43.おっさんの言うこと聞いとけば……
「……嘘、だろ」
「これでわかったんじゃないかな?」
「どうだ! おっちゃんは強いだろ!」
「くっ……」
結果は見ての通り、俺の圧勝だった。
彼は決して弱いわけじゃない。
怒りで冷静さを失っていたし、俺のこと完全に舐めていたのが一番の敗因だ。
彼自身わかっているだろう。
まったく歯が立たないほどの実力差ではなかったことに。
その事実が逆に、彼のプライドを傷つけてしまった。
「何よ、弱いじゃん」
「あんだけ大口叩いて負けるのね」
「――!」
仲間の女性たち、いいや……すでに過去の仲間たち。
二人の悪口を聞いて男は睨むが、二人ともそっぽを向いて無視をする。
一時的でも仲直りしてほしいというのが本音だったけど、決定的に不可能になったようだ。
元々いびつな関係で保たれたパーティーは、瓦解すればあっという間だ。
二度と修復はできない。
若い冒険者を指導する中で、そういう崩壊を何度も見てきた。
自業自得とはいえ、複雑な心情だ。
「あーえっと、じゃあ残りの護衛は俺の指示に従ってもらうってことでいいか?」
「ふざけんな! おっさんの下なんて俺はごめんだね!」
「あ、おい!」
男は逃げるように走り去っていく。
追いかけようか迷ったが、迷っているうちに姿が見えなくなってしまった。
「まぁいいか。あっちはどうせ街の方角だし」
説教は俺じゃなく、冒険者組合の人に任せよう。
途中でクエストを放棄するなんて、冒険者としては失格だ。
あとは無事、街に到着してくれることを祈ろう。
「君たちはいいか? 俺の指示でも」
「はい。大丈夫です」
「その、昨日はすみませんでした」
「いいよ。気にしてないから」
「ねぇライカ、ちょっと女の子に甘くない?」
「気のせいだろ」
「そうかなぁ」
なぜかアナリスから疑いの視線を向けられていた。
甘いか?
そんなつもりは微塵もないんだが。
「とにかく行くぞ。モンスターの気配がないうちに」
「そうだね!」
「モンスターが来てもあたしがやっつけてやるぜ!」
「私も、頑張ります」
俺たちは一人減ったことで陣形を調整し、馬車を護衛しながら街へと歩いた。
到着は夕方ごろになるだろう。
◇◇◇
「くそ、くそくそくそくそっ!」
男は走っていた。
侮っていたおっさんに敗北し、恥を晒した羞恥心と、仲間たちからの侮蔑。
裏切られた気分でいっぱいになり、怒りが沸き上がる。
「どいつもこいつも! ふざけやがってぇ!!」
怒りのままに走り抜ける。
若いから体力も多く、昨晩はしっかり眠って回復もしている。
一度も休憩することなく、ライカやクーランたちより一時間以上早く、目的の街カーランへと到着する。
だが、これこそが最大の不幸だった。
「――は?」
カーランはラプティスと同規模の街である。
人口も、賑わいも変わらない。
現在は日中、多くの人々でにぎわっている頃だろう。
だが、誰もいない。
もぬけの殻だった。
「どう……なんてんだよ、これ!」
広く大きな街並みだけがそこにある。
人がいない。
姿が見えず、気配もない。
左右を見渡し、少し中に入って見回しても、誰一人としていなかった。
殺風景な街の中に、たったひとりだけ立っている。
不気味に感じた。
寒気がして、男は逃げ出そうと振り向く。
「――え?」
そこで、男の物語は終了した。
◇◇◇
二つに分かれた街道は、カーランの街て前で一本になる。
俺たちが守る馬車とは別に、もう一つの集団が別の街道から同じ方向に進んでいた。
「よぉ、無事だったか」
「そっちもな、クーラン」
ここで俺たちはクーランたちと合流を果たす。
隊列を組みなおし、ここから先は合同で護衛をしながらカーランへ向かう。
道中、俺たちは情報交換をした。
「まーた舐められたか、ライカお前」
「仕方ないだろ」
「まぁそうなんだが、どーりで一人足りねーなと思ったぜ」
「いい勉強になったんじゃないかしら? その彼には」
「どうかな」
あーいうタイプの子は、一度や二度の失敗じゃ変わらない。
決定的に人格が変わるほどの出来事でもない限り、自分を信じ続けてしまう。
願わくば早く気づいてほしい。
取り返しのつかない失敗をする前に。
もしもカーランでもう一度話す機会に恵まれたら、年上のおせっかいでアドバイスでもしよう。
それを受け入れるかは本人次第だけど。
「ライカ、そんなことよりおんぶしてー」
「我慢してくれ。もう少しだ」
「うぇ~」
「うちの姫はお疲れだな」
「仕方ないわよ。ここまでずっと結界出しっぱだったもの」
「下級悪魔の襲撃……か」
こっちはアンデッドで、クーランたちは下級悪魔。
どちらも近隣で発生したことのないモンスター。
発生条件も満たされていない。
加えてプラトが感じた気配……。
「不気味だぜ。ここまでやっておいて、まだ一度も顔を見せねーとか」
「私たちと戦うのを恐れているのかしら?」
「かもしらない。もしくは……待っているか」
目的を達成するための準備が整うのを。
タイミングを計っているのだとしたら、俺たちが邂逅するのはいつになる?
とにかく警戒して進むしかない。
「あ! 街が見えてきたよ!」
アナリスが指をさす。
カーランの街、ラプティスと同規模の街だと聞いている。
まだ夕方だし、それなりに賑わっているはずだ。
だが、予想は裏切られた。
そこにあったのは、誰一人いない抜け殻の街だった。
俺たちは驚愕する。
「どうなってやがる。誰もいねーぞ」
「……気をつけて。何かいるよ」
「――!」
プラトが指示した方角に、一人の男が立っていた。
その顔はよく知っている。
俺に負けて逃げ去った冒険者の男だ。
無事にここまではたどり着いたらしい。
男は背を向けていた。
「おい、何があったんだ!」
男は振り向く。
全員がゾッとした。
なぜなら男には、顔がなかったから。
「――! お、おっちゃん」
「な、なんですかあれ……」
「――手遅れだったか」