第11話 前兆と殺気
今回からいよいよ主人公が本格的に動き出します。物語を書く身としては、この話以降筆が踊り続けています。
地球防衛放送局の本部の中は、まるで学校のようだった。いくつもある入り口から入ると、太短い靴脱ぎ場と、間隔が狭く、縦に長い靴箱。そこへ靴をしまい、スリッパを履いてこの足が踏みしめるのは、細長い木製の床が伸びる廊下には、右手にロッカー、左手にオフィスという作りになっていた。
「じゃあエレベーターに乗ろうか」
「あ、はい……?」
エレベーターに乗ろうと言われても、エレベーターらしいものはどこを見渡しても見つからなかった。
と思ったら、床が盛り上がって、その角角に柱が伸びていく。だが、エレベーターといえば箱型。しかしこれは柱しかない。それなのに、躊躇なく獣人は先に乗り込んだ。
「まあまあ、入ってみなよ」
躊躇っている僕の背中を、モスイさんが優しく押していく。そして、中に入ると、柱に何かは分からないがボタンがあるのを確認できた。
それをモスイさんが押すと、柱から板が飛び出して、一瞬にして壁ができた。
「え、え⁉︎」
「ハハッ、びっくりしたかい?」
たしかに時代と共に機械も発展した。でも、こんなエレベーターなんて見たことがない。
見たことないから新鮮さはあるけれど、果たしてこれは効率が良いと言えるのかな。
「じゃあ、まずは……そうだな、先に入社申し込みしてもらおうかな」
そう言ってモスイさんは腕時計型の端末をいじる。それと共に、ガゴンと外から音がした。足元がフワンという感触を伝う。どうやらエレベーターが動いているらしい。
そんなこんな思っているうちに、壁が今度はシュッと一瞬で柱の中へ仕舞われた。その向こう側にあるのは、指紋認証キーが付いた扉だった。
「ここから先は社長室だ。失礼のないように頼むよ」
「社長室……えぇ⁉︎」
「誰でもこうなる。まあ安心しとけ。社長は気さくなやつだ。失礼かましたって、怒りはしねぇ」
「そ、そうなん……ですね。よし」
胸の前に握り拳を作って深呼吸して、今にも破裂しそうなほどバクバクと激しく鳴り響く鼓動を落ち着かせた。
「じゃあ、行っておいで。社長、昨日話した例の子連れてきました」
『ん~っ!』
扉の向こうから、まるでノビをしているかのようなすっとんきょうな返事をする声がした。
それを、まるで当然かのように気にすることなく、モスイさんは指紋を認証させて扉のロックを解除した。
「入ればわかるさ」
「はぁ……」
ここまできたら、ドンと胸張ってみるしかないか。僕はドアノブを握り、深く息を吸って扉をゆっくりとあけた。
「やあ、君が例のディレクター志望の子?」
「は、はい!」
高価そうな木製の机に頬杖しながら、金髪ショートヘアの若い男性が僕をジッと見つめている。
「ふぅん……パーフェクト! 採用だっ!」
「へ?」
突然大きな拍手をしながら、僕を即採用するこの人の思考回路が理解できなかった。
「アッハッハ! ベリグー! それじゃあ、早速仕事を与えよう!」
「え、えっ⁉︎」
何の段取りもなく、いきなり書類を渡され、僕はさらにテンパってしまった。
「ふぅ~。落ち着きたまえ、その紙は真っ白だよ」
「え、あれ……」
人柄がガラリと変わり、先までの横暴な態度から真面目な態度へとなっていた。
「いやぁ、やっぱり悪ふざけはやめようか。単刀直入に話そう、この紙に君のサインを書いてくれ」
「あ、はい……」
「最初からそう言えば良いのに」
心の中で愚痴をこぼしながら、僕は記入欄にメイビス・アランと書いて、社長に渡した。
「ありがとう……⁉︎ メイビス⁉︎」
「あっ……」
僕の姓を読んだ社長は、細い瞼を丸く開いて驚いていた。
それもそうだろう。メイビスは、伝説と呼ばれたヒーローの姓だ。そう、お父さんの。
「君、まさかメイビスの息子か⁉︎」
「え、えっと……僕は、ヒーローじゃ……」
嫌な記憶が蘇る。目の前に血しぶきが上がる、あの刹那が見せる、全てが歪んだあの記憶。
「……まあ良い、無理強いをしないのが俺の性分だ。たしかに受け取ったよ、それじゃあ早速明日からよろしく頼む」
「……はい」
僕は脳裏に取り憑く鉄のニオイを振り払って社長室を後にした。もちろん、廊下には僕を待つ2人がいる。
やはり、僕の顔色が変わっているのだろう、なんの声もかけてこない。
「……あの、今日はありがとうございました。お先に失礼します」
トボトボと歩みを始める僕の肩を、力強く誰かが掴んだ。振り返ると、その手は獣人のものだった。
「え?」
「……困ってるやつを助けるのが警察の役目だ。来い」
獣人はササっと僕の手を握って背負い、窓の外から飛び出した。
ここは最上階である5階。恐怖のあまり、僕は目を瞑った。しかし、いくら待てども落下した反動が来ない。思わず目を開けてみると、僕は獣人の背中に乗って空を飛んでいた。
「驚いたか? これが、俺の異能力、『滑空』だ」
「すごい……」
「ここなら話しやすいだろ? 話してみろ」
僕の顔色の変化に気付いて、気を遣ってくれている。それだけのこと、テイラの余計なくらいの気配りで慣れていたはずなのに、少し涙を流してしまった。
「実は--」
「ん? すまん、降りるぞ」
言いかけた途端に、獣人は地上へと降下を始めた。何かに違和感を感じたらしい。
地面に足をつけたと同時に、獣人はポケットに閉まっていた携帯電話端末を起動させた。だが、そのホーム画面は圏外と表示していた。
「やっぱりな。通りで急にスキル解放されたわけだ」
「え、スキル解放?」
「俺、ヒーローでな。まあこの格好じゃ分からんか。で、普段は異能力を最低ランクにまで落として使っているんだが、急に解放されたから違和感感じて気付けたんだ」
ヒーローが異能力のスキル強化しても、そのスキルのランクは自由自在に操れる。
それは知っているが、最低ランクにまで下げてるヒーローなんて聞いたことない。でも、そうなるとこのヒーローって誰?
「あの……本当にヒーローですか?」
「……流石は、アイツ公認のヒーローオタクだな。あぁ、俺は元ヒーロー、今は謹慎中だ」
謹慎中と聞いて、僕は言葉を失った。謹慎になったヒーローと知って、ようやくこの獣人がどのヒーローか分かったからだ。
「もしかして……レッドウルフ?」
「……あぁ、そうだ」
やっぱりそうだ。この獣人は、僕がこの世で最も憎いヒーローだ。
「罪滅ぼしのつもりなら、聞いてくれなくて良い」
「まさか、こんな形でメイビスの息子に会うとはな」
今ここで殺してしまいたいくらいのやつが目の前にいる。この獣人は、《《僕のお父さんを殺した》》張本人だ。