7.十年ぶりの旅路
アナリスは出来立てほやほやの冒険者カードをじーっと見つめている。
映し出されているのは、俺には見慣れた項目だ。
しかし普通は自分のステータスが数値として見られる機会は少ない。
「ライカのも見せて!」
「ん? ああ」
何気なく自分の冒険者カードを差し出す。
彼女は二つを並べて見比べている。
「ライカのほうが高い!」
「今はな。弱体化が影響しているんだよ。本来のステータスなら、お前のほうがずっと上だ」
「へぇ~ そんなに弱くなってたんだぁ」
俺も彼女もレベルはカンスト済み。
十年前の魔王との戦いに挑む直前、レベルは100に至った。
人類が到達できる最高レベルだ。
彼女の場合は、第二スキルの『限界突破』のおかげで、カンストした後も経験値を得ることでステータスは向上し続ける。
「後で俺の余剰経験値をお前にやるよ。多少の足しにはなるはずだ」
「本当? やったー!」
俺のスキル『シェアリング』で共有可能な項目は、ステータスと経験値だ。
ステータスに関しては、スキルの効果範囲外に出たり、俺が発動をキャンセルすれば元通りになる。
経験値だけは、一度移動させた後にスキル効果が止まっても、元には戻らず移動先のものになる。
与えた経験値は俺が取り戻さない限りそのままだ。
本来なら彼らに与えた経験値も、そのままにする予定だった。
今となってはアナリスのためになるし、回収して正解だったと思うけど。
ワイワイ騒いでいる俺たちにニコリと微笑み、
「おめでとうございます、というべきでしょうか。これでアナリスさんも冒険者の一員です」
「ありがとうございます! ディレンさん」
「いえいえ、勇者が冒険者になってくれるのは、我々にとっても名誉なことです。とはいえ、最初はF級からのスタートですので、いささか退屈かもしれませんが」
「あ、やっぱり彼女でもF級からなんですね」
「ええ、決まりですから」
冒険者の等級は、加入時点で割り振られ、基本的に一番下のF級からスタートする。
アナリスでも例外はないようだ。
それを聞いたアナリスは、ちょっぴりむくれながら言う。
「えぇー、さっきドラゴン倒してきたんだよ? ちょっとくらい上がってもいいんじゃないかな?」
「登録前に討伐したものは無効です。それに、クエストでもなかったはずですから」
「うぅー、ディレンさんは真面目だなぁ~」
「文句言うな。等級なんてクエストをこなしていれば自然と上がる。A級以降は審査が必要だけどな」
これまでの功績と、冒険者組合の職員との面談、簡単なテストがある。
俺がB級から上がらないのは、それを受けるのが面倒という気持ちが少しあった。
「そうなんだ! ライカは何級?」
「B級だよ」
「え! ライカでも一番上じゃないんだ! 意外だなぁ」
「俺はお前たちと違って凡人だからな。能力適正もほぼ全部Bだったし」
「何をおっしゃいますか。あなたは審査さえ受ければすぐにでもA級以上になれるんですよ」
「って言ってるよ? 受けようよ審査! 私もすぐ追いつくからさ!」
彼女はニコニコ笑いながら、俺の心をたきつける。
等級に意味なんてないと思っていた。
クエストを受けるための指標でしかないから。
今以上を望まない俺にとって、B級くらいがちょうどいいのだと。
でも今は――
「仕方ないな」
彼女と、勇者と肩を並べるのだから。
相応の成果と立場を手に入れなきゃ笑われる。
「ただし、受けるならお前と一緒に、だ。お前がB級まで上がったら一緒に受けよう」
「うん! それが一番いいよ! 他のみんなも一緒にね!」
「そうだな」
どこへ行くのも、挑戦するときも一緒だった。
あの頃のように……。
「ギルドを結成されるなら、名前はもう決めていますか?」
「あ、考えてなかった! ライカ、考えておいて!」
「俺が?」
「うん! ライカがリーダーなんだから」
「え、お前じゃないのか?」
「当たり前だよ。みんなもライカがリーダーだって言うと思うよ」
俺はてっきり勇者である彼女がギルドマスターになると思っていた。
聞いてみれば彼女にその気はなくて、俺がマスターになることを疑っていない。
他のみんなもそう言ってくれるだろうか。
「みんなにも聞いてからだな」
「そうだね! じゃあさっそく迎えに行こうよ!」
「王都に行かれるのですか?」
「ええ。ただその前にちょっと寄り道して、二人に声をかけようと思います」
「そうですか。お戻りはいつ頃になりそうですか?」
「距離的に、まぁ大体一か月以内には戻りますよ」
ギルドを設立するなら拠点となる街を決める。
俺たちにゆかりのある街と言えば王都だが、俺は十年以上過ごしたこの街が気に入っている。
ギルドの拠点とするなら、この街を選ぶつもりだ。
もちろん、他のメンバーにも聞いてからだけど。
「お帰りを心待ちにしております。素敵な旅を」
「うん!」
「ありがとうございます」
こうして俺たちは仲間を求めて旅立つことになった。
十年ぶりの長旅に、俺は内心少しだけワクワクしていた。