第20話 アゲハ蝶
バケモノが操るロボットが、僕達を取り囲む。テイラは目を瞑ったまま動かない。
それがテイラの戦闘スタイルだ。僕がよく知っている。テイラの異能力、『状態変化する尻尾』が街を壊すことなく大暴れできる時を待っているんだ。
そして、ロボットは一斉にテイラへ襲い掛かろうと駆け出した。
「へっ、出てきたなっ! 『ニードルテール』!」
ロボットの足音を耳にし、テイラは反射的に飛び上がって尻尾を針状に変えて地面に突き刺す。
そして、腰から拳銃を取った。それは、レッドウルフが幼体のバケモノを退治したときと同じ拳銃だ。
「アラン、弱点どこか分かるか⁉︎」
「えぇっ、分からないよ⁉︎」
いきなりの問いかけに、僕はカメラを下に向けてテイラに答えた。
「ちょおい! カメラ忘れんな!」
「あ、ごめん!」
「とにかく、撃つっきゃねぇか!」
テイラは拳銃を構えて、ロボットに照準を合わせようとした。
だけど、撃つ前にロボットがテイラの尻尾を日本刀で切り裂いた。
「ドワっ⁉︎」
その尻尾を支柱にしていたテイラが、地面に叩き落とされる。そんな姿はもちろん生で見たことはないが、映像としても見たことがない。
「え……」
これ映していいものなの?
当たり前だが、普通こういう現場を映したら放送事故扱いされるだろう。でもこれはバンファイTVのライブ映像だ。この場合は例外になるのか?
そんな迷いごとをしていると、またカメラを地面に向けていた。
そのカメラの先には、切られた尻尾がウネウネと自我を持つかのように動いている姿があった。
「げっ⁉︎」
「ウォイ! それ映すな!」
「ご、ごめん……!」
こっちを見つめるテイラじゃ気付けないだろうが、彼の背後にロボットが剣道で言えば面の姿勢で日本刀を頭の上に構えていた。
「まずい!」
僕は咄嗟に、『何か遮るものが欲しい』という欲を今にも叫びそうなほどに強く出した。
すると右手の甲にできていたアゲハ蝶のような痕が眩く光った。
「え、えっ⁉︎」
その痕から出てくる光の中へ、地中から何かが入っていく。それはバケモノの素となる亡霊ではなく、テイラを包んだときと同じ白い光の粒だ。
だけどそれは僕を包むことなく、テイラと今にも彼を切ろうとしているロボットの間へと入り込む。そしてそこに残ったのは、1枚の鉄板だった。
「ギィィィ⁉︎」
ロボットが驚くかのように声を上げる。いや、正確に言えば声じゃなくきしむ音だ。
「うおっ⁉︎ 気付かなかったぜ、サンキューな!」
地面に落とされても、テイラは焦ることなくロボットへ銃弾を浴びせていく。6発全段命中させ、6体は破壊できたが、まだ4体残っている。
「ちっ、弾切れだ!」
「じゃあ僕が書く……あっ!」
手の甲に書けばいいと思ったが、ペンのインクが切れて、虚無を描くことしかできなかった。
「どうしよ……!」
どうしようもないけど、どうにかしたい。そんな欲が掻き立てられる。その刹那、瞼の奥で何かが揺らいだ。真っ白いアゲハ蝶だ。僕に向かって問いかけてくる。
『選べ。力か、強さか。どちらか、選べ』
そう、脳内へと声が響いてくる。僕は、突破口を見つけられる強さが欲しい。そう、なぜか欲を出した。ほぼ反射的に答えていた。考える暇などないのだから当たり前なのだろうが、僕自身こんなことを欲しがっていたのかと思うと怪しい。
だが、そのアゲハ蝶は僕の答えを聞くなり眩い輝きを放ち、僕の中へと舞い込んだ。
「っ! テイラ!」
ボーッとしている暇はない。我に帰り、僕は咄嗟にテイラの名を右手を伸ばして叫んだ。
それだけ、たったそれだけのことだった。なのにあろうことか、僕の右手の甲の痕から光がまた放たれた。その光は、ロボットの中に憑依していたバケモノを引き出した。
『見つけた! こっちだ!』
『あとは任せな! いくぜ!』
僕達の背後から、不安に覆われた胸を温めてくれる声がした。
振り返れば、各々の所属事務所のロゴが入った燕尾モデルのヒーロースーツを身に纏っていた。
「変な敵だと思ったが、結局はバケモノだったようね」
「テイラは下がってな。後は俺達に任せとけ!」
「戦闘準備完了、いつでもいける!」
生でヒーローの戦闘が見れるなんて、これ以上の幸せはない。だけど、集中しなくちゃ。バケモノ退治が終わるまで、僕もヒーローと同じなんだ。
「カメラ、任せてください!」
バケモノがまたロボットの中へ入っていく。再び面が赤く点灯し、突きの構えで日本刀を両手で握りしめる。
ヒーロー達も負けじと戦闘態勢を整えている。
僕もまた、カメラをこの戦闘が避難シェルターにあるテレビの前の人々に届けられるように向けた。