4.寝坊しすぎだ
「新しいこと……ねぇ」
ディレンさんの助言を思い浮かべながら、街中をぐるぐると回る。
特に予定もなく、昼間にぼーっと街を歩くのも久しぶりだ。
やることがないというのは、こんなにも暇なのか。
仲間と共に冒険の旅をしていた頃は、毎日が必死で、休みすらなくて大変だったけど……充実していた。
「楽しかったなぁ」
あの頃に戻りたい、なんてことをふと思ってしまう。
よくないことだ。
十年も前の思い出に縋っている。
それでも、忘れられないし、大切な思い出だ。
ディレンさんが自分のギルドを作ればいいと言ってくれた時、俺は否定的だった。
おっさんだから?
それもある。
一番は……共に旅をしたかつての仲間たちことを思い浮かべたからだ。
俺にとって最高の仲間は、彼ら以外にいない。
自分でギルドを立ち上げるなら、彼らと一緒がいいと思っていた。
でも、きっとそれは叶わない。
俺たちの旅は十年前に終わったんだ。
それに……あの日から十年、眠りから覚めない奴もいる。
「いい加減起きろよ……アナリス」
「――ごめんごめん! 寝坊しちゃったよ!」
「――!」
それは、十年前に何度も聞いた気の抜けたセリフだった。
高く明るい女の子の声。
忘れるはずがない、聞こえるはずがない。
でも確かに、ハッキリと聞こえた。
俺は振り返る。
期待に胸を膨らませて。
「おはよう、ライカ! いい朝だね!」
「――何言ってるんだ? もうとっくに昼だぞ」
見間違いじゃない。
幻じゃない。
そこには彼女がいた。
かつて共に世界を駆けた戦友、魔王を倒した伝説の勇者……アナリス。
彼女はあの頃のままの姿で、俺の前に現れた。
「目が覚めたんだな」
「うん! おかげさまでぐっすり寝たから元気だよ!」
「寝すぎなんだよ。もう十年だ。おかげでこっちは、見ろ! おっさんになっちまったぞ」
「みたいだね。昔の面影があるからすぐ気づけたけど! 昔も格好良かったけど、今も大人って感じで格好いいよ!」
彼女は花が咲いたように笑う。
こういう人だ。
恥ずかしいセリフも、まったく気にしないで口にできる。
心に思ったことを正直に、気の向くまま自由に生きる。
「そういうお前はあの頃のままだな」
「だね! 眠っている間、身体の時間は止まっていたから、成長できなかったみたいだよ」
「そうか」
彼女は眠っていた。
魔王との戦いで勝利こそしたものの、魔王が最後のあがきで呪いを振りまき、それを彼女が一身に受けた。
呪いは彼女の力をもってしても解呪できず、放置すれば命を落とすほどだった。
だから彼女は眠った。
仲間の魔法使いの力も借りて、時間をかけて呪いを解くために。
そうして十年、やっと目を覚ました。
「また会えて嬉しいよ。アナリス」
「私もだよ! ライカ」
もしかしたら、俺が死ぬまで二度と会えないかもしれない。
そう思っていたからこそ、涙が出そうになるほど嬉しかった。
恥ずかしいから涙は堪えているけど。
◇◇◇
久しぶりの再会をした俺とアナリスは、近くの昼間からやっている酒場に足を運んだ。
十年分の近況報告をしながら食事をとる。
最近の話まで終えると、アナリスは盛大に驚いた顔で言う。
「えぇ! ライカがギルドをクビ? そんなことになってたの?」
「声がでかいな! あともっとゆっくり食べろ。喉つまらせるぞ」
「だって久しぶりだから美味しく――うっ」
「言わんこっちゃない」
俺は呆れながら彼女に水を差し出す。
ごくごく飲みほして、スッキリした顔をする。
「ぷはーっ! ありがとう、ライカ」
「せっかちなところは相変わらずだな」
「えへへ」
何を嬉しそうな顔をしているんだか。
こういう無邪気なところも彼女らしさの一つだ。
素直過ぎてよく悪魔に騙されたりもしていたが、その度に俺たちでフォローした。
最終的には、彼女がいいところを持っていくんだけどな。
「じゃあライカ、今はどこのギルドにも所属してないの?」
「ああ、フリーだよ」
「これからは?」
「まだ決めてない。ディレンさんには自分のギルドを作ればなんて言われたけど、実際作っても誰も来ないだろうしな」
「ふーん……そっか」
聞いといて興味なさそうだな。
食事に夢中なアナリスは、いつの間にかテーブルの上の料理を平らげていた。
「ご馳走様! じゃあいこっか!」
「え? どこに?」
「もちろん冒険にだよ!」
「は?」
彼女は俺の手を取り、強引に引っ張りだす。
「ほら行こう!」
「ちょっ、会計がまだだ!」
「あ、そうだった! お金ないからよろしくね!」
「こいつ……」
相変わらず突拍子もないというか……。
こういうところに俺たちは振り回されていたんだなと、十年ぶりに感じる。
あの頃は呆れていたのに、今は少し嬉しい。