼疾は俯いてしまった。でも何を思ったのか、彼は奈落をカメラに収めた。
「な、何をするのですか⁈」
「俺、こういうやつなんで!」
悩んでいるそぶりはなんだったのか、頼疾は開き直ったかのようにニカっと笑ってみせた。
「まったく……。まあ、ここの亡霊達にさえ干渉しなければ良いですよ」
呆れたのか、それとも観念したのか。奈落は嫌々そうにそう呟いた。
でも、それを言ったのが間違いであった。その日を境に、頼疾は北海道に来ては奈落の写真を収める毎日。だがそれだけじゃない。お供物として、花を持ってくるようにしていた。
「よく分からない人です。私を撮って楽しいでしょうか?」
「あぁ、北海道に来た記念だ!」
「……ハァ。私も不思議です。あなたと会うのが、いつの間にか楽しみになっております」
「だろ? 俺はそういう男なんだぜ!」
得意げになる頼疾に、奈落はまたため息をつく。でも離れようとはしない。
「指輪、受け取ってくれないか?」
「……だからそれは――」
「これは中古品だ」
「中古って……あなた、何のつもり?」
「いや亡霊の見守りだろ? だったら新品よりも中古のほうが良いかな、なんて。それにこれ、300万円もしたんだぞ!」
その額を聞いて、奈落は口をポカンと開けて唖然としていた。
「い、良いんですか⁉︎」
「あぁ。まあこんなのじゃ、愛は伝えられんがな」
「……でも……お気持ちだけで十分です。私は亡霊、あなたは人間。どう足掻いても、繋がりを持つことは許されません」
諦めるように、奈落は頼疾が差し出す指輪を押し戻した。だがそれで折れる頼疾な訳がなかった。
「亡霊だって恋したって良いじゃないですか。恋愛がないなんて、回らないお寿司です」
「はあ?」
あまりに酷く状況にそぐわない例えに、奈落はすっとんきょうな声を出して疑念を曝け出した。
「……そこは、『何言ってんの』とかつっこめよ」
「いやアンタのノリが分からない……」
「おっ、やっと敬語じゃなくなったな!」
「あっ」
まんまとやられたと思い知らされて、奈落は悔しそうに地面を殴って腕を震わせた。
「てなわけで。良いだろう?」
「……でも……」
「恋に人間も亡霊もない!」
「……よくそんな恥ずかしい言葉を叫べるな……。分かった、約束はするけど……言っておくよ、子供は産めないし、家事もできない。それでも?」
「あぁ、一緒にいるだけで良い」
その約束で、2人は結ばれた。それだけならば、何も問題はなかった。だが、この日から段々と、奈落は恋に堕ちていき亡霊の見守りを怠けるようになっていた。
今までは安らかに眠り続けていた亡霊が、心霊スポット巡りと訪れる人々に怒りを覚え、襲うようになっていった。やがてその亡霊はバケモノとなり、初の観測地点となった。
その情報は一気に加速し、他の心霊スポットを見守る亡霊全てに知れ渡っていた。そんな彼らを否定するものが多かったが、中には彼らの行動を真似する者も現れ始めた。
奈落は最悪な亡霊と見放され、その元凶を作った頼疾は地獄行き確定とされた。そんな2人は、ある計画を企てていた。
墓地に眠る頼疾の子供の遺骨を掘り出し、奈落の力で亡霊の魂を集合させて身体を作り上げた。その姿は、生前と同じ姿だった。
「成功よ」
「あぁ。で、コイツで何するんだ?」
「北岬家を発展させるの。亡霊の世界と人間の世界を繋げるように、この鍵を渡してね」
奈落はかんざしを取った。だがそれはかんざしではなく、鍵だった。
「これは、亡霊の世界へと繋げる鍵。どんな扉でも、この鍵を使えば一瞬で亡霊の世界へ行ける扉になるの」
「そうか……。でコイツには花岬家を発展させる役割を果たしてもらうってわけか」
「そういうこと。そうすれば、花岬の名は知れ渡り、他の亡霊共を見返せる!」
それが今の花岬家の始まりだったらしい。地中に眠る亡霊が全てじゃないと知り、僕は身震いした。
「こんな感じでしょうか」
「でも、いたって美雪さんは人間っぽい……」
「当たり前ですわ。わたしはちゃんと、受精卵として生まれてきた人間ですもの」
「あの写真を見るに、それは分かる」
マスケルがあの写真と言い、僕は窓辺に置かれている写真を見た。光の反射でよく見えなかったが、それは家族写真だった。
幼いが、写真左下、父親と思われる日本人の足元でピースしているのが美雪さんだろう。白いワンピースがよく似合っている。
そうなると、隣にいる同い年くらいの少女はおそらく美雪さんの姉だろうか。美雪さんとは違って、活発そうに母親であろう女性にジャンプして抱きついている。
「……フワァ〜」
「あ、エリスちゃん眠い?」
「子供には難しい話ですものね」
「エリス、子供じゃないもーん……スゥ」
「ふふ、すぐ寝てしまうのでは、まだまだ子供ですわ」
ティーカップを机に置いて、美雪さんは僕の横に畳んで置かれている毛布を広げてそっとエリスにかけてあげた。
「お話は以上で良かったでしょうか?」
「ああ。話を聞かせてやりたかっただけだ」
「え、じゃあわざわざ美雪さんに話させなくてもマスケルから話せば良かったじゃん」
「俺も詳しくは知らない。あくまで、花岬家がきっかけとしか」
「じゃあ、細かい話は知らなかったってこと?」
「そういうことだ」
マスケルって言葉足らずのときがあるから困るんだよなぁ。まあ聞けば答えてくれるからまだ良いけど。
「って、エリスってばアールグレイ残しっぱなし」
「本当だ、まだ半分くらい残ってる」
「……もらって良いか?」
「え、マスケル好きなの?」
アールグレイ好きって、料理と肩揃えて似合わないなぁ。
「マスケルって案外乙女だよね」
「黙れBL腐女子」
「なっ、どこで知ったの⁉︎」
「お前のデスク、書類に混ざってた」
「なっ……」
顔を真っ赤にしてプレイアさんは黙り込んでしまった。言い返せないところを見ると、どうやら図星らしい。
「ふふっ、愉快ですわ」
「ん、うまい」
色んな話が飛び交っているこのカオスな空間で、僕もアールグレイを飲む。まっすぐに舌を伝う味わいに、僕はそのギャップで苦しむ。
このまま飲み続けて良いものか。それとも会話に混ざったほうが良いのか。そんなことを考えているうちに、温かかったアールグレイは冷めて、会話は完全に終わっていた。