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第27話 春日和には花見だよ

 レッドウルフのシチューを食べて元気になり、僕は街を、彼と一緒に歩くことにした。

 湘南区の危機は過ぎ去ったと区民に知れ渡り、段々と賑わいが戻ってきた。

 桜で有名な親水公園には、子供連れの家族で花見をしている姿も見られる。平和になった証が目にとれて、僕も嬉しくなった。


「花見、か。俺たちも花見するか?」

「あ、それ良いかも」

「そうなると、先に場所取りと準備だな。俺が場所取りしておくから、お前は……?」


 別行動をしようと提案するレッドウルフに、僕は両腕でバツ印を見せた。


「そのほうが効率いいはずだが?」

「そういうんじゃなくって。その……好みとか分からないから、買い出しはできないし……」

「じゃあ、場所取り任せる」

「もーっ! この分からず屋! 一緒にやりたいってこと!」


 僕の言いたいことが伝わらなくて、ムキになって僕は大声で叫んだ。その声に、周りの通行人は僕達の方を見る。


「あっ……」

「何騒いでんだよ。ったく、少しからかったらこれだ。本当にテイラのそばにいたのか?」


 たしかに、言われてみればテイラの仕掛けてくるからかいと似ていた。


「うぐっ……。ハァ~」

「まあ、1人にさせはしない。それくらいなら、俺にもできる」

「なに? 愛の告白とか?」

「っ! え、えっとだな……」


 顔を真っ赤にして、レッドウルフは俯いてしまった。ただの冗談で言ったのに、本気で考えている彼を見ていると、なぜか僕まで恥ずかしくなってしまった。


「と、とりあえず先に買い出ししよっか!」

「あ、あぁ……」


 心ここに在らずと言っても良いくらいのぎこちない返事に、僕の心はくすぐられる。

 一応、念のため、誤解を解くために、僕はネタバラシしておくことにした。


「あ、あのさ。冗談だから気にしないでね」

「冗談⁉︎ コンニャロ!」

「アイテッ!」


 冗談と知ったレッドウルフは、僕の頭に1発ゲンコツした。




 ~モール~


 買い出しすることにして、僕達の事務所があるモールへと入った。今思うと、いつもこのモール使っているのに、裏に事務所があるなんて思いもしなかったな。

 それどころか、地下にあんな秘密の戦闘ロボがあるなんて。

 --と、ショッピングカートを押しながら僕は考えていた。


「……い! おい!」

「へ?」


 後ろで大声で叫ぶ声がして振り返ってみると、肉売り場にいる僕に向かって、野菜売り場にいるレッドウルフが僕を呼んでいる。


「1人でどこまで行くんだ!」

「あ、ごめん。考え事してて」


 どうやら野菜売り場に立ち寄っていたレッドウルフに気付かず、まっすぐここまで歩いてきたらしい。

 何かに集中すると周りが見えなくなる癖、早いとこ治さないといけないな。


「まったく。で、レタスとトマトで良いか?」

「え、花見だよね?」

「ん? 花見ってこういうの食わないのか?」

「いやいや⁉︎ お団子とかお饅頭とか……もしかして、花見知らないとか?」


 花見について何も知らないレッドウルフ。というより、かなり誤解をしている彼を見るに、知らないと断言しても良いだろう。


「あぁ……まあ、知らない。今まで、そういう騒がしいことには参加しなかった」

「え、じゃあなんで……」

「お前が喜ぶなら、俺はなんでもする」

「……」


 あぁ、きっとレッドウルフは今まで1人だったんだな。

 ふと僕はそう思えた。誰かとつるんで楽しそうにしている彼を想像できない。いつも無愛想で、楽しむことなんて考えてなさそうだったから。

 それなのに僕は、たった少しのひとりぼっちに何を悲しむことがあるんだろう。僕よりも寂しい思いをしている人はたくさんいる。僕だけじゃないんだ。その時点でひとりぼっちじゃない。


「レッドウルフ。僕、もうレッドウルフって呼ばないよ」

「は? 何を言い出すんだ?」

「今まではヒーローとして見てたけど、これからは個人として見るからさ。よろしくね、マスケル」


 僕はマスケルが手にするレタスをショッピングカートに入れて、他の野菜も見渡す。


「野菜食べながら見る花見も、案外悪くなさそう」

「へ……?」

「わぁ、この苺おいしそーっ!」


 僕は次々に野菜や果物を選別しながら迷いなく入れていく。


「……ありがとな」

「ん? ほら、突っ立ってないで一緒に選んでよ」

「……イエッサー!」

「アッハハ! 良いじゃん良いじゃん、そのいきだよ!」


 僕のノリに応えてくれたマスケルに、親指をたててグッドサインを送る。

 それを見て、彼は照れくさそうに笑ってくれた。こんな僕でも、誰かを笑わせられる。そんな自信を、与えてくれた。お礼を言うのは僕のほうかもしれないな。




 そうして買い出しを終え、僕はモスイさんに電話をし、花見をすることを伝えた。


『分かったよ、それじゃあアイツらにも伝えておくぜーい』

「あ、あのモスイさん? なんか、桜の出撃辺りからキャラおかしくないです?」

『アッハッハ! あんな堅っ苦しい俺、いやせんよ。演技だよ演技』


 「なかなかに芸が達者なことで」

 その言葉を歯に噛んで、僕は苦笑いした。


「じゃあ、それでお願いします」

『分かったぜい。そんじゃあ親水公園な』


 場所だけ復唱すると、モスイさんは電話を切った。


「よし、で良いのかな? マスケル、一緒にま……?」


 一緒に待とう。そう言いたかったけれど、マスケルは桜の幹に背もたれながら木漏れ日の下で眠っていた。


「……もう」


 僕はマスケルの頭に当たっている木漏れ日に触れる。サラサラな毛並みが温もりを抱いていて、心地よかった。


「って、こういうのは恋人同士でやるものか……ってうわっ⁉︎」


 急に目の前が真っ暗になった。瞼の辺りに温かくて柔らかい何かが当たる。

 慌てふためきながら、その何かをどけようと握ってみる。その感触で、誰かに手だと分かった。


「あ、どかすの禁止!」

「エリス、そういうのは『だ〜れだ?』って言いながらするんだよ」

「あ、そうだね」

「おうおう、たくさん買ってきたじゃねぇか。酒あるか?」


 僕達を見つけて、エリスとプライアさん、モスイさんが合流した。


「お酒はないです。飲めない人が多いですし」

「ちぇ、しけた花見だな」

「文句言わないでください。って、なにこれ。野菜?」

「え〜! お菓子ないの〜っ⁈」


 やっぱり、花見なのに野菜しかない袋を見ると驚くよね。でも、あくまでその袋は反応が気になったから野菜だけ入れてある。

 本命というか、オーソドックスの花見用にと買ったものが入っているのは、『透明』と書いて見えないようにしている。


「アッハハ、良い反応! お菓子はこっちだよ」


 水性のペンで書いたから、少しなぞるだけで文字は消えて、洋菓子や和菓子を入れてある袋が姿を見せた。


「もう、イタズラ厳禁!」

「エリスちゃん、子供なのに難しい言葉知ってるね」

「子供じゃないもん!」

「ん、マスケル寝てるのか?」

「はい」


 寝ているマスケルを見つめながら、モスイさんは微笑んでいた。


「そうか。それなら良いんだ。さっ、俺の奢りだ! じゃんじゃん食え、飲めーっ!」

「えぇぇっ⁉︎ これ全部僕の自腹なんですけど⁉︎」

「『アハハハ……』」


 僕とみんなの笑い声が親水公園に響く。僕でもヒーローになれるということを教えてくれたこの場所が、僕という存在を認めるように。

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