第13話 事実
再びレッドウルフの背中に乗って空を飛んでいると、ある光景が僕の目に止まった。
並木の上を、何かが走っている。小さいから見えにくいが、明らかに動物ではない異様な形をしている。
「レッドウルフ、あれ!」
「ん? なっ、あれはっ!」
この反応から察するに、やはりそれはバケモノだろう。だが、人を襲う気配がない。
「あれは雑魚個体だな。虫を食っているだけの、無害なやつだ」
「無害なの?」
「ただ、月光を浴びると強くなっていくんだ」
「雑魚個体はどうするの?」
「あぁ? もちろん殺すが……なんだ、あの人から教わってないのか」
「家じゃヒーローの話しなかったから……」
「そうか。あの人らしいか」
そう呟くと、レッドウルフは下降してバケモノに向かって銃口を向けた。だが、その手先は震えていた。
それを確認できて、僕は思わず微笑んでしまった。
「……できないならそう言えば良いのに。ちょっと失礼」
「なっ、く、くすぐったっ!」
「ちょ、我慢してよ!」
僕はレッドウルフの背中を借りて絵を描く。だけどそれがくすぐったいのか、レッドウルフはジタバタと暴れる。
そのせいで歪な形になってしまったが、手榴弾を実現化させた。
「ちょ待て! それ投げる気か⁉︎」
「あ、そっか」
そこが並木道なのをすっかりと忘れていた。もし投げていたら、バケモノどころかそこを歩く人々にまで被害が及ぶところだった。
「まったく……でも、おかげで迷いが晴れた。ふぅ~……」
背中が膨らむほど深呼吸して、レッドウルフは1発銃弾を放った。
その銃弾はなんとかバケモノの足を貫き、並木から引きずり落とした。
「よし、仕留める!」
そのままバケモノの近くまで急降下し、地上へ降りる。そのバケモノは、ウサギのような身体をしているが、足だけがバッタのようなものだった。
「メイラーンか」
「めいらーん……たしか、混合種のバケモノだっけ?」
「そうだ。バケモノはいわゆる亡霊だ。土の中で亡霊同士がくっつくと、こんな形になる」
説明しながらレッドウルフは銃弾をリロードし、6発全弾をバケモノに撃ち、確実に仕留めた。
死骸は残ることなく、灰になって空へと消えていった。
「よし。だが、今のやつは既に成体になりかけていた。つまりは既に幼体が出てきている」
「え、でも5日後がバケモノ発生じゃ……」
「それは成体の話だ。既に2日前には幼体が出てきている」
それでようやく僕は、ある事実に気付いた。それは、一般人に対するバケモノの警告は、ごく一部でしかないということだ。
「バケモノの存在って、一般市民にはどんなものなの?」
「そりゃあ危険な存在だ。まあそれもあるが……一般人というより、政府関係者からすれば厄介者だ。バケモノのせいで経済効果が落ちた事例が多々ある」
その情報でハッキリした。バケモノに対する警告は、規制されているのだと。そうでもしないと、人々は恐れて外へと出なくなる。その結果起きることは、社会経済が悪化するというあってはならない事態だ。
それを防ぐために、政府が規制をかけているのだろう。仕方のないことだが、納得しきれない。
「……お前の考えてること、なんとなく分かる」
「じゃあ、何しようとしてるかも分かる?」
「あぁ。どうせ、成体になる前に幼体を全滅させようって考えてるんだろ?」
「正解。じゃあ早速--」
「悪いが、それは叶わん」
「へ?」
思いもよらない不可能という発言に、僕はへんてこりんな声を出した。
「バケモノ相手には、異能力でしか対抗できん。さっきの銃弾は、特別製の対バケモノ弾だ。しかも全部使いきった。で俺の異能力は飛翔。対抗しようがねぇ」
つまりは対抗手段がなくなったということ。それが分かり、僕は落胆した。
「まあ戻れば銃弾はいくらでもあるが……」
「そっか。なら戻るしかないのか」
「そういうことだ。まあ、もうすぐそこだ。急げば全然間に合う」
「だね。じゃあまたお願い」
「いや、もう歩いていこう」
帽子を外して、レッドウルフは先に歩いていく。帽子で塞がった左手を、なぜだか分からないけれど僕は握っていた。嫌いなはずなのに、温かい感情が生まれる。
驚いた表情でレッドウルフは僕を見つめるが、僕も内心驚いているし、そのせいで真顔になっている。ただ言えることは、レッドウルフもヒーローだっていうことだ。