第18話 所属事務所
バケモノ発生まで残り1日を迎えた朝。既に避難勧告が出されており、街は閑散としていた。
それもそのはず。僕達の故郷がバケモノノマチとなった前例があることから、人々の避難勧告に対する警戒意識が高まっているのだ。
病院から出ると、春の暖かい風が吹いた。だけど呑気にいるわけにもいかない。太陽に右手を伸ばして、その光を掴むようにギュッと握り拳を作る。
「あ、なんだ。先に出てたのかよ」
そんな僕の左肩を、病院から出てきたテイラが掴んだ。
「……僕、本当にディレクターになれたんだよね」
「あぁ。なれたさ」
「テイラに出会ってなかったら、きっとこんな今に出会えてなかった。ありがとう」
そうテイラにまっすぐ告げると、彼の頬は赤く染まり、恥ずかしそうに瞳を泳がせていた。
「な、なんだよいきなり改まって。照れるじゃねぇか」
「ううん、これからもよろしくって意味で」
「だったらそれだけで良いっての! でもま、ぶっちゃけお前にはヒーローでいてほしいがな」
小さくそう呟くテイラに、僕は迷った。お父さんが元々はスキル不所持という事実を知って、こんな僕でもヒーローになれるのではないかと思い始めたからだ。
「まあ明日はディレクター見習いとして戦闘の光景を見るはずだぜ。そのときにでも考えてくれよ」
「うん。分かった」
「じゃあ……? そういえばよ、各ヒーローの専属事務所、聞いてるか?」
「あっ! 聞いてない!」
ヒーローは個人で活動しているわけではない。どこかの事務所に必ず所属していて、その事務所の出す商品の宣伝をしなければならない。
いわゆる、広告活動こそが、ヒーローがちゃんとした一般的なテレビに放送出られる唯一の手段なのだ。
「んじゃまあ、その紹介も兼ねて事務所辺りの調査しておくか」
「うん、ありがとう」
そうしてテイラと歩くことおよそ10分。大きな街頭ビジョンのあるショッピングセンターに入ると、迷うことなくテイラは突き進んでいく。
「ここだ」
そう言って、テイラが立ち止まったのは、とある車屋だった。
「え、ここ?」
「あぁ。お前会ったって聞いたぜ? 養成学校のチビに」
「あぁ、ドレスの」
「アイツ、ここにスカウトされたらしいぜ」
「えっ、でもこの車屋って!」
車屋とはいえども、地球圏外で作られている最新鋭技術を搭載した車を取り扱う、ヴァントという車屋だ。
そんな超大手の車屋にスカウトされるって、あの子一体何者なの。
「まあ全部、このモール内に事務所あるんだがな。次はこっちだぜ」
モール内に事務所があるって、このモールってそんなに企業の事務所あったっけ。
少し疑問が残りつつもテイラのあとについていくと、なんと[関係者以外立入禁止]と張り紙がされている鉄扉の向こうへと入ってしまった。
「この奥にあるぜ」
「で、でも良いの? 関係者以外は……」
「何言ってんだ、ヒーロー事務所があるのにヒーロー関係者が立ち入れないわけないだろ」
言われてみればそうだけど、でもなんか居心地悪いなぁ。まだヒーロー関係者になった自覚も薄いのに。
「ここだぜ」
「え……えっと?」
ひんやりとした薄暗いモール裏の奥の廊下の左右の壁には扉がいくつもある。
掛け軸には、ヒーロー名が書かれている。質素な作りに思わず僕は唖然とした。
「まあ他のヒーローの部屋は許可がないと立ち入れないがな。よし、それじゃあ1人ずつ紹介していくぜ。まずはぁ⁉︎」
テイラが説明しようとしたとき、全ての扉が一斉に開き、その光景に僕もテイラも驚いていた。
「ごめーん! そういえば事務所紹介してなかったっけ」
「社長の命令で来てやったぜ!」
「まあ、俺は言わずもがな分かるだろうけど」
「……まあ、言っちゃうとな。実は放送局とこの事務所、地下通路の自動輸送システムで繋がってんだ」
だから全員一斉に出てきたわけか。にしてもタイミング良すぎでしょ。社長、もしかして図ってた?
「じゃあ俺から紹介すんぜ! 俺と提携組んでんのは、総合栄養ドリンクのビタミラシーPで有名な大鷲製薬だ!」
「私はどこよりも電波を強く届けられるがキャッチフレーズの、ドリモ!」
「俺……今再スカウト待ちだが。前はタイヤで有名なリバーストーンだ」
「そして俺が、ドラゴンゲームで超有名なスクエニだぜ!」
箱詰めの栄養ドリンク、ドリモの携帯電話、折り畳み自転車のタイヤ、ゲームのパッケージなど、全員、その企業の出している商品を片手にどこの事務所に所属しているかを教えてくれた。
「あれ、でもヒーローってこれだけ? 扉の数と合ってないような……」
扉は8個。なのに、あの女の子を含めてもヒーローは5人。3部屋余ってしまう。
「実は、前までは8人いたんだが、異動だったりで減ったんだ」
「よくある話だよ」
まあ人事異動とかはヒーロー以外の職業でもよく聞く話だし、それなら人数と合わなくても当たり前だと僕は納得できた。
「よし。紹介もできたし、後は避難できていない市民がいないか各自で見回りだ!」
「『了解!』」
ドラバースの指示に、全員が声を合わせて返事をする。もちろん僕はそんな決まりを知らないから返事できていない。
「ちょっとアランくん! 隊長はドラバースなんだよ」
「あ、ごめんなさい! 知らなくて」
「プレイア、そう堅いことは言わないようにしようぜ?」
「はぁ~、大体アンタがそういう感じだから、全然チームワークが取れないんでしょ!」
「お前ら、ケンカは外でやれ」
プレイアさんとドラバースの不仲が生で見れて、僕はすごく悦に浸っていた。
「笑い事じゃねぇよ」
「あ、ごめん。なんか、生のヒーロー見れて嬉しくって。だけど、たしかに笑ってる暇ないよね。ドラバース、了解しました!」
「よしっ、それじゃあ昼のチャイムが鳴ったらモール前集合だ!」
「『了解!』」
今度は僕も大きく返事をして、モールの外へと飛び出した。僕もヒーローの関係者になれたのだという、たしかな実感を抱えて。
所属事務所の名前を考えるのがすっごく大変でした。著作権ギリギリまで攻めているのもあるので、不安も少々……。