44.攫われたアナリス
気配が違う。
もはや彼は、人間ではない。
人間の形は崩れ、漆黒の液体があふれ出す。
ドロドロの液体は形を変え、不気味な怪物へと変容する。
「――みんな! 戦闘準備だ!」
「うん!」
皆が武器を取る。
意識は、現れた怪物へと集中していた。
故に気づくのが遅れた。
「では、彼女は貰っていきますね?」
「え?」
「――!」
アナリスの背後の空間に穴が開いて、触手が伸びる。
一瞬にしてアナリスを捕えた触手は、そのまま彼女を穴に引きずり込もうとする。
「それでは、ご機嫌よう」
「――グラーノか!」
ニヤリと穴の奥で笑みを浮かべているのは、かつて俺たちが倒した魔王軍幹部の一体。
狂気のグラーノ。
もっともイカレタ思考を持つ悪魔が、彼女を攫う。
「ライカ!」
「アナリス!」
手を伸ばす。
しかし間に合わなかった。
軍事領域のスキルを発動したが、彼女が対象から外れている。
おそらく彼女に絡みついた触手の影響だろう。
シェアリングの効果も阻害されていた。
空間の穴は閉じ、グラーノとアナリスは姿を消す。
「くそっ!」
「ライカ! こっちも来るぞ!」
「っ、わかってる!」
アナリスのことは心配だ。
だが今は無事を信じるしかない。
それよりも先に、眼前の敵を倒さなくてはならなかった。
「俺たちが戦います! 他の冒険者は馬車を守りつつ街の外へ離脱してください!」
「さっさと行け! こいつは守りながら戦うのはちときついんでな!」
「外に出るまでは私も援護するわ」
「出たら結界張るねー。閉じ込めるほうのやつ」
「頼んだ。エレン! エリン!」
本当なら、彼女たちも馬車と一緒に安全な場所に逃げてもらいたい。
だが、この状況では仕方がない。
俺の予想が正しければ、彼女たちの力がなければ勝てない。
「二人ともすまない。力を貸してほしい」
「あたしたち、役に立てるのか?」
「どうすればいいんですか?」
「奴はおそらく、ここの街の住人たちを媒介に作り上げたモンスターだ。グラーノは人間や悪魔をモンスターに変える力を持ってる」
かつて奴は、自身の部下だった悪魔二千体を媒介にしてモンスターを作り出し、俺たちにぶつけた。
生み出されたモンスターは再生能力が高く、物理攻撃が効きにくい。
グラーノが生み出すモンスターの特徴らしい。
効果が最も高いのは、聖なる力による攻撃だった。
「本来なら、アナリスの聖剣が決めてになる……はずだった」
肝心の彼女は連れ去られてしまった。
アナリスの力が使えない今、聖なる力を持っている二人の協力がいる。
それだけじゃない。
あの時と状況が違うのは、相手はおそらく元人間だということ。
可能ならば助けたい。
「君たちの力なら、ただ倒すんじゃなくて、彼らを救うことができるかもしれない」
「「――!」」
「力を貸してくれ」
「おう! まかせてくれよな!」
「頑張ります! 指示をください。ライカさん!」
二人の瞳にやる気の炎が灯ったように、言葉と行動に熱が帯びる。
相手が自分よりも強い時、それでも戦わなければならないなら、覚悟が必要になる。
決死の覚悟だ。
精神が肉体を凌駕しなければ、震えて前に進むことすらできないだろう。
背中は俺が、俺たちが押す。
「クーラン! システィー! プラト!」
「わかってるよ!」
「援護は任せなさい!」
「いっくよー」
頼もしい仲間たち。
彼らが一緒にいて、負ける気なんて微塵もしない。
「いくぞ! まずは動きを止めてからだ」
彼らを救出するための作戦、それを実行するための第一段階は、まず弱らせること。
勘だが、今の状態では失敗する。
「遠慮はいらねーんだよな!」
「ああ! 今のあれはモンスターだ。元になった人たちに影響はない、はず!」
「予想かよ! けどまぁ、考えてられる相手でもねーか」
クーランは魔槍の能力を解放する。
あらゆる障害を打ち破り、必ず貫く無敵の槍。
その一撃は、加速するほどに威力を増す。
「おらおら! こっちだぜ怪物! 俺を掴まえてみやがえ!」
クーランが注意を引いている。
その隙にプラトが魔法の詠唱を開始する。
プラトは全ての魔法を極めているから、詠唱や魔法陣を展開せずとも発動は可能だ。
しかし省略した分、威力が大幅に落ちてしまう。
それでも並の相手なら十分効果があるのだが、相手はグラーノが作り出したモンスターだ。
手加減ができない。
プラトの詠唱が開始され、彼女の魔力の高ぶりをモンスターは察知する。
ドロドロの液体はムチのような触手に変化し、プラトに襲い掛かる。
「チッ、システィー!」
「言われなくてもわかってるわ!」
システィーがモンスターの攻撃を全て打ち落とす。
エルフの技術で作られた特別な矢で、触手を爆発させて砕いている。
同時にクーランの援護も欠かさない。
千里眼スキルで数手先の未来が見える彼女だからこそ、この先の展開を予測しながら行動できる。
そして、さらに先の、勝利までの道程を考えるのが俺の仕事だった。
「プラトが魔法を放ったら動く。エレン、準備しておくんだ」
「おう!」
「エリンは俺の後ろで待機。俺がさっき言ったこと、イメージを固めておいてくれ」
「わかりました!」
プラトの詠唱が完了する。
二人がそれを察知し、クーランが俺に視線を向ける。
軍事領域のスキルを発動。
クーランをモンスター周囲から離脱させた。
「プラト!」
「烈風のカマイタチ」
発動させたのは無数の風の刃。
街を避け、モンスターだけを切り刻んでいく。
街への被害を最小限に抑えながら、モンスターの動きを一時的に無効化した。
大きな隙ができる。
「行け! エレン!」
「おう!」






