第17話 未収穫
大観音寺に着いたは良いものの、バケモノの気配どころか人の気配もない。流石にこんな夕暮れ時に参拝に来る理由も、春先という時期じゃないに等しいか。
「ん~……既に結界からは出て行ってるみたいだな」
「封印の札……破けてるな。いつもと同じだ」
「いつもって、この37回も起きてるバケモノ発生のことですか?」
「あぁ。このバケモノ発生は、必ず結界の要となる封印札が破かれている」
封印札は僕も見たことがある。寺院の参道や本殿、中には手水の中に貼られている場所もある。
「封印札には決まりがあってな。必ず真北の方角へ貼らなければいけないんだ」
「あとは貼る場所は自由。ただ、なるべく目立たないような場所に貼ること」
「そうでもしなきゃ、不良とかに破かれそうですもんね」
実際、破かれたという騒動はいくつもある。でも、その件数とバケモノ発生は比例の関係になっていない。
「まあでも、破かれたところで全部破かれなければ封印できるんだがな」
「え、じゃあ今までって……」
「そう。全部破かれてた」
その時点で、僕は1つの事実だけ、予想がついた。
「多分……破っているのは奈落じゃない」
「どうしてそう思うんだ?」
「奈落はバケモノだって、レッドウルフが言ってた。それが事実なら、奈落も蘇った亡霊なはずでしょ?」
「たしかに真っ黒な瞳を見せた時点で、奈落はバケモノだ。だが、バケモノが封印札を剥がすことも……いや待て、あるのか?」
そう。バケモノは、幼体のときには虫を食い、月光を浴びて成体になる。そして今度は人を襲うようになる。
そんなバケモノが、わざわざ仲間を増やす真似をするだろうか。たしかに奈落は、人間の亡霊から生まれただけあって知能は高いが、やっていたことはバケモノを呼び寄せただけ。
つまりは奈落が封印札を剥がしたと決めつけるのは時期尚早というわけだ。
「……よし。じゃあ帰るか」
「ん、ドラ先輩がそう言うなら帰る」
「え、もう帰るんですか⁉︎」
「……ドラ先輩は疲れてんだ、休ませてやれ」
「は、はぁ」
一瞬の間が気になったが、冷え込んできたのもあって僕はラッキーと思いながら帰ることにした。
~大学寮~
モスイさんの車で寮の前まで送ってもらえたのは良かったけど、既に夜の8時を過ぎていた。
急いで自分の寮へ戻ると、居間でオレンジ色の上半身の肌を見せながら、テイラが大きなイビキをかきながら眠っていた。
「あ~もう、だらしないなぁ! アラームアラーム……ってうわぁ⁉︎」
眠っているテイラをまたごうと思ったら、ゴロンと寝相を変えたせいで、僕は思いっきり右足を彼の横っ腹に引っ掛けて盛大に転んだ。その勢いは、彼の横にあったチャブ台を真っ二つにするほどだった。
そして僕は、見知らぬ空間にいた。真暗で、何もない。知っている人の名前を呼び上げても、返事はなく、ただその声が響き渡るだけ。
怖くなって駆け出すと、今まで経験してきた嬉しいことや悲しいことが全部思い出される。
もしやこれ、走馬灯なのでは⁉︎ と思った途端に、僕は眩しい光に包まれた。その眩しさに、思わず右手をかざして光を遮ろうとした。
「ん……」
瞼が開く感覚がある。どうやら、生きているようだ。だが、視界の左上には液体の入った袋と、そこから出ているチューブ。右側には僕を見つめて泣いているテイラの姿があった。
「僕……?」
「良かったあぁ゛ァァァァァ!」
何が何だか分からない僕をテイラがガバッと覆い隠すように抱きつく。
何も知らないのに何も教えてくれないテイラに困惑していると、ノックの音がした。
その方向を見ると、引き戸式の白い扉が見えた。その扉で、ようやくここが病院だと分かった。
そして扉から入ってきたのは、プレイアさんにモスイさん、レッドウルフやドラバースに加えて社長の5人だった。
「大丈夫かい? チャブ台に頭打って、3日間も気を失っていたんだよ?」
「もう、心配しちゃったよ!」
「話を聞く限りだと、どっちもどっちだが」
「とりあえず無事でなりよりだ! 痛いところはないか?」
「外傷はないっていう先生の話、聞いてなかったの?」
ヒーローやら社長やらディレクターやら、みんな僕のために来てくれた。こんな嬉しさは、あの走馬灯の中にはどこにもなかった。
あぁ、本当に新しい明日が来てくれた。ようやく気付けた。テイラといるだけで新しいと思っていたけれど、本当はこれからだったんだ。
「それでまあ……あのな?」
「この3日間、ずっと調査してきたが……」
「『何の手がかりも、得られなかった!』」
「え、え?」
なぜそれを僕に報告するのか分からず、僕は病み上がりにはずなのに、一生懸命状況把握に徹した。
「いやまあ、ディレクターだろ? 報告は大事だよなと」
「あぁ~……でも、そんな未収穫だからって報告しないで。なんか、こっちまでマイナス思考になりそうだから。明るいことだけ報告しよ、悪い知らせはチャックかポジティブシンキング!」
そう言って僕はベッドから降りようとした。すると、あることに気がついた。
右の手のひらに、おかしな痕がついていたのだ。アゲハ蝶のような、大きな痕。痛くもないが、どこでこんな痕をつけたのだろうかと、思い返しても思い出せない。
「でも残り2日かぁ……まっ、なんとかなるだろ!」
「ディレクターさんの言う通り、ポジティブでいこっか!」
僕の言葉を守って、みんな明るい言葉で2日後のことを考えている。僕の中のヒーローは、どんなときでも諦めないから。