49.運命共同体
巨人化したグラーノは拳を握り、俺たちに向けて振り下ろす。
単純なパンチだが、威力はけた違いだ。
たった一撃で地形が変わってしまう。
「おうおう、すげーパンチだな」
クーラン以外の全員を、俺のスキルで移動させて回避した。
彼はだけは、俺がスキルを発動するより先に動き出し、グラーノの顔面に駆ける。
「その真っ白な顔を吹き飛ばしてやるよ!」
クーランの刺突がグラーノの顔面に直撃する。
「――!」
「無駄ですよ」
しかし通じず、槍は見えない障壁のようなものに阻まれた。
距離を取るクーラン。
畳みかけるようにシスティーとプラトが攻撃する。
「矢の雨はどうかしら?」
「氷柱もセットだよー」
エルフの矢と魔法の氷柱の同時攻撃が降り注ぐ。
爆発と粉砕。
あんな攻撃、ドラゴンですら食らえば飛ぶことは二度と叶わないだろう。
だが、これでも……。
「無傷……か」
「見えたよ! みんなの攻撃を変なバリアが防いでた!」
「ああ。おそらくあのバリアは物理と魔法攻撃、どちらも反射する類のものだな」
「正解です。これこそ私を守る無敵の盾。この盾を前に、聖剣も刃を通しませんよ?」
「それはどうかな!」
アナリスが俺のスキルでグラーノの背後に回り、聖剣を横に振る。
放たれた聖なる斬撃。
これを透明なバリアが相殺した。
「言ったはずです。無駄だと」
アナリスたちが交戦を継続する。
どうやらバリアは全方位に展開されていて、攻撃は全く通らない。
聖なる力すら弾く。
グラーノは戦闘能力が高くない悪魔だった。
その欠点を、自らをモンスター化することで補っている。
防御は強力だが、攻撃は物理手段のみ。
油断しなければ倒されることはないけれど、このままじゃ消耗戦になる。
街でモンスターと戦闘したばかりで、全員が疲労している中、消耗戦はこちらが不利。
「――仕方がない」
あとでみんなには謝ろう。
覚悟を決めた俺は単身、グラーノの頭上に転移する。
「ライカ!」
「――お前まさか」
「――! 何をするつもりで――」
「お前からその盾、奪いにきたぞ」
人間が得られるスキルは三つ。
ファースト、セカンド、そして――第三スキル。
「――『運命共同体』」
俺がグラーノに触れた直後、彼を守るバリアが消失する。
「一体何をした!」
「そうか。お前は知らないんだな」
過去の戦いで使ったのは一度だけ。
魔王との最終決戦、奴が生み出した暗黒空間内で発動した三つ目のスキル。
知る由もない。
これこそ、俺が持つ最後の切り札。
皆を勝利に導くために、命を削る大博打。
グラーノの拳が俺を叩き落す。
地面に大穴が空くほど衝撃は、凡人である俺の肉体では耐えられない。
「何をしたか知りませんが、あなたを殺せば――!」
「痛いだろう?」
「――!」
本来ならば。
俺は生きていた。
五体満足で、大穴の中心でグラーノを見上げる。
「俺のスキル『運命共同体』は、触れた対象と肉体情報を共有する」
「共有……だと?」
「そう。俺たちは今、二人で一つの存在だ。俺へのダメージは、お前にも共有される。お前がバリアを張ろうとしても、俺がそれを拒否する」
この間、自分以外へのスキル発動はできなくなる。
それ以上に、グラーノから盾を奪うことが戦況を大きく変える。
「さぁ、一緒に死のうか」
「――! 異常者が!」
「お前にだけは言われたくないんだよ! みんな! 遠慮するな!」
「――後で怒るからね!」
アナリスが叫び、初陣をきる。
覚悟はしている。
このスキルは、仲間たちに俺を攻撃させるような性能だ。
優しい彼らに無理をさせてしまう。
だから使いたくはなかった。
こういう場面でもなければ、絶対に使わない。
「くっ、この……」
「っ……」
グラーノに対する攻撃は俺と共有される。
俺が生きている限り、グラーノは死なない。
互いのステータスも共有されている。
俺の役目はバリアの排除と、奴の攻撃を封じること。
「――!」
「どうした? 自分を攻撃するのは気が引けるか?」
「悪魔のようなことを!」
「自覚はあるよ。でも、こっちだって痛いんだ」
死なないとはいえ、痛みは激しく死に近づいている実感はある。
発動時間は三分。
俺たちは痛みを分かち合う。
「……はぁ、はぁ……」
「どうやらスキルの限界時間のようですね。これで――!」
(バリアが展開できない!?)
「俺のシェアリングは、仲間と自分自身にしか使えない。『運命共同体』を使っている間は、自分だけが効果対象になる」
「自分……! まさか――!」
『運命共同体』により、俺とグラーノは同一人物としてカウントされていた。
自分自身に対してなら、発動できる。
シェアリングの効果は、スキルを含む全ての能力に適応される。
「奪わせてもらったぞ! 無敵の盾を!」
「最初からそれが狙いだったのですね! 私を削ることではなく、バリアを奪うことが」
「気づくのが遅れたな。あの状態じゃ倒せない。倒すならスキル解除後、ただしシェアリングの効果は、俺が解除しない限り残る!」
「貴様!」
グラーノが拳を振り下ろす。
その拳を、奪ったばかりの無敵バリアで防御した。
凄まじい魔力消費だ。
俺では一度が限界……だが、それでいい。
魔力以外の全てのステータスを彼女に……。
「行け、勇者」
「グラーノ! これで終わりだよ!」
「弱体化した勇者の聖剣など!」
「「主よ――」」
「――!」
聖なる力を持つのは彼女一人じゃない。
エレンの鉄槌と、エリンの癒し。
二つの力を掛け合わせ、アナリスの聖剣をより輝かせる。
「これが今の、新しい最強の形だよ」






