45.英雄の片鱗
軍事領域のスキルでエレンをモンスターの直下へ転移させる。
彼女には今、俺のステータスの大半と、エリンの聖なる力を分け与えている。
経験値も渡したから、一時的にだがレベルも100になっていた。
「主よ、悪しき魂に救済を! この手に勝利の輝きを!」
聖句を唱え、彼女の両手が輝きだす。
鉄槌の祈りは、悪魔やモンスターへの特効を持つ。
俺のスキルでレベル100となり、エリンの力も上乗せした拳だ。
「思いっきりぶつけてこい」
「おおおおおおおお!」
動きが止まったモンスターに対して猛烈な連打を繰り出す。
聖なる力によるダメージは蓄積し、モンスターは弱体化していく。
しかし相手もタダで受け続けはしない。
攻撃に専念するエレンを攻撃しようと試みる。
「させるかよ!」
「エレンに手は出させないわ!」
それを彼らは許さない。
クーランの槍とシスティーの弓が、悪あがきを打ち落とす。
エレンが攻撃に集中できるように。
モンスターが反撃する気力すら失うまで。
ただひたすら殴り続ける。
何十、何百、何千発と打ち込んで。
「そこまでだ! エレン!」
「――! もういいのか?」
「ああ、十分だ。これ以上続けると、完全に消滅するからな」
モンスターは動かなくなっていた。
聖なる力という毒を浴びて、全身が麻痺している状態に近いだろう。
このまま殴り続ければ、聖なる力に浄化されて消滅する。
それではダメだ。
媒体となった街の人や、冒険者の男も一緒に消えてしまう。
だからここからは、彼女の出番だ。
「そんじゃ、バトンタッチだな! エリン!」
「うん!」
双子は手を叩き、入れ替わる。
エリンが動かなくなったモンスターの前に立ち、ごくりと息を飲む。
緊張している。
不安もあるだろう。
ここは一つ、年長者としてアドバイスをしよう。
「大丈夫だ。何があっても、責任は俺がとる」
「――はい!」
背中は押した。
あとは彼女の、イメージ次第だ。
彼女が持つスキル『癒しの祈り』は、対象の負傷を治癒する。
それがどんな傷であれ病であれ、毒だろうと解毒できる。
効果を発揮する条件は、彼女が負傷だと認識できるもの。
俺は一時的に彼女のスキルを借りたことで、彼女自身が気づいていなかった条件を見抜いた。
つまり、彼女が治せる傷、病だと思えば……。
モンスターへの変貌を、彼女が負傷だと認識し、回復するイメージを固めることができたなら。
救えるかもしれない。
勇者にもできない。
聖女だからこそできる偉業を。
「見せてくれ」
「主よ、か弱き我らに救いの光を」
聖句を唱える。
スキルによって発生した光が、モンスターを包み込む。
果たして癒しに転ずるか、それとも浄化して消えるか。
全ては彼女のイメージ次第。
俺たちはかけた。
彼女が救えるという可能性に。
もしもここに彼女が、勇者がいたとしても、きっと同じ選択をするだろう。
そして、彼女の選択はいつだって正しかった。
進む道は険しくとも、必ず眩しい未来に続いていた。
俺たちはいつしか、彼女ならどうするかを考えて行動するようになっていたよ。
今も変わらない。
ここにいなくとも、彼女の意思は、選択は、俺たちと共にある。
だから必ず――
「おっちゃん! モンスターが!」
「ああ」
人間たちに変わっていく。
媒体になっていた街の人々が、まるで流星群のように、元いた場所に帰っていく。
彼女の祈りは、癒しに働いた。
「……やった、の?」
「すげぇーよエリン!」
「エレンちゃん」
双子の姉妹が抱き着く。
喜びの笑顔で。
「エリンが助けたんだぜ! ここの人たちみんな!」
「私が……」
「エレンもだぞ」
「おっちゃん!」
喜ぶ二人の元に歩み寄り、激励の言葉を贈る。
「エレンが戦い、エリンが癒した。二人の力で、この街の人々を救ったんだ」
「あたしたち」
「二人で……」
「ああ、二人ともよくやった。まるで勇者みたいだな」
「「――!」」
憧れは人を強くする。
勇者の存在はいつだって、若い子たちの英雄で、目標だ。
「ライカ、まだ終わりじゃねーぞ?」
「ああ、わかってる」
これで眼前の問題は片付いた。
待っていてくれ。
必ず迎えに行くから。
「アナリス」






