39.アンデッド襲来
定刻になり、俺たちは行商人の馬車と共に出発した。
隣町までは最短でも一日かかる。
どのルートでも距離は変わらない。
つまり一回は最低でも街道のどこかで夜を過ごすということになる。
一番危険なのはそのタイミングだろう。
夜はモンスターが活発になる時間だ。
未確認のモンスターだけじゃなく、通常の街道付近に生息しているモンスターにも注意が必要になる。
馬車は三台。
護衛の冒険者は、俺のことを煽ってきた男のパーティー三人と、俺たちを含む七名だった。
前方を彼らが、後方を俺たちが護衛する。
「暇だなー」
エレンがだらけながら呟く。
出発してすでに数時間が経過し、太陽が西に向かって沈み始めていた。
特にモンスターの襲撃もなく、盗賊と遭遇するわけでもない。
いたって平和で、順調だった。
「安全なのはいいことだよ!」
「そうなんだけどさー」
エレンは動きたくてウズウズしている感じか。
アナリスは長旅の経験も豊富だし、本当は動きたいだろうけど、ちゃんと我慢している。
そういうところは経験の差だな。
とは言え、今回に限れば平穏すぎるのも考えものだ。
俺たちの目的は未確認モンスターと遭遇し、その発生原因を辿ること。
悪魔の関与がわかれば、世界に再び闇が迫る。
せっかく平穏になった世界で、また戦火を広げさせないために。
「――!」
「ライカ?」
「どうしたんだ? おっちゃん」
「何かいる」
俺は移動中、軍事領域スキルを常に使用していた。
このスキルは俺を中心として一定領域内の物体を、感覚で捉えることができる。
仲間しか移動はさせられないが、感じ取ることはできるんだ。
つまり索敵に応用できる。
俺のスキルが、前方から何かの接近を感じ取った。
馬車が停車する。
距離的に、前方を守る彼らと邂逅したか。
「二人とも行くよ!」
「ええ! 任せて」
「支援するわ!」
三人が戦闘を開始している。
接近していたのはワーウルフという、二足歩行する狼の姿をしたモンスターだった。
少数の群れで行動し、人間の積み荷を積極的に襲う。
武器や道具を使える知性があり、罠を張ったりすることでも知られている。
数は六体だった。
「あたしらも手伝おうぜ!」
「いや、必要ないよ」
「え、なんで!?」
「護衛は俺たちで最後だ。今ここを離れたら、もし背後から襲撃された時に全滅するよ」
「あ、そっか。護衛だもんな」
「ああ、それに……」
男を中心に連携をとり、次々と安定してワーウルフを撃退している。
自信たっぷりだった様子も納得だ。
若いけど、戦い慣れている。
連携も取れているし、これなら加勢の必要はない。
あっという間にモンスターを撃退していた。
「おおー! さすが冒険者さんだ」
「いえいえ、これくらい余裕ですよ」
男は俺のほうに視線を向け、ニヤっと笑みを浮かべる。
なんとなくだが、何を考えているか予想できてしまうのが悲しいな。
夜になり、俺たちは馬車を止めて野宿をすることになった。
夜間は交代で見張りを立てるのだが……。
「おっさん、どうせ戦ってないんだから疲れてないだろ? 今夜の見張りはよろしくな」
「ちょっと! 見張りは交代でしょ?」
「こっちは戦闘して疲れてるんだよ。君らも一緒に休むか? 見張りなんて退屈な仕事、おっさんに任せたほうがいいだろ」
「さっきからー!」
「アナリス、気にしなくていいよ」
「ライカ……」
俺の代わりに怒ってくれてありがとう。
でも、ここはいつモンスターが襲ってくるかわからない場所だ。
仲間割れは避けたい。
「わかった。でも朝方には起きてくれ」
「指図するなよ。俺たちが戦ってるのに震えて動けなかった奴が」
「は? あれは護衛だから動かなかっただけだぞ!」
「どうだか?」
男は女性二人を連れ、休むために馬車の荷台へと消えていく。
他の行商人たちも、すでに就寝していた。
「あいつムカつく!」
「あたしも! なんだよあれ!」
「エ、エレンちゃん落ち着いて。あんまり大声出さないほうが……」
「アナリスもな。俺は気にしてないから」
俺がそう言うと、二人はぐいっと俺のほうへと顔を近づける。
「ライカは優しすぎるんだよ!」
「そうだぞ! あーいうのはガツンと言わなきゃダメだと思うぞ!」
「あ、うん、悪い。そのうちな?」
馬鹿にされているのは俺なのに、二人のほうが怒っている。
俺よりも二人のほうがずっと優しいじゃないか。
「見張りは交代でしよう。俺が最初にするから、みんなは先に――!」
「な、なんだこれ、変な感じがする」
「……何か、近づいて……」
「この感覚って……」
今回は俺とほぼ同時に、彼女たちも気配に気付いた。
当然だろう。
背筋が凍るような寒気と、死体の山が近くにある様な異臭がする。
聖なる力を持つ者にとって、この気配は見逃せない。
これは……アンデッドの気配だ。






