8.一緒のベッドで
翌朝、俺たちは出発した。
「じゃあ行こう!」
「ああ」
長年過ごした街を離れるのは多少の不安と、外の世界への期待が沸き上がる。
あの頃の気持ちを思い出す。
魔王を倒すための旅路、与えられた役割を全うするために全力を尽くすと意気込んで、いつの間にか旅が楽しくて、夢中になっていた。
辛いこともたくさんあったけど、楽しかった。
みんながいたから、あの旅は楽しかった。
アナリスの明るさに、何度も助けられたっけ?
「ん? どうかしたの?」
「なんでも。というか、馬車じゃなくて徒歩でよかったのか? ここから王都まで、しかも寄り道コミだとかなりの距離だぞ?」
「いいんだよ! あの頃だって馬車は使わなかったしね!」
「それは、馬車すらぜいたく品だったからだ。今は安全になって、気楽に使える乗り物だぞ?」
「そうだったの!」
アナリスは大きく目を開いて驚いていた。
十年前は魔王軍の侵略もあって、今より世界は危険で溢れていた。
物資は貴重で、馬車も台数が限られていたから、今よりも高価な乗り物だった。
彼女の世界に対する認識は、あの頃のままだ。
改めて十年という月日の長さを感じる。
「ま、いいよ。どうせずっと寝ていて身体が鈍ってるからね! いい運動になるよ」
「そうかもな」
この旅路で、彼女に今の世界を知ってもらおう。
あの頃と違って急ぐ必要はない。
ゆっくりでいい。
今の世界を、彼女と共に救った世界を堪能してもらおうじゃないか。
「今から楽しみだな」
そんな独り言を漏らしていると、分かれ道に差し掛かってアナリスが右へ行こうとする。
俺はその手を引いて彼女を止める。
「反対」
「あ、そうなんだ!」
「……お前、よく一人で街まで来れたな」
「本当ね! ドラゴンに追いかけられて逃げたら着いた!」
「……」
まさかドラゴンに感謝する日が来るとは思わなかった。
今後彼女が出歩くときは、短い距離でも同行しよう。
見失わないように。
「ところで寄り道ってどこに行くの?」
「内緒だ」
「えぇ! なんで!」
「そっちのほうが面白そうだからかな?」
「うぅ、ライカって時々意地悪するよね。私にだけさ」
「そうか? 俺は一番優しかったと思うけど」
「優しいけど意地悪なんだよ!」
彼女はプンプンと怒りながら速足になる。
不機嫌そうに見えるが、こうしてあからさまに怒っている素振りを見せるときは、大抵本気じゃない。
構ってほしかったり、ただアクションとして振る舞っているだけだ。
「到着してからのお楽しみだ。どの道数日かかる」
「大丈夫! 野宿には慣れてる!」
「安心しろ。しばらくは街道に沿って移動するから、道中の街で休める」
「やったー!」
ほら、すぐ上機嫌になる。
こういう一つ一つの仕草や態度も子供っぽい。
見た目もあの頃のままだから余計にそう見えるのだろう。
実年齢はもうちゃんとした大人なのにな。
「はははっ」
「あ、ひょっとしてライカ、今私のこと子供扱いしたでしょ?」
「――なんのことかな?」
「あーやっぱり! そうやって誤魔化して片目を瞑るのは嘘ついてる証拠だよ!」
片目、確かに瞑っていたな。
無意識の癖か。
自分でも気づいていなかったけど、俺は嘘をつくとき片目を瞑るらしい。
新しい発見だ。
今後は気を付けていこう。
「まったく酷いなぁ! 私はもう大人の女性だよ!」
「大人ねぇ……」
まぁ、昔から発育はよかったし、十六歳とは思えない。
それでもよくて二十歳行くかどうかの見た目だ。
加えて本人の明るく無邪気な性格と、小動物みたいな仕草……。
「あの頃のままだな」
「もう! それは見た目の話だよ! 中身はちゃんと大人だからね!」
「どういうところが?」
「それは――……内緒!」
あ、逃げたな。
そういうところも子供っぽい。
◇◇◇
出発して最初の街に到着した。
夕日はすっかり沈み、月明かりが街を照らす。
俺たちは夕食を適当に済ませ、今夜の宿を探す。
「中々見つからないねー」
「到着が遅かったからな。次の一軒で空いてなかったら諦めて野宿か」
「私はそれでもいいけどね!」
「アナリスは元気だな」
俺は休めるならちゃんとしたベッドで休みたいよ。
歳をとると野宿は厳しくなってくる。
そういう点では、十年間成長が止まっている彼女が羨ましい。
「すみません、宿を探しているんですが部屋は空いていますか?」
「はい。ただ、一部屋しか空いていないのですが……」
宿屋の受付は俺とアナリスを交互に見てそう言った。
男女の一組、二部屋必要だと思われている。
実際そのつもりだったから、少々困った。
「じゃあその部屋貸してください!」
「え、いいのか?」
「ダメだった?」
「いや、お前がいいなら構わないけど」
「じゃあ決まり! 一部屋で大丈夫です!」
「かしこまりました」
別々の部屋のほうがゆっくり休めると思ったんだが、彼女がそれでいいというなら何も言うまい。
ま、ベッドさえ二つあれば問題ないだろ。
「ベッドは一つしかありませんが、よろしいですか?」
「はい!」
「……」
大丈夫じゃなさそうだ。
アナリスは気にせず返事をしているけど、わかってるのか?